第5話 ◆オークウェルのダンジョン攻略◆




  ◆◆◆



 ――124階層「千本岩」



「《巨人盾(ジャイアントシールド)》!」



 ガキンッ!!



「早く仕留めろ! ラスト!!」


 

 盾役のドイルはスキル【巨人魔(ジャイアントマナ)】で魔力の大盾を展開し、3体の攻撃を受け止めながら叫んだ。


「……俺に指図するんじゃねぇ! 《千剣雨(ソードレイン)》!!」


 グザッグザッグザッグザッ……!!!!


 オークウェルのリーダーであるラストはスキル【千剣】で魔力剣の雨を降らせるが……、


 シュー……


 致命傷を与える事ができず、傷は自動修復していく。



『『『グモォオオオオ!!!!』』』



 上半身は斧を持ったミノタウルス、下半身がウルフ……混合種「牛狼(ミノウルフ)」3体が咆哮をあげる。


 この階層によく生息している魔物の一種だ。

 決して、階層主のような魔物が相手ではない。



 しかし……、



「クソがッ!! 何回繰り返せばいい!!」



 オークウェル王国選抜パーティー“オークウェル”は苦戦していた。ラストが叫ぶのも無理はない。もう30分はこの魔物たちを相手にしているのだから。



(ぁああらあ!! クソッ)



 ラストは歯軋りしつつも、頭を回転させる。



「ヒルデ! 突っ込んで撹乱しろ! ドイルは俺のサポートを! マーティスは3体を分断だ!! 1体ごとに確実に仕留める!」



 苛立つラストは声を荒げ、それぞれが呼応する。



「右端から行くよ!! 《十脚加速(テンブースト)》!!」


「了解じゃ! 《炎火壁(ギガフレアウォール)》!」


 ヒルデは身体の部分ごとを魔力で増やす【魔十化(マジュウカ)】で加速し、マーティスは【火水風土(カスイフウド)】の“火”を選択。


「ヒルデ! ラスト! 私の背後に来い! 《巨人圧(ジャイアントプレッシャー)》!!」


 ドイルは自身の魔力で擬似巨人となり、右端の牛狼(ミノウルフ)からのヘイトを集め動きを誘導する。



『グモォオオオオ!!』



 ウルフの脚力で加速し、ミノタウルスの腕力で斧を振りかぶりドイルへと突進する牛狼(ミノウルフ)。



「《巨人手(ギガントハンズ)》!」



 ガキンッ!!



 魔力で巨大化した腕で盾を握り、攻撃を受けるドイルにすかさずヒルデが躍り出る。



「《十拳(テンナックル)》!!」



 ドガガガガッ!!



 拳を【魔十化】させ上半身のミノタウルスに10の衝撃を加える。


 フラッ……


 “いつもとは違う”威力にヒルデは苦笑するが、きっちりと体勢は崩した。あとはラストが仕留めてくれると、視線を向けると……、



「《千本剣戟》!!」


 グザンッ!!



 千の魔力剣を重ねたラストの必殺が牛狼(ミノウルフ)の首を切り裂いた。



「「次!!」」


 ドイルとヒルデはすかさず“真ん中”へと駆け出すが……、


「クソがぁあっ……!!」


 ラストは魔力切れで足をもつれさせる。



『『グモォオオオオ!』』



 マーティスの分断が解ける。


「《水鏡壁(ウォーターミラー)》!!」


 マーティスは即座に牛狼(ミノウルフ)の視覚を翻弄し、ラストたちに『撤退』を演出する。


 マーティスの意図を理解したドイルとヒルデは「チィッ」と大きな舌打ちをして走り始める。


 ギリッ!!


 1人残されたラストも歯軋りをしながら駆け出した。


 パーティーを結成してから初めての敗走。

 それはくしくも“2人”が去った初陣だった。


(あの魔物は“自動修復”か……。クソッ!! 厄介この上ない!!)


 ラストは心の中で悪態を吐くが、自らの身体の傷を自動修復する魔物との遭遇は決して初めてではない。


 数ヶ月前……、“オークウェル”が100階層を越えてすぐ……。ラストたちは経験しているはずだったのだが、それ以来経験していないのだから仕方がないのかもしれない。



 世界樹(ユグドラシル)ダンジョン。


 100階層からの全ての魔物は《自然回復(オートヒール)》を所有しているのだ。



 だが、“これまで”とはまるで違うにも関わらず、ラストたちは階層の変化による魔物の強化だと信じて疑わなかった。



   〜〜〜〜〜




 マーティスが【火水風土】の障壁を何重にも展開しながらラストたちは走り続け、やっとの事で最初の拠点へと帰った。


 広大な階層攻略には拠点となる場所をいくつも設けながらとなるのだが、124階層に降りてすぐの場所に逃げ帰ったのだ。


 魔除けの魔道具を使用した“避難所”とでも言った方が伝わりやすいかもしれない。



「なんなんだよ、ここの魔物共はッ!!」



 ラストは焚き火の後を蹴り飛ばしながら声を荒げる。


「……確かにな。いきなり難易度が跳ね上がったことは認めざる得ん……」


「なんか変だよねぇ。アイツら階層主でもないザコのはずでしょ〜? ウチらが苦戦するわけないのにさぁ〜」


「あの《自然回復(オートヒール)》さえなければのぉ」


 マーティスの言葉に全員が押し黙るが、ラストの苛立ちは消えることはない。


「そもそも、なんだよ、この階層! デカい岩が乱立しやがって! 右も左もわからねぇじゃねえか! ヒルデ! ちゃんとマップを作ってんだろうな?


「えぇ!? ウチもわかんないよ! 必死に逃げてたんだからさぁ〜! とりあえず拠点の場所は“道標の魔石”でわかるんだし、なんとかなるでしょ?」


「チィッ!! 使えねぇな!」


「じゃ、じゃあさ! 魔石をいくつも使いながら攻略してけばいいじゃん!」


「いくつあるんだよ!? 7つだけでやってけるのか? いちいち回収しに行けってか!? ここの魔物共は厄介だってわかってんのか?!」


「……わかったよぉ。そうカリカリしないでよ。みんなも道覚えておいてよね? 次からはウチがマップ作るからさ……」



 ヒルデは口を尖らせるが、ラストは苛立ちが消えず近くの岩をガンガンッと何度も蹴る。


「はぁ〜……ラスト。無駄な体力を使うんじゃない。魔力切れなどお前らしくもないぞ?」


「うるせぇーよ、ドイル! 荷物はお前が持ってたんだろ? 魔力回復薬(マナポーション)をさっさと寄越せば、こんな事にはならなかったんだ!」


「戦闘時に持ち歩けるはずがないだろ。私は前衛なんだからな! この無駄に多い荷物を持って敵の攻撃を受け止めろなんて馬鹿な事を言いたいのか?」


「頭使えよ! いくつか回復薬(ポーション)だけをポーチに入れときゃいいだろ!!」


「ラスト。初めからお前のポーチに入れておけば済む話ではないのか?」


「……チィッ! クソがっ!」



 ラストはまた岩を蹴り始める。



 ガッ、ガッ、ガッ……



 その音だけが響き渡る拠点には険悪な空気が立ち込める。元より我の強い者たちばかり。


 攻略が順調であればなんの問題もないが、責任と雑務の押し付け合いが始まってしまえば、“なぜ、自分が?”と小さなストレスが溜まり続ける一方だ。



「……やはり、奴隷は必要だったな。《回復(ヒール)》しかできないとはいえ、回復術士……。跳ね上がった難易度を考えれば、置いておいて損はなかった」


「「「……」」」


「だから言ったのだ。戦闘に集中するために奴隷は必要だと……」


「テメェも笑ってただろうが! そう思ってんならちゃんと説明すりゃよかったんだろ! 一緒になって笑ってたくせに、都合のいいとこを切り取りやがって」


「そうだし! ちょっとやな感じだよ、ドイル!」


「私は事実を言っただけだ」


「テメェ!!」



 ラストはドイルの胸ぐらに掴みかかろうとするが……、



 パシャんッ……



 3人の頭の上に水玉が落ちる。



「フォッフォッ! 仲間割れなどしている場合ではない。あの奴隷も無能も、生きているはずがない。“済んだ事”を言っても仕方がないぞい?」


「「「…………」」」


「ラスト殿も言うておったではないか……。足りない駒は奪えばよい……。後続を待ちつつ、こちらはのんびり攻略を進めればええんじゃ」



 マーティスの言葉にラストは「チィッ!」と舌打ちしてから濡れた服を脱いだ。


「しばらく休息をとる……。行くぞ、ヒルデ」


「えっ……。ふふっ、まだ昼だよぉー?」


 ヒルデも服を脱ぎながらラストの後を追う。


「ちょっ、ラストッ!! いきな、り?! んんっ、ぁっ。あっあっ、はぁんっ、んんっ、ぁっ、んっ!!」


 始まった情事にドイルとマーティスは「はぁ〜」とため息を吐き、耳栓をして目を閉じるのであった。



 ラストたちは重要な事に気が付かないままだった。


 リリアの離脱で雑用が増えたことに苛立ち、その有用性は認めつつも、魔物への対処としては、いくら回復したところで、各個撃破で問題ないだろうと安易に考えていたのだ。


 “これまで”との決定的な違いに気が付かないまま。


 自分たちの攻撃に違和感を感じつつも、魔物たちの攻撃力が今までとは比べものにならないと理解しつつも、「階層が変わったから」という都合のいい理由で、見て見ぬフリをしたまま……。



 ここまで来れた“自分たちの力”を過信したまま。



 ラストたちは気が付かない。


 自分たちの攻撃には《凪》が付与されていたことを……。《凪》による魔素低下が魔物たちを弱体化させていたことを……。更には気候変動や錯乱、毒、恐怖、etc……全ての状態や心理的異常を無効化されたままダンジョンを攻略し続けていたことを……。



「ぁあっ! ラスト! んんっ、んんあっあ!! はぁあんっ! そこっ、いいっ……!! んんんんっ!!」



 本来であれば、パンパンッと腰を打ち付け、クチャピチャと水音を立てるよりすることがある。


 端的に言えば、女を抱いている暇などないのだ。





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