第17話 「予言の巫女」



   ◇◇◇



「リリ。私はルーカス様とお話がありますので、腕輪を彼に……。終わり次第また装着し、決して取らないように」



 しばらく悶絶していた巫女はまた抑揚のない声でリリアに行動を促す。



「……はい、わかりました。ルーカス君、ボクは“アドクリーク”のみなさんに挨拶してるね? “ちょこれーと”もちゃんと受け取っておくから……」



 リリアはチラチラと俺の“息子”を確認しながら歩いていく。流石にもう落ち着いてはいるが、なんともいえない羞恥は仕方がないのかもしれない……。



 手渡されたシルバーの腕輪は、中央に白く発光している魔石。それを中心に、古代文字と見たことのない文字がぎっしりと刻まれている。


 通信用魔道具はバカデカい水晶しかないと思っていたが……、おそらく巫女が作った物だろう。


 予言の巫女。元は辺境の魔道具技師。


 この巫女が生まれた辺境都市は、王国はもちろん、世界各国の文明を凌駕しているらしい。


 こんな物を作れるのなら、帝国が持っている無機物転送装置も用意しろよ……。本当にいけ好かない女だ。



「で? 2人で話ってのは? 俺はちゃんと仕事はしてたが、追放されたんだぞ? 俺に非はない」


「……はい。わかっております」


「それに、借金分には充分だろ? 魔物の素材、情報、このダンジョンの地形、環境の確認……。金貨数100億枚の価値はあるはずだ」


「……まあ、ルーカス様はサポートしていただけですが、そうですね」


「俺がいなきゃここまで進めなかったんだから充分すぎる働きのはずだ……」


「はぁ〜……。アナタは本当に私の予想を外してくれます。よくあのクズ共を殺さなかったですね……。ここまで辛抱強いなんて誤算中の誤算です。1番あり得ないと思っていた“ルート”を選択するなんて……」


「……俺を選出した時、“アナタにとっては簡単なお仕事です”とお前は言ったよな……?」


「はい。アナタにとっては簡単でしょう? ラスト様たちを屠り去ることくらい……。あの者たちにつぎ込んだ数々の魔道具も無駄になってしまいました」


「……アイツらを殺してたらどうなって、」


「アナタを私のものにできたのに……」


 

 ゾクッ……



 なんでもないことの様に平然と言ってのける巫女に、少し背筋に冷たいものを感じる。


 ……コイツはやはり頭がおかしい。


 まるで獰猛な蜘蛛のような女……。

 張り巡らされた巨大な巣に絡め取られたら終わりだ。


 目的のためには手段を選ばない。

 きっと、コイツのスキルは【予言】なんてものじゃない。


 そもそも、辺境の魔道具技師が王侯貴族よりも権力を持つなんて普通じゃないのだ。

 


 『予言の巫女』



 この女はめんどくさすぎる。

 妖艶でいて誰もを虜にする美貌……。

 善人の皮を被った悪女。


 初めて俺を迎えに来たこの女を前に……、

 

 『コイツは殺せない』


 俺は直感的に悟った。

 武力で絶命させることは容易いだろうが、それを絶対に選択してはいけないという“第6感”。


 鍛え上げられた直感で幼少期を生き延びてきた俺は、たじろいだ。


 ただでさえ人の感情の機微に疎い俺が、コイツの考えていることを把握するなんて不可能。頭の悪い俺が駆け引きなんてできるはずもない。


 “まあ、借金もチャラになるならいっか!”


 考えるのを放棄した俺はなるようになる精神で“オークウェル”に加入した。


 

 だが、あの“直感”と“衝撃”は忘れていない。


 深く関わったら終わりだという危機感。

 無碍(むげ)にすることへの不安感。


 だからこそ……、俺は“死んだこと”にしたかった。


 追放されるように我慢を続けた。

 めんどくさいのも極力は我慢した。


 全てはこの女から逃げ出すために……。


 ……そうだ。俺はこの女を恐れている。

 情けないのは重々承知しているが、この女はなにをしてくるのかわからない……。



「……俺はリリアと地上に帰る。あのボッタクカジノから金貨1億枚を回収するんだ。もうお前には騙されない。もうこんなクソめんどくさいダンジョンはごめんだ」


「…………ふふっ、ルーカス様、地上に戻ることは承服できませんよ?」


「……」


「“このルート”になるのは私の本意ではありませんでしたが、まあ……ルーカス様ですし、仕方がないことでしょう」


「……随分と知った口をきくな?」


「はい。……私は予言の巫女。知らないことを探す方が難しいです。……リリへのプロポーズをリアルタイムで聞くことができるとは思いませんでしたが……」


「……はっ?」


「お2人の結婚……いえ、婚約。このキキョウ・ツクモが承認致しましょう」


「…………えっ? お、俺……結婚できるのか……?」


「それにしてもルーカス様ったらひどいですね。攻略した暁には、私を好きにしていいと約束しているのに……」


「……だ、だれがお前のような得体の知れないヤツを、」


「ルーカス様の妻になると思い、覚悟を決めていましたのに……」


「……嘘を吐くな」


「ふふっ……。ルーカス様がその気になってくれるように、お口で奉仕する方法を練習していましたが……」


「……“お口”……だと……?」


「兎にも角にも、ルーカス様……。アナタは私の『最強の駒』です。……“私のために”、攻略を進めて下さいね?」


「……あり得ないな」


「“対価”はきちんと用意しておきます。アナタの“探し人”は、」


「ふざけるな。俺にそんなヤツは存在しない」


「ふふっ……ここで《予言》を。……ダンジョンを進みなさいルーカス・ボナトゥルーガ……。帝国と手を組み進むのも良いでしょう……」


「……話にならない」


「ラスト様たちと合流するのも面白いかもしれません。サクッと殺して私のものになってくれれば万々歳です」


「……」


「“エルフたち”との出会いは混乱を呼ぶでしょう。“獣国の双子”を救うのもいいですね。“ドラゴン”を前に打つ手がなくなり、仲間の大切さを学ぶでしょう……」


「……お前は……、戯言ばかりだ。ドラゴンなら12の時に仕留めた」


「確かにアナタは強い。……ですが、世界は広いのです。ドラゴンに限らず、この先、自分の無力を知ることは多いと思いますよ?」


「……別に自分が“最も強い”とは思ってない。そんなめんどくさいヤツを相手にするなら逃げるに決まってるだろ」


「ルーカス・ボナトゥルーガ様。リリと同様、私もアナタが好きですよ? ちなみに私は今、浴室ですので裸を妄想してオッ立てて下さいね」


「……貧相な胸で、」


「あら……童貞には刺激が強かったですか?」


「……死ね」


「生きます。アナタの隣で……。アナタが私の伴侶になるなんて未来がないのなら、無理矢理にでも捻じ曲げて差し上げましょう」


「……そんな未来は絶対に訪れない」


「ふふっ……。アナタの美しい黒い瞳に妖しく色が灯る時、私は処女を失うのです」


「……」


「アナタが攻略を果たしたその時……、何を考え、誰を想うのか……。何を求め、誰を選ぶのか……」


「……相変わらず、ズレてるヤツだ」


「……では、私は娯楽に溢れた地上から高みの見物を。ルーカス様の反り立ったモノを妄想しながら、夜な夜な自慰行為に勤しみ、アナタを受け入れる準備を整えておきます」


「俺は帰るからな!」


「ふふっ……、そもそも帰れないのですよ? “そのルート”は元からありませんから」


「なっ……」


「……そんなことより、“ちょこ”がこの世界にあるのですか?」


「……はぁっ?」


「帝国“アドクリーク”……。興味深いですね……」



 もうなにがなんだかわからない。


 「知らないことあるじゃねぇか!」なんて返すのもめんどくさい。相変わらず、のらりくらりと確信に触れない。適当な会話で濁して、隠して、もうめんどくさいったらない。



「それにしても、保険としてリリに通信用魔道具を渡しておいてよかったです。もうルーカス様にもバレてしまいましたし、今度、“てれふぉんせっくす”、」


「《凪付与(カーム・アディション)》……」



 スゥウッ……



 めんどくささに耐えられなくなった俺は腕輪に“凪”を付与すると、腕輪の発光が消えていく。



 が……、



(“てれふぉんせっくす”ってなんだよ!!??)



 俺は少しだけ後悔した。

 



  ※※※※※




「あれ? 切れちゃった……」



 王宮の最上階、予言の巫女のための“天空の間”。



 チャポンッ……



 予言の巫女こと、キキョウ・ツクモは湯船に頭まで浸かり叫んだ。



「なんでリリに惚れてんのよ!! バァアカッ!! いつになったら私を思い出すのよぉおおお!!」



 ブクブクと泡になって湯船に溶ける叫び。



 ――こんなとこでなにしてんだ、お前。



 キキョウがルーカスと初めて会ったのは10歳の頃。


 蛇神への生贄として捧げられたキキョウは修行中のルーカスに救われた。蛇神を屠り、その肉を喰らう黒髪黒眼の少年を見つめながらキキョウは思った。



 『あ、あれ? 私、“チョロイン”だったの?』



 “異世界”の理不尽に殺されかけた転生者……もとい、18禁同人誌作家は、困惑しながらも高鳴る胸を抑えられなかったのだ。



 ザパンッ……!!

 


 キキョウは立ち上がり水を滴せる。


「まったく……。再会できたと思ったら病み系イケメンにキャラ変してるし……、無気力属性もついてるし……。普通はかわいい、かっこいい、優しいの3点盛りでしょ!? あの美少年がどうやったらそう育つのよ……!」


 出会った頃の美少年。

 “ルーカス”という名前だけで探し出すことは不可能であり、ルーカスと再会するためだけに王国で成り上がった“変態”は現状をぼやきながらも……、



「だが、それもいい……!! うぅうっ! やっぱり、私にはアナタしかいないわ……っ!!」



 無い胸を押さえながら悶える。


 自分をヒロインにしたときの主人公はルーカスしかないと胸を高ならせる。


 ことごとく邪険にされ、ガン無視される快感。

 物語を創作する中でキャラに予測不可の動きをされる高揚。


 ストーカーに刺殺された現役大学生、美人同人作家……もとい、ヤンデレという属性を持った矛盾の塊は、この2度目の人生(ものがたり)を自分の作品に昇華させるべく『力』を使う。



 スキル【古代文字】。

 言葉を編み上げ、万物を生み出す創造者。



「胸……? やっぱり胸なのね……? 確かにリリも可愛いけど、私だって顔は負けてないでしょ……? はぁ〜……“ちっぱい”もいいでしょうにっ!? わかってないんだから!!」



 キキョウは裸のままローブを羽織り、トコトコと寝室へと歩く。枕元に作った“収納金庫”から、小さなピンク色のおもちゃを取り出し、ゴクリと息を飲む。



「さ、再会した時を覚えてなさい……ルーカス……“様”」



 ポツリと呟き、おもちゃに魔力を込める。



 ブゥゥゥウゥンッ……



 小刻みに振動するそれを押し当て、



「んっ、ぁあっ……!! ルーッ、んっ……」



 あんあんと喘ぎながら育乳に励むのであった。



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