第18話 はい、死刑……!!




  ◇◇◇



 ――122階層「森林樹海」




「ルーカス……。俺たちと決闘しようぜ?」



 このバカは何を言い出すかと思えば……。


 “ちょこれーと”が到着するまでの間、俺が大きなあくびをしながら“てれふぉんせっくす”について考えるのを辞めた時、イケメン重騎士はニヤリと笑顔を浮かべた。


「なっ、にを言うておるんじゃ、バロン!! ルーカス殿はワシらの恩人!! 敵対するなどもってのほか、」


「師匠! 私もバロンに賛成です。師匠とマーリン様を救ったという『力』……。事実であれば興味深いですし、“自作自演”なのであれば、許すことは、」


「“キューリエンヌ”……。自分の責を他人に……、ましてや尻拭いしてくれた相手に……。この、バカ弟子がぁあ!!」



 ゴチンッ!!



 ジジイは鞘に入ったままの細い剣で女剣士の頭を叩く。メスガキはオロオロと俺と仲間たちを交互に見やり、ババアは深く集中して俺を警戒している。



(はぁ〜……本当にめんどくせぇ)



 俺がこの手の挑発に乗るはずがない。


 ただでさえ、あの“イカれ女”と喋って疲れてるんだ。

 もうこれ以上の面倒事はごりごり……。


 リリアはまた腕輪が光ったので、少し離れたところで話をしているが、どうせろくな事じゃないだろう……。


 内容はめちゃくちゃ気になるが、またイカれ女と会話する気にもなれず、このバカ重騎士の勧誘を無視し続けていたら“コレ”だ。



「……なんでそんなめんどくさいことをしないといけない? さっさと“ちょこれーと”を用意してさっさと失せろ……」


「逃げるのか? 怖いのか? 俺たちが……」


「……ふっ、ビビってるのはお前だろ? 俺たちは2人、お前たちは5人。“俺たち”なんて、」


「一応は戦争だ。数も『力』さ……」


「あいにく、俺たちはもう“オークウェル”じゃない」



 口にしながら、めんどくささが込み上げてくる。

 この会話はなんの意味も持たない。


 俺はなにがあっても、コイツらを惨殺する選択はしない。“ちょこれーと”を口にするまでは……。


 その未知の高級菓子の美味さ次第では、無機物転送魔道具を賭けて勝負してやってもいいが、今する理由も必要も感じない。



 全ては“ちょこれーと”次第……。


 「うるさい」って理由でシバいてもいいが、手加減するのもめんどくさいし、全員が死んだら誰も用意するヤツがいなくなってしまうから、今は我慢しかできない……。


 適当に流しながら、“ちょこれーと”が届いたタイミングで帰ればいい……。



 ドコッ、ガッ!



「このバカタレ! 性根から叩き直したる!」


「す、すみません、師匠ぉ!」



 本当にバカばっかりだ。

 女剣士も着替えたし、重騎士はめんどくさいし、もういっそ寝ながら待つのか……。



「ふわぁあっ……」



 俺が大きくあくびをすると……、



 グザッ!!



 重騎士は右手に持った大剣を地面に突き刺した。



 シィーンッ……



 みなを黙らせた重騎士は俺を見つめたまま、静かに口を開く。



「俺はこの5人全員、生きて帰りたい……」


「……」


「もう誰も失いたくない……。だから、ルーカス。さっきは本当に2人を助けてくれて感謝してる」


「……ああ、そう」


「俺はこのパーティーのリーダーだ。責任を果たさなくちゃならない。……だが、俺は弱い! 俺たちは弱い! 戦力を見直すのは今なんだ!」


「ふっ……、果てしなく俺には関係のない話だな」


「これは代理戦争……。“捕虜”を再利用して戦力を増強する……」


「“代理戦争”には反対じゃなかったのか?」


「反対だが、ルーカスたちと話してわかった……。初めからこうしていればよかったんだ……。俺は世界各国の精鋭を捕虜としてまとめ上げ、このダンジョンを全員で攻略してやる……!!」


「ハッ……。お前……頭、湧いてるのか?」


「そうすれば失わなかった。いや、失った今だからこそわかる。“全員”でなければ、この世界樹(ユグドラシル)の攻略は不可能だ……!!」


「……」


「争いたいわけじゃない。だが……、無理矢理にでも俺たちに同行してもらうぞ、ルーカス……」



 今までヘラヘラニコニコしていた気さくなイケメンからはかけ離れた真剣な表情を、俺は「ふっ……」と鼻で笑うが……、



「「「「「……………」」」」」



 帝国のヤツらは覚悟を決めたような顔つきで俺を見つめてくる。

 


 まったく。随分とおめでたいヤツらだ。


 ……なぜ『その過程』で仲間が死ぬかもと考えない? 


 世界各国の精鋭だぞ? 隷属魔法や魔道具で従わせたところで、解呪や解除される可能性は考えないのか……?


 こんな戯言……裏切りの連続で内側から崩壊するに決まってる。よくそんなめんどくさいことを思いつくなと感心すらするが、コイツはかなり高貴な身分だという事がわかる。



 言葉に『力』がある。



 統べる者として育てられてきた風格が滲んでいる。一種のカリスマ性というやつを持っているのは“感じる”。


 まあ、だからと言って俺がこんな脳内お花畑の大バカヤロウにほだされるわけがない。だが、この重騎士の“それ”を信じているから帝国のヤツらは従った。


 いや、あのジジババの雰囲気は死ぬ覚悟を決めた感じか……? 全てを賭けて俺を抑えようとしているのだろう。




 ――帝国と手を組み進むのも良いでしょう。



 抑揚のないキキョウの声まで思い出させやがって。


 何度も言わすな。


 そんなものは……、



「クソほどめんどくさいんだよ……お前……」



 俺は重騎士を見つめたままポツリと呟き、



 スッ……



 俺に警戒しているババアに手を差し出した。



「……もう届いてるだろ? コイツのクソみたいな演説の間に、お前からクッキーとは違う甘くて嗅いだ事のない香りがし始めた……」



 しかし、4人は俺を無視して重騎士に視線を集める。



「捕虜にしてから、渡してやる……」



 ニヤリと笑った重騎士に我慢も限界だ。


 このバカは一度死にたいらしい……。四肢を斬り飛ばせば、自分がどれだけふざけたことを言ってるのかも理解するだろう……。



 スッ……


 俺はゆっくりと腰の短剣に手をかけたが……、



「ルーカス君? みなさん……? えっと、ど、どうかしたんですか?」



 リリアが俺の背後から声をかけてくる。

 俺がここから避難させようと振り返れば……、



「いや、ちょっとね……。悪いんだけど、捕虜にさせて貰うよ、“リリアちゃん”」



 “俺の嫁”を馴れ馴れしく呼ぶなんて……。

 ましてや捕虜にするなどとほざくなんて……。


 ふざけにふざけ倒した重騎士の声に、




 ブチッ……



 身体の内側でなにかが切れる音がする。



「はい、死刑……!!」



 俺はリリアの肩に触れながら、自分自身に《身体凪(ボディ・カーム)》を、リリアには《凪付与(カーム・アディション)》を発動させ、



 チャキッ……



 短剣を抜いた。



「えっ、」

「来る、」

「バ、バロ、」



 メスガキの間抜けな声、震えた声のババア、焦りまくったジジイの声。その全てを遮るように……、



 シュッ、グザンッ……!!



 重騎士の鎧の隙間から頸動脈を軽く撫で、大剣を構えようとした右腕の肘関節を斬り落とす。



 プシュウウッ!! ボトッ……



 首から血を噴き出し、右腕が落ちる音、そして……、



 ガシャんッ!!



 ぶっ倒れた鎧の音が静寂に響く。



「き、貴様ァアァアッ!!」



 激情のままに突っ込んでくる女剣士に視線を向けるが、



 ドガッ!! ガキンッ!!



 細い剣を抜いたジジイが女剣士を蹴り飛ばして俺の前に立ち塞がった。


 が……、それは完璧に愚策だ。



「即死させんでくれて感謝はするが、やりすぎじゃぞ? 小童(こわっぱ)!!」


「近距離で喚くな。うるせぇーよ」



 ガシッ……



 ハゲ頭を鷲掴みにして、ポツリと呟く。



「《意識凪(コンシアス・カーム)》……」



 フッと軽くなった短剣をコントロールして、ジジイが倒れる前に振るう。



 グザンッ!!



 細い剣を握っていた8本の指が宙を舞う。



「ジジイの返り血を浴びるなんてごめんだ……」



 糸が切れた人形のように倒れるていくジジイに吐き捨て、唖然とする3人に視線を向ける。



 シィーンッ……



「やれやれ……、黙っている暇などないだろうに……」



 俺がポツリと呟けば……、

 



「ヒ、《回復(ヒール)》!!」



 俺の背後から叫び声が聞こえた。






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