第16話 絶賛、キーボ中



  ◇◇◇



 立ち止まったリリアがこちらに引き返して来たのはいいが……、


「お久しぶりですね、“ルーカス様”」


 “めんどくさいヤツ”の声がする。



「……ルーカス様? 聞いていますか?」



 リリアの腕輪から聞こえるが、そんなものはどうでもいい。少し赤くなっている紺碧の瞳と目が合わないことの方が、俺にとってはよっぽど大事(おおごと)なのだ。



「リリ。そこにルーカス様は……?」


「……います。……ルーカス君。“キキョウ様”がお話したいことがあるっ……ようですよ?」


「……予言の巫女だろ? わかってる」


「わ、わかってるならお話を、」


「リリア……なぜ俺と目を合わさない……?」



 俺の顔は引き攣るばかりだ。


 俺は未だに原因がわかっていない。

 俺としては嘘偽りなく発言した。


 『俺にはリリアしかいない』


 そう伝えたんだぞ……? 

 俺のことが好きなら嬉しいんじゃないのか? 



「い、今はキキョウ様とお話をして……?」



 なんでこんなに気まずい感じになっているんだ……?


 

 あの“いけすかない巫女”なんてどうでもいい。



 ――アナタの借金を肩代わり致します。闇金ギルドの相手をし続けるような“めんどくさいこと”にならずに済みますよ……?



 サラサラの黒髪ストレートに白の組紐。

 抑揚のない声色に変化のない表情。

 全てを見透かしたような紫の瞳。



 ――アナタは私の『最強の駒』なのです。



 今でも鮮明に覚えている圧倒的な美貌。

 スゥーッと筋の通った鼻筋。薄い唇をわずかに吊り上げ、まるで決定事項かのように小首を傾げた嫌な女……。


 “キキョウ・ツクモ”。


 スラリとした四肢。貧相な胸。

 白と赤で仕立てた極東の服を纏う「よくわからない女」……。物覚えの悪い俺が、未だに名前まで覚えている『予言の巫女』……。


 

 “得体の知れない生物”。

 俺の肌感覚があの女に警鐘を鳴らした。


 アイツは「人間」じゃない。

 クソジジイとは全く逆の方向の化け物。


 何者かわからないことにたじろいだのが衝撃的すぎたからこそ、記憶に残っている。


 ……だが、声を大にして叫ぶぞ?



 今の俺はあんな“詐欺師”のことなんてどうでもいい! 



 “リリアに嫌われた”。


 原因は不明だが、これは間違いない……。


 このままじゃ、キス、セックスなどと言っている場合じゃない。このままじゃリリアの飯もなくなる。


 し、死活問題だ……。


 俺はもう……1人でダンジョンを過ごせる気がしない。1人で地上に帰れる気がしないんだ。


 あっ……。ヤバッ。


 ……めんどくさい。めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい……。


 ま、また発作が……。



 いつもならここで逃げ出す。


 いくら女の子とセックスしたくても、“めんどくさい”が勝ってしまう。いくら友人関係や人間関係を構築しようとしても、結局、人と関わるのがめんどうになる欠陥品が俺だ。



 俺は……静寂の申し子。

 1人で遊べる娯楽で孤独を紛らわすことしか知らない、社会不適合者なんだ。



 でも……、



「……ルーカス君? ル、ルーカス君!? 大丈夫!?」



 表情筋や目が死んでいるはずなのに、「なにか」の異変をすぐに感じ取ってくれるリリアは手放したくない。


 さっきまでの気まずさなんかなかったかのように、俺を気遣ってくれるリリアだけは大切にしたい。


 今まで逃げ続けていたし、別にそれでいいとも思っていたが……、リリアとはちゃんと関係を築きたい。



「リリア。ちゃんと言ってくれ。俺は人の感情を察するのがかなり苦手だ……」


「……えっ?」


「俺を見捨てないでくれ」


「そ、そんなことできるはず、」


「お前がいないダンジョンはありえない……。いや、地上に帰ったとしてもリリアがいない未来はいやだ」


「……ッ!!」



 リリアは顔を真っ赤にしてブワッと涙を溜めた。


 口をギュッとして、今にも大泣きし始めてしまいそうな……。端正な顔をグチャグチャに崩した泣き顔……。



 サァー……



 俺の顔面から血の気が引いていく。



「ま、また、なにか間違ったか……? 悪い……。俺はただ自分の気持ちを言葉にすることしかできないんだ」


「…………ボクがいない未来は……いや……なの?」


「……? あ、ああ。いやだな。絶対にいやだ」


「うっ……うぅぅっ……」



 ついには泣き出したリリア。


 ……も、もうダメだ、こりゃ。

 完璧に終わった。今まで逃げ続けてたツケか。

 俺は所詮強さしか取り柄のない、



 ギュッ……



 ふわりと香る“リリアの匂い”。

 もうすっかり俺の中に刻まれてしまった香りに包まれ、抱きつかれていることを理解する。



「うぅぅっ……」


「リ、リア……?」


「そ、それはボクのセリフだよぉ……。いやだ。いやだよ。ルーカス君がいない未来なんて……。さっきはごめんなさぃ……! 同じ気持ちじゃないって、悲しくて……本当は求めてくれるだけでボクは幸せだよ!!」


「……」


「ルーカス君がいないとボクはボクじゃない。ボクはやっとリリア・ワーズリッドとして生きていけそうだって……。もう……ルーカス君がいない世界は要らない! きっと、ルーカス君の100倍そう思ってる……!!」


「……はぁ〜……。俺がいまどれだけ安堵しているかリリアに見せてやりたい……」



 俺はリリアに腕を回した。


 「うぅっ……」と泣き続ける華奢で柔らかいリリアを壊してしまわないように丁寧に、でも、堪能するように……。





 ムキッ……





 絶賛、“キーボ中”だが、それは仕方がない。


 必死に背伸びして俺の首に腕をまわしているリリア。布越しとは言え、秘部にちょうどドッキングしている。


 押し当てたい衝動がないとは言えないが、いまは安堵でいっぱいだ。


 はぁ〜……とりあえず、よかったな。

 少し腰を引いておくか……? このままじゃ、感動の和解に水を差すかもしれな、




「ルーカス様。オッ立ててるところ、申し訳ありませんが私も暇ではないのですよね……」




 首の後ろから聞こえた抑揚のない声。




 シィーンッ……




 ピキッと固まった空気と沈黙。

 もちろん、固まってるのはそれだけじゃない。


 こ、この女は……まったく……。

 童貞丸出しで恥ずかしいだろうがッ……!!




 モゾッ……




「んっ……」



 リリアは感触を確かめるように少し動き、小さく吐息を漏らしたかと思えば、


「……も、申し訳ありません、み、みみ、巫女様……」


 泣き顔のまま耳まで真っ赤にして俺から離れた。



 チラッ……



 “モノ”を確認されたのを見逃す俺でもない。


 先程まで当たってたであろう場所をモジモジとしているリリアは可愛いが……、正直、死ぬほど恥ずかしい。


 だが、ここで隠したりオロオロするのは情けない……ような気がする。


 生理現象だ。

 大丈夫。大衆浴場で確かめたが、俺はなかなかの“モノ”のはず……、……だ、だよな? 


 って、知らねぇよ!!

 世間一般の“荒ぶった状態”なんてちゃんと確認したことがあるわけないだろう……!!


 ともかく、恥じることはない!

 ……そ、そうだ。

 このどうしようもない空気を打開する一手は……。





「…………オ、オッ立ててるとこ悪いが、手短に話してくれ」





 ふっ……、なんて男らしいんだ。

 あえて肯定することで何もおかしいことではないとわかって貰うという完璧な作戦、



「ぷっぶっ!!」



 腕輪から吹き出した声に俺とリリアは身動きが取れなくなる。



「……………………そ、それでは……ふふっ……、くっ……ふふふっ……。わ、私の見た《予言》……くふっ……」



 も、もう殺しちゃおうかな、コイツ……。



「……は、反応してくれて……嬉しいよ……?」



 リリア……。お前はなんて女神、



「ぶっふっ!! クッ!! フフッ……」



 お、覚えてろよ、このクソ女……。











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