第15話 …………ばか
◇◇◇
メスガキが呟いてからは、本当にあっという間だった。重騎士が大木のヘイトを自分に向け、全ての木の根の攻撃を引き受け、
「《神天昇(シンテンショウ)》!!」
スパァアンッ!!
乳丸出し女は右の枝のほとんどを斬った。
「《閃光》……」
グザンッ!!
ジジイは超高速で左の枝を一本斬ると……、
「――顕現せよ”。《大炎柱(フレイムカラム)》!!」
詠唱を終えたババアが空に届くほどの炎の柱を打ち上げた。
シュゥウウウウッ……
黒い大木は黒い霧となって姿を消し、黒い枝をドロップする。魔力がつまった黒枝……。魔術師の杖に加工すればかなりの装備になる素材ドロップ。
俺たちの時とドロップ品は同じようだ……。
「……すごい」
リリアはポツリと呟くが、俺から言わせれば遅いにもほどがある。
まあ元メンバーたちの戦闘を見続けていたリリアからすれば、洗練された連携は確かに驚嘆してもおかしくない。
ふっ……、デタラメに突っ込んでも俺がいればまかり通っていたんだからそれも仕方ないがな……。
「よっしゃあ!」
「レイア! よくやったよ!」
「い、いぇ……。まだまだで、すみません! 解析に時間がかかりましたぁ」
「こればっかりは慣れさね。まだ開眼して5戦目。精度とスピードを意識して反復するしかないよ?」
「はい、マーリン様! 頑張ります!」
勝利した後、すぐに復習か……。
コイツらは努力型だな。メスガキの“今後”はわからないが、現時点では「人間の範疇」だ。
「コラ、バカ弟子! なんじゃ、あの無駄な大技は!!」
「ちまちま数えてる暇がなかったんですよ!」
「阿保! 戦いながらいくらでも観察する時間はあったじゃろうが!!」
「……俺のヘイト管理を誰か褒めろよぉお!!」
イケメン重騎士は叫ぶが、各々がジジババに指南を受けている。正直、そこまで苦戦していたわけでもないだろう。
ジジババは基本的にサポートに徹していたし、奥の手もありそうだ。
「今のうちに育てて、本気で攻略しようってことか……」
「そうだね。ジェイドさんとマーリンさん……。2人だけでも爆破黒樹人(ニトロトレント)は討伐できたのかなってボクも思った……」
俺の独り言にリリアが反応する。
「まったく……めんどくさい。待たされてるこっちの身にもなって欲しいものだ」
「ふふっ。“ちょこれーと”、美味しいといいね! 感想、聞かせて?」
「……ん?」
「……“ん”?」
「リリアは食べないのか?」
「えぇっ!? ボクはいいよ! 魔物を討伐したのはルーカス君だし、食材ドロップを料理させてくれるだけで充分だよ?!」
「……もし、一つだけだったとしても“2人”で食べよう」
「えっ、あの……ボクは大丈、」
「キスしながら2人で堪能するんだ」
「……ッ!!」
「ふっ……ますます楽しみになって来たな」
「も、もぉ……」
リリアは耳まで真っ赤にして俯いたのを愛でながら、早速、“ちょこれーと”の回収しようと帝国のヤツらの元へ向かおうとするが……、
キュッ……
リリアは俺の服をキュッと握る。
「ル、ルーカス君……。ま、まだ……だめ……」
リリアは少し唇を噛み締め、ポツリと呟く。
(……えっ? なにが? ってか、なんだこれ)
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……
俺は服のすそをちょこんっと摘まれ、真っ赤な顔でウルウルの上目遣いのリリアに心拍数が上がる。
パチッ……
少し潤んだリリアの紺碧の瞳に心臓がキュンと締め付けられたかと思えば……、
「……あ、あの綺麗な女(ひと)が服を着替えるまで……。行っちゃ、だめ……。あの女(ひと)を、好きになっちゃ……だめだよ?」
破壊力満点の可愛い顔が待っていた。
(グハッ……!!)
気を抜くと吐血してしまいそうだ。
俺の嫁の“かわいい”が留まることをしらない。
正直、乳丸出し女の乳はずっと見ていたが、それに気がついていたのか……? ってか、これは嫉妬か……?
なんだ……嫉妬か……。
くっ……。お、俺!!
初めて可愛い嫉妬をされたぞ!!
なんだよこれ! 最高かよ!!
俺の強さに関して、妬(ねた)み、嫉(そね)みを向けられたことはクソほどあるが、こんな可愛い嫉妬は初めてだ!
……リリアは確実に俺のことが好きだ。
こんな死んだ魚の目をして、表情筋が死んでて、顔に傷もあるどこにでもいるような顔……。これと言って……いや、強さしか取り柄のない俺でも……、好きになってくれる女はいるんだなぁ……。
ありがたや、ありがたや……。
リリアを逃せば、俺は一生童貞だ。
リリアだけが俺を受け入れてくれる女神だ。
ここいらで伝えておいてもいいだろう。
「リリア……。俺はモテない!」
「……えっ?」
「俺を受け入れてくれるのはリリアだけだ!」
「………………んっ?」
「恋愛感情はイマイチよくわからないが、キスしてくれるのはリリアだけだ。おそらく、抱かせてくれるのもリリアだけだ!」
「…………」
「だから、安心しろ。俺は絶対にリリアを手放さない!」
俺は精一杯の笑顔でリリアに伝えたが、
スッ……
リリアは俺の服を手放し、「あははっ……」と作り笑いを浮かべた。
が……、目が笑って……ない?
「……リリア?」
「……ねぇ、ルーカス君。ルーカス君を受け入れてくれるのは、ぜぇぇえったいにボクだけじゃないよ?」
「えっ、いや、」
「別にボクじゃなくても、キスもセッ……クスもしてくれる人、いぃーーっぱいいると思う!」
「そ、そんなはず、」
「……ただ“そういうこと”をしたいだけなら、ボクは嫌かな?」
「…………ッ!!」
「ルーカス君がボクをちゃんと好きになってくれるか……、ボクの……このルーカス君を好きって気持ちが膨れ上がりすぎて、“ルーカス君がボクを好きじゃなくてもいい!”って思えるようになるまで……ボクはルーカス君と“そういうこと”はできない……かな……?」
「………………キ、キスも……?」
「………………ばか」
口を尖らせてポツリと呟いたリリアは、帝国のヤツらの元へトコトコと歩いていってしまう。
ポツンッ……
俺は1人でその場に立ち尽くしていた。
……あ、あれ?
俺、ついさっきまで最高の気分だったよな?
「……ど、どこで間違えた……?」
あまりの衝撃(ショック)に考えるのがめんどくさくなった俺は、半泣きになりながらふて寝したくなった。
※※※※※【side:リリア】
(ぁああ!! ばか! ボクのばか、ばか!! なんであんなこと言っちゃたのっ!?)
ボクは涙が溢れないように唇を噛み締めながら、自分の言動を後悔する。自分があんなことを言ったなんて信じられない。
ズキンッ、ズキンッ……
胸が痛いよ。苦しいよ。
ルーカス君に嫌われちゃったかもしれない……。
ルーカス君が認めてくれるから調子に乗っちゃった。
ラスト君たちはまだ124階層にいると思った。もしかしたら命を落としているかもしれないって、他国のパーティーを見てそう感じた。
……予言の巫女様に顔向けできない。
ボクを初めて認めてくれた巫女様からの恩を仇で返してしまったかもしれないって苦しくなった。
――真っ当な努力と確かな力がリリアにはある……。
だからこそ……本当に嬉しかった。
ボクが至らなかったことはきっと無数にある。反省すべきこともやらなきゃいけなかったこともたくさんあった。
でも、ルーカス君が間違ってないって言ってくれるだけで、心が軽くなるんだ。初級の聖属性魔法しかできないボクでも、ルーカス君がそう言ってくれるなら、自分を信じられるって思ったんだ。
それなのに……。
なんであんなことを言っちゃったのかな……?
元奴隷ってことなんて関係なく接してくれるルーカス君。ボクなんかを求めてくれるルーカス君に応えたい。
本当はボクだって、ルーカス君に触れたい。
でも、ルーカス君はボクじゃなくてもいいんだ。ボクは絶対にルーカス君じゃなきゃ嫌なのに、ルーカス君はそうじゃないんだ。
そう思ったら、あんなことを……。
好きなんだ……。
本当は今でも溢れて仕方ないんだ。
ルーカス君が求めてくれるなら、それだけでボクは天にも昇るほど幸せなんだ……。
でも……、
ズキンッ、ズキン……
……胸が痛いよ。
ルーカス君にはボクだけを見てて欲しいよ。
あんな綺麗な女(ひと)の裸なんて見て欲しくないの。あんな綺麗な女(ひと)がルーカス君を好きになっちゃったらって気が気じゃないの。
ボクが思ってる10分の1でもいいからボクを「好きだ」って思って欲しいの……。
なんで素直にそう言えないんだろ……?
なんでこんなにわがままになっちゃったんだろ?
「…………ばか」
ボクのばか……。
ルーカス君のばか……。分からず屋さん。めんどくさがり屋さん。お寝坊さん。すけべさん……。
――もうリリア以外とはできないだろ。
嘘つき。
……キスとかエッチできれば誰でもいいくせに。
……いや……嘘じゃなったね……。ボク以外とは“しない”とは言ってなかったもんね。
それなのに、ボクは“ルーカス君もボクを……”なんて勘違いして……、喜んじゃってバカみたいだ。
……こんなこと考えたくないのに。
あんな事言うつもりもなかったのに。
元奴隷のくせに……。
「うぅ……嫌われたらどうしようっ……」
涙がこぼれないように必死に唇を噛み締めた。
ボクはいつからこんなに強欲になったんだろう。いつからこんなに傲慢になったんだろう。
ザザッ……
その場に足を止める。
あぁ……そっか。
ボク、初めて恋してるんだ……。
「これが恋なんだ……」
楽しくて、幸せなだけじゃないんだ。
自分が自分じゃなくなっちゃう。
……でも、どうしようもない。
とても怖くて……でも、心地いい。
自分が奴隷じゃなくて『人間』になれてるって……。ボク、これでいいのかなって……。
ポワァアッ……!!
初めての感情に振り回されるボクを現実に引き戻すように予言の巫女様に貰った“腕輪”が淡く光を放つ。
「……あっ、」
「お久しぶりですね、“リリ”。今、お時間よろしいですか?」
困惑するボクを他所に抑揚のない声が腕輪から聞こえる。
「巫女様……」
聞き覚えのある優しく包み込むような声色。
グチャグチャの感情が入り混じって、なんだか涙が込み上がってきた。
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