第4話 なんで、飯を持ってない?




  ◇◇◇


 ――123階層「泡立洞窟」



「ボク、あのままパーティーにいても、また奴隷に戻るところだった……。でも、ルーカス君が昔言ってくれたでしょ? “今は奴隷じゃない”って……」


「……」


「だから言ったんだ。ルーカス君を連れ戻しに行こうって……。でも、ダメだった。1人で行けって……」


「そうか」


「それで気がついたんだ。みんなはボクの事を仲間だなんて思ってなくて、ただの奴隷としてしか見てくれてないって……」


「……あぁ」



 ボクっ娘は何やら真剣に話しているが、俺としては少し苛立っている。


 もちろん、空腹がそれを手伝っているのだが、ボクっ娘の随分と少なくなった荷物には食い物が見当たらないのだ。



 しかし、俺の嗅覚は誤魔化せない。

 ボクっ娘の指からの魚介系の香り……。


 コイツ、ちゃっかりカニを食ってやがる!!


 腹パンパンでなにを泣いてる?

 カニなんて美味い食べ物を食っておいて、プンプン匂いをさせて……嫌がらせかよッ!



「ルーカス君はそうじゃない。ちゃんとボクを守るって言ってくれたし、その代わりボクが食事や洗濯をするって対価を……対等な関係だったよね?」


「……」


「お互い足りないことを補い合って、支え合って……。ボク、ちゃんと1人の人間として接してくれるルーカス君に救われたんだ……」


「……」


「ルーカス君……、ボクも一緒にいていいかな……?」



 徐々に泣き止んでいくボクっ娘はそう呟き、顔を赤くした。


 少し不安そうに、照れたように……。


 普段から綺麗な顔をしているが女性を感じさせない装備と胸だったが、今は女性らしさが全面に押し出されている半裸。


 たわわな果実を腕で隠してはいるが、逆に押し付けられいて見ているだけで柔らかさを想像するのは男なら仕方がないだろう。


 下心を煽られるのも無理はない。

 だが、俺はこのボクっ娘を許せていない。



「……カニ……美味しかったか?」


「……えっ?」


「あの化け蟹……美味しかったか?」


「ル、ルーカス……君?」


「“美味しかったのか!?”と聞いている! あのデカいカニがドロップした爪やら甲羅やら! さぞ身が詰まっていたんだろうな! 俺の鼻は誤魔化せないぞ!!」



 俺の叫びにボクっ娘は複雑な表情を浮かべて顔を引き攣らせ始めた。


 どうせ、言えないくらい美味かったに決まってる。食べてない俺にやっと罪悪感を感じてるに決まってる。

 

 ……俺も食べたかった。


 最後に食べてからパーティーを去りたかった。

 アイツらもカニの取り分が減ると思ってあのタイミングで追放を宣言したに決まってる!


 よぉし、第一声が謝罪なら許してやろう!

 コイツの料理は高く評価しているし、確かマップとかも細かくつけてたから道も知ってるだろう。


 正直、俺としてはコイツが一緒に帰ってくれればありがたいが……、コイツだって“死なないだけ”で、1人じゃ狩りとか魔物とか屠れないだろ!


 それなら、お互い様だ!!


 つまりは、一緒にいることでカニの恨み分だけ精神的にストレスを感じ続けることになる。


 それなら1人でいた方がいい! 


 指から匂いを放って期待させた分も、今も死ぬほどいい匂いをさせて生き地獄を味わっていることも、合わせて謝罪してくれなきゃ、俺は意地でもコイツを許さないぞ!


 なんてったって……、俺の心は狭い!※空腹耐性ゼロが故、おかしくなってます。



「どうなんだ? 俺に言えないくらいうまかったか?」


「えっ? いや……。わ、わかんない……。ルーカス君を止めれなくて、みんなの会話を聞きたくなくて……。味がしなかったから」


「……」


「……お、お腹空いてるのかな? さっき、ルーカス君が倒してくれた蛇肉を料理しようか? ドロップしてるみたいだし……」



 グルンッ!!



 強烈なカニの香りに頭がおかしくなっていた俺は、勢いよく後ろを振り返った。


 すると、どうだ……?

 ぶっとい蛇の切れ端と毒々しい牙が転がっているではないか!



「……に、肉じゃん! ……肉じゃん。なあ、あれ肉だよな?」


「えっ、あっ。うん……」


「よぉし。護衛は任せろ! その他は任せた! お前の言うとおり、足りないことを補い合って支え合う仲間って大切だ」


「う、うん!!」


「アイツらもバカなヤツらだな。ボクっ娘を手放すなんて……。ふっ……、死ぬな! アイツら確実に死ぬ! ハハハハッ、ざまぁない!」


「……は、ははっ。ボクのことをそんな風に言ってくれて嬉しいよ!」


「当たり前だろ? パーティーの要は回復術師。俺のサポートが無くて死にかけても、ボクっ娘がいれば生きれたのにな」


「……ふ、ふふっ、ありがとう!! じゃあ、蛇肉を料理しちゃうね!」


「ああ。とりあえずスピードを意識してくれ!」


「了解!」



 ボクっ娘はなにやら嬉しそうに返事をすると、勢いよく立ち上がった……のだが、



 ハラッ……



 ボロボロの布切れは服としての形を保てず、地面に落ちて行く。



「……!!」



 一瞬で顔を真っ赤にして「はわわ」となって、すぐに身体を隠したボクっ娘に俺から伝えられることは一つだけ。



「とてもいい身体だが、最優先で飯を頼む!」



 ボクっ娘は更に顔を赤くさせ、コクコクと頷きながら自分の荷物の方へと走っていく。



(……なんでおっぱいデカいのを隠してたも後で聞こう!)



 俺はそそくさと着替え始めたボクっ娘の尻を見つめながらそんなことを思った。





    ※※※【side:リリア】



 スゥー……



 《浄化》した蛇肉を丁寧にナイフを入れて調理する。下味はしっかりめにして、動いて汗をかいてもいいように。


(うん……。ちゃんと自分の価値を改めて示さないと……。2人になって初めての食事だし、仕方ないよね)


 本当は調味料の節約は必須。


 ルーカス君の荷物は元からほとんどないし、とりあえずボクの荷物だけは持ってきたけど、普段使っている調味料や調理道具はそのほとんどをラスト君たちに渡してある。


 ルーカス君には悪いけど、一度122階層「森林樹海」に戻って、樹海で木の実や香草を採取しておきたい。


 世界樹ダンジョンは階層ごとに気候や地形が全く異なる。


 あれほど実りが多かった階層は55、88、そして122。非常食も作っておきたいし、これから先を進むことを考えれば、一度戻った方が得策……。


 不幸中の幸いかな……。

 ここが123階層でよかったかも。




 グゥ〜……

 


 ルーカス君はお腹を鳴らしながら蛇肉を見つめては、ヨダレを垂らしている。



(ふふっ……なんだか子供みたい……)



 いつも無気力であまり感情を表に出さないルーカス君。あんなに大きな声で笑ってるのを見たことはなかった。


 いつもみんなに意地悪を言われていたからかもしれないけど、ボクの前でだけ笑ってくれる。なんだか仲間として認めてくれているみたいで心地いい。



 ――パーティーの要は回復術師。



 ルーカス君はそう言ってくれたけど、ラスト君たちがボクの離脱で変わることなんて一つもない。


 でも、嘘でも嬉しかった。

 まるで自分の努力を肯定された気分……。



 ジュゥ〜……


 

 《浄化》した焼き石に蛇肉を乗せる。


 3種類の焼き石。まずは1番熱いもので表面を。温度が低いもので中まで火を通して、順々に……。


 最後にもう一度表面を焼き上げて。



「もういいか?」


「えっ、まだソース……ふふっ。うん! いいよ!」


 ボクは最後に調味料を振りかけてルーカス君に蛇肉を差し出した。本当はもう少しちゃんと仕上げたかったけど、空腹が1番のスパイス。


「やっぱり、いい仕事をするな!」


 頬をいっぱいに膨らませてモリモリと食べている姿を見せられたらそれが1番なんだって実感する。


 いつも眠そうな瞳をキラキラと輝かせながら、料理を楽しんでくれているルーカス君に頬が緩む。


(……スープも作ろう!)


 水生成の魔道具に魔力を込め、鉄製のコップに注ぎ火にかける。沸騰したお湯に蛇肉を。アクを取りつつ乾燥させてある野菜と一緒に煮込んで……。



「……ふっ、本当にバカなヤツらだ。この“食”にどれだけ支えられてるのかも知らずに……」


 ルーカス君はお腹をパンパンに膨らませて、ボクのスープを覗き込む。


「ふふっ、ありがとう! あと、味を整えたら終わりだよ」


「ああ。改めて礼を言う。俺は1人じゃわりと何もできないらしいからな」


「でも料理は練習すれば誰にだってできるよ?」


「……まあ、単純に焼くだけならできる……が、俺は魔法も使えないし、火や水を調達するところからしないとならない」


「ははっ! それは“めんどくさい”んだ?」


「……ふっ、正解だ」


「ボクだって魔法は《浄化》と《回復》しかできないよ? 料理に使うものなんて、ほとんどを魔道具に頼ってるしね!」


「俺はちゃんと準備できない。改めて、よろしく頼む。護衛は任せてくれ! 他はお願いしてもいいか?」



 ルーカス君はいつもの無気力な瞳に戻っちゃったけど、優しく微笑みながらボクに手を伸ばしてくれる。


 やっぱり、あのパーティーに残らなくてよかった。あのまま自分に言い訳して逃げなくてよかった。


 あのまま残れば、ボクはきっと後悔してた。

 こんなに心がポカポカと温かくなることなんてなかったんだってはっきりとわかる。



 パシッ!!


「……うん! よろしくね! ルーカス君」



 よく考えると初めての握手かもしれない。そう気がついたのはルーカス君の手のひらは皮膚の分厚さを今初めて実感したからだ。


「……? どうかしたか?」


「えっ、いや、別に! よろしくね!」


 なんだか男の人の手を握ったんだと実感した。


 おそらく、来る日も来る日も必死に鍛錬された人の手。必死に努力を続けられる人の分厚い手を握ったんだとドキドキする。


「ああ。よろしくな、リ……リリ……“ボクっ娘”!」


「ははっ! なにそれ! 普通に“リリア”って呼んでよ!」


「……ふっ、よろしくな、リリア」


「うん! よろしくね、ルーカス君!」


 ルーカス君はコクンと頷くと、「ふわぁあ」と大きなあくびをした。ボクはなんだかひどく安心していた。


 ルーカス君はルーカス君だ。

 貴族ばかりのパーティーに所属してても、元奴隷のボクと2人きりになっても何も変わらない。


 本当にパーティーが分裂してよかったのかな……? 予言の巫女様を裏切ったことにならないのかな……?


 ルーカス君はそんな不安を吹き飛ばしてくれる。

 

 ボクは、この状況下でも「何も変わらないでいれる」精神的な強さを見習いたいなって、そう思った。




 

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