第6話 セックスしないか?
◇◇◇◇◇
――122階層「森林樹海」
「あっ、おはよー。ルーカス君!」
「ああ。おはよう、リリア」
あれから俺たちは一つ上の階層に戻り、以前使っていた拠点で10日ほど過ごしている。
――とりあえず122階層に戻って保存食や調味料の作り足したいんだけどどうかな? すぐに先に進むより安全だと思うんだけど……。
リリアがそんなことを言い出した時は正直どうしようかと思ったが、あの蛇肉を食ったばかりの俺は「帰ろうと思ってるんだが?」とは言えなかった。
「仲間」と言ってくれていたが、俺はリリアの名前すらうろ覚えだったので、なんだか罪悪感もあったし、言い出すタイミングを完璧に逃してしまったのだ。
毎日、魔獣を狩ってたまに魔物を屠るだけ。
草木を敷き詰めて作った寝床。
何も言わずとも出される美味い料理。
相変わらず男っぽいが、綺麗な美女と2人きり。
当初の予定ではもう100階層くらいには帰っていてもおかしくないが、今、俺の日常はめんどくさくない。
リリアの雑用が減ったからなのか、アイツらにガミガミグチグチ嫌味を言われないからなのか、リリアの料理はとてつもなく美味い。
「ルーカス君! 朝食は山菜と角兎のスープです!」
ゴクッ……
黄金色のスープに色とりどりの山菜。ゴロッとした角兎の肉は視覚的にもホロホロだ。
「いただきます。……今日の昼は魚にするか?」
「うん! 肉料理が続いてたからありがたいよ!」
俺は我慢できず、スープを口に運ぶ。
朝食らしい優しく、かと言って薄くはない絶妙なラインを攻めてくる。毎度のこと、いい仕事をしてくれる。
リリアはそんな俺を見つめて「ふふっ」と微笑み、自分も「いただきます」と小さく呟き料理を口に運ぶ。
チュンチュンッ……
小鳥の囀りを聞きつつ、俺たちは黙々と食べ進めるが……、
「……おかわりはあるか?」
いつも気がつけば無くなっているから不思議だ。朝食は必ずあっという間に消えてなくなる。
「えっ? うん、大丈夫だよ! 早いね! 今日はいつもよりゆっくり起きたからお腹空いてたのかな?」
リリアはなにやら楽しそうに木で作ったらしい器におかわりを注ぎ、「しっかり噛まないとダメだよ?」とイタズラに笑いながら俺に手渡してくれる。
「ああ、ありがとう。今日も最高に美味いな。リリアが料理屋を開けば億万長者になれる」
「ふふっ、それは言い過ぎだよぉ。……でも、ありがとう! もし開いたらルーカス君は常連さんになってね?」
「ふっ……ツケはきくんだろうな?」
「……ぷっ、あはは! もちろん!!」
他愛もない会話をしつつ朝食を進める。
正直、俺は胃袋をがっちり掴まれている。
ここがダンジョンの中であることを忘れてしまいそうな豊かな自然に身を委ね、穏やかな日常が続いている。まあ少し薄暗いが、気を抜けば「ここが俺の理想郷(ユートピア)!」なんて叫び出してしまいそうだ。
好きな時に寝て、腹が減るタイミングで飯が出てきて、クソザコの魔物を屠りながら魔獣を狩る。
それに食事は2人分。
3日に一度は昼寝してもおつりがくる。
まぁ、リリアがせっせと保存食にしているが……。
なにが言いたいかって……こんな生活も悪くない。うん。決して悪くはないんだが……、
(……さて、どうしたものか……)
7日も平穏を堪能すれば飽きがくる。
俺は娯楽に塗れた地上が好きだ。
こんなジジイみたいな生活じゃ満足できない。
俺が心から幸せだと思うのは、“ただのゲーム”で大金をガッポガッポと稼がせてもらった時。完璧な睡眠で頭が綺麗さっぱりしている時。
……もしくは、女を抱けた時だろうが、これはなかなか難しい問題であり、無縁だ……。
金を払って女を買う。
それもいいかもしれないが、初めてくらいは……。
そう意地になってどれくらい経つのだろう。
童貞をこじらせて気がつけばギャンブル狂になったのはいつのことだっただろう……。
パチッ……
不意にリリアと視線が合う。
リリアは即座に「ん?」と小首をかしげる。相変わらず色気はないが、脱げばすごいことを俺は知っている。
あれからリリアの見る目が変わったのは言うまでもない。
「ふふっ、またおかわり?」
まあ、前から整った顔だとは思っていた。
言い訳みたいに聞こえるかもしれないが、綺麗な銀髪だな。透き通った瞳だな。ショートカットが似合うな。とは思ってたんだ。
「……せっ」
「……“せ”?」
「せ、世話になってるし、リクエストはあるか? 食べたい魔獣の種類とか、魚の種類だとか……」
我ながら苦しい言い訳だ。
……この10日間、「セックスをしないか?」とリリアに提案しようとして、何度ビビってやめたことだろう……。
言ってみてもいいし、セックスはしたいが、どうやらリリアは全く俺を男として見ていない。
全ては死んだような目や感情が表に出ずらい表情が原因だろうが、交渉が決裂したら最悪だ。
リリアの飯が無くなるのは非常にまずい。
「ううん! 大丈夫! いつもありがとね? 山菜取りの護衛も本当に助かってます!!」
リリアは弾ける笑顔でニカッと笑う。
……この無邪気な笑顔も可愛い。
魔獣や魔物を屠るより、歩く方がめんどくさいとは言えない笑顔であり、「セックスしないか?」と聞きづらい要因の一つでもある。
「……いや、それは当たり前だろ? それよりリリアも少し休んだらどうだ? たまには昼寝の一つでもすればいいのに」
「ふふっ、ありがとう! でも、大丈夫! 夜しっかり寝れてるから、元気が有り余ってるんだ」
「じゃあ、いいんだが……」
言葉を返しながら、「ふぅ〜……」と息を吐く。
美味い飯にほだされて、「地上に帰る」と言えなくなってしまい、ここでジジイみたいな生活を送っているのはどう言った了見なんだろう。
「なぜ胸がデカいのを隠す?」と聞きそびれてからどれだけの時間が……いや、これに関しては仕方がない。ちゃんとした理由があり、長々つらつらと語り出されてもめんどくさいから辞めたのだ。
兎にも角にも……、目的を忘れるな。
こんな代理戦争はごめんだろ?
こんなにのんびりしてる暇はないだろう?
俺には果たさなければならないことがある。
そう……。
『金貨1億枚を回収する!』
『娯楽にまみれた地上で好き勝手に生きる』
あのぼったくりイカサマカジノ(※ちゃんとしたカジノです)から、“俺の金”……と言っても金貸しに借りた金だが、とにかく回収しなければならない。
絶対に負けられない戦いは「地上」にあるのだ。
負けっぱなしは許されない。
俺はずっとそう育てられて来たのだ!!
こんなクソダンジョンに付き合っている暇はない。
「……地上に帰ろうと思ってるんだが?」
……そう言わなければならないのに……、
「ワンチャンあるんじゃね?」
悪魔が囁いてきて仕方がない。
おそらく、『嫌われてはいない』……。
そんな美女はリリアが最初で最後かもしれない。
「……セックスがしたいです」
涙ながらにお願いすればギリ行けそうなのに、平穏を過ごし続けてしまっている。
端的に言えば、俺はビビり散らしている。
(あぁ〜……俺ってヤツはめんどくさい……)
なるようになるだろでもう10日。
一向になるようにならない……。
もう一眠りするか?
今日は大木の上にしようか……?
「ルーカス君? どうかしたの?」
「……ん?」
「えっと、朝食がダメだったかな?」
「いや? それは絶対にないぞ? 急にどうした?」
「うぅーん、なんだか難しい顔をしてたから……」
「……ん? 俺はあまり表情が変わらない……というより、表情筋死んでるねってよく言われるんだが、俺の“難しい顔”がわかるのか?」
「えっ? ……そうかな? ボクはいつも見てるし、ちょっとの変化でもわかるかな? さっきからいつもより眉間にちょっと皺が寄ってるよね? なんだか機嫌が悪いのかなって思ったんだけど?」
「……いつも俺を見てるのか?」
俺の問いかけにリリアはピシッと固まり、カシャンッとスープの入った木の器を落とす。
「……リリア?」
俺が声をかければ、リリアはハッと我に帰る。
「えっ、あっ、じゃなくて!! えぇーと、あははっ、き、気のせいかも! なんかそんな雰囲気を感じただけだから! ま、まあサポートしなきゃだし? 見てるのは見てるよ? で、でも、そんな四六時中……、ね、寝顔なんて眺めてないよ!」
リリアは耳まで赤くして手を振りながらあせあせしている。なんかよくわからないが、女の子なんだなと改めて実感する。
……これは……。
俺が勘違いすると思ったのだろうか……?
――命を貰ってるんだからちゃんと全部使ってあげなきゃダメだよね!
そう言っていたリリアが食べ物を落とした。
そんなに拒絶されなくても勘違いしたりしない。
モテない歴は年齢と同じだ。
けど……、そんな必死に否定されれば、流石の俺だってちょっとは傷つくぞ?
「ハ、ハハッ……見たくないのに見なきゃならなくて悪いな。いつもサポートしてくれて感謝してる」
「……!! ち、違う!! ごめん! さ、さっきのは照れちゃっただけ! ごめんね! ボクに四六時中見られてるなんて嫌だよね! で、でも、み、み、見てます! ボクはいつもルーカス君を見てます!! 寝顔だって、たまに眺めてます!!」
リリアははわはわとしながら更に顔を赤くさせつつも、うるうるの紺碧の瞳でジィーッと俺を見つめてくる。
「……リリア。セックスしないか?」
俺は自分の耳を疑った。
なぜ自分がこんなことを口走っているのか俺自身にもわからなかった。(なんだ? この可愛い生物は……?)と思っていたら、気がついたらこんな事を口走っていたのだから。
「……ふぇっ?」
リリアは真っ赤な顔のままキョトンとしたが、「えっ……あっ、えっと……」などと視線を泳がせまくったかと思えば、目をグルグルと回し始めるが……、
「……俺たちセックスしよう」
俺は分かりやすく伝え直した。
言ってしまったのなら仕方がない。
もう、即答で拒否らないリリアが悪い。
ドクンッ、バクンッ、ベクンッ!!
俺の心臓は変な音をしているが、もうどうにでもなればいい。ダメならダメでふて寝すればいい。そうすれば、後のことはなるようになるだろう。
「「…………」」
しばしの沈黙に心臓がエグいことになってくる。
リリアはグッと唇を噛み締めたまま、真っ赤な顔にウルウルの瞳で俺をジッと見つめてくる。俺としては、今後の飯が無くなる不安感に後悔し始めているのだが……、
「ボ、ボク……、そういうのわかんないよ……」
耳まで真っ赤にしたリリアに死にかける。
な、なんだ、それ……。
…………な、ならば、教えてあげよう!!
俺も未経験だがなっ!!
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