第26話 〜敗北(死)とはなんて素晴らしいのだろう〜


  ◇◇◇【side:ユアンリーゼ】




 ブンッ、ブンッ!!



 ユアンは死を振りまく。

 被弾箇所を不能とする《死神の大鎌(タナトス)》を四方八方から撒き散らすけど……、



 パーッ!!



 彼には届かない。

 10メートルほどの結界に阻まれる。

 

 その中心……。



 パチッ……



 死んだ生き物のような虚な瞳。

 視線が交わるたびにゾクゾクしちゃう。



 ブンッ、ブンブンッ!! パーッ!!



 すごい……。強い! 本当に強いっ!!

 彼…、本当に人間(ヒューマン)!?



 あはっ! あははっ!! フェル君以外で《死神の大鎌(タナトス)》を受け付けない相手は初めて!



 直接、刈ればどうなるかなぁあっ?




 パチッ……ゾクゾクゾクッ!!



 ダ、ダメだ……。近づけない!!


 《戦姫の剣(アテナ)》の最大スピードも見切られた。《死神の大鎌(タナトス)》の“死”も、最大殺傷能力も近づけないなら意味がない。



 この大鎌を持って間合いに入れば……、きっと、《始まりの剣(ガイア)》じゃ間に合わない。「即死」が待っている。



「……ユアンが死んじゃう」



 ゾクゾクゾクッ!!



 ああ!! なんて楽しいんだろう。

 こんなに『死』が身近にある。


 ユアン……生きてる!

 ちゃんと生きてるんだ!!


 彼はユアンの全部を受け止めてくれる。

 彼はユアンの強さを否定してくれる。

 



「あはっー! 最ッ高ッ!!」




 タンッ!!



 上空に飛び上がり、



「《盗火の剣(プロメテウス)》!!」




 ボォォオウッワ!!



 ユアンはぷかぷかと浮いている光り輝く炎剣に立ち、無数の炎球で“空”を照らす。



 あはっ……、コレはどうかな?

 ……コレも無力化しちゃうのかな?



「いっけぇえええ!!!!」



 光跡を残して全ての“聖火”は彼に向かう。

 眩い光が樹海へと堕ちていく。



「ハァ、ハァ、ハァ……」



 かなりの魔力を消費するユアンのお気に入り。

 “魔王の眷属”を何匹も焼き尽くしたユアンの……、



 パスんッ……



 唐突に消えた聖火。

 戻ってきた夜の樹海。



 シィーン……



 静まり返る森は暗く、眩い光から一変した視界にユアンが彼を見失ってしまうと……、



 グザッ!!



 肩に激痛が走る。



「……あはっ!!」



 突き刺さっている短剣。肩から腕を流れる血。

 ズキズキと激痛がユアンを支配する。


 自分の血を見たのは何年ぶりだろう?

 この短い間に2度も痛覚を感じられるなんて……。


 

「はぁあああっ……!!」




 ユアン……生きてる。


 やばいよぉ。気持ちいい……っ。

 どうしよう! 

 ユアン、本当に死んじゃうかも!



 ジワァ……



 身体が熱くて仕方ない。

 身体の奥が疼いて仕方ない。


 

「はぁ、はぁ、はぁ……」



 魔力が……。早くしないと……、終わっちゃう……ん? 短剣がユアンの肩……? いま……彼は丸腰……?



「《戦姫の剣(アテナ)》……」



 重力もユアンに味方して身体能力の限界を越える。


 彼には気配がない。


 でも大丈夫……視界はまだ戻ってないけど、短剣が飛んできた方向に彼はいる。着弾から2秒……。彼だって目が慣れてないはず……。だから、外したんだ。



 今が好機! 最速でキメる……。


 ……でも、まだずっと続けていたい。

 彼を終わらせたくない。

 


 ズキンッズキンッ……!!



 この“痛み”……。高鳴る胸……。


 もったいない。彼は“強かった”。本当に強かった。彼の視界が《盗火の剣(プロメテウス)》に邪魔されていなければ……。



 この肩の短剣はユアンの頭を貫いていたはず……。



「楽しかったよ、強き人間(ヒューマン)……。ごめんね。実力では負けてても、ユアンは負けるわけにはいかないからさ……」




 猛スピードで降下しながら、彼の姿を探す。


 着弾から3秒。

 もう、あの虚ろの黒眼はユアンを見つけている。気配がないなら視線を探れ。彼は近くにいるは……ず……?



 クルッ!!



 ユアンは“後ろ”を振り返った。


 上空から猛スピードで降下しているユアンの“後ろ”……。



「なっ……んでッ……?」


「“飛べるヤツ”は自分より上への警戒が足りなすぎる……」




 ガッ……!!



 背中に衝撃!?

 このまま地面に叩きつけられれば……あはっー!! このままだと……!!



「……あはっー! 《雷霆の、(ゼウ)、」


「《範囲凪付与(エリア・カーム・アディション)》……」



 スンッ……



 ……えっ? なんで? 

 魔力切れ……? いや、だいぶ減ってはいるけど、最後の最後を振り絞れば、まだ……。


 相打ちには持ち込めるはずなのに……!!



「な、なんで《始まりの剣(ガイア)》に戻っちゃって、」



「返せ……」



 プシュッ……



 短剣を抜かれると同時に、“仰向け”になる。



「ふっ……、死ぬなよ? 俺は話が通じるヤツの命を奪うことを禁じられてるからな?」



 わずかに上がる口角。


 グルグルと塗りつぶしたような黒眼は気を抜けば吸い込まれてしまいそうな漆黒……。



 ガッ!!



 見惚れている間に手を蹴られ、エルフ族の宝剣はユアンの手から離れていく。



 パシッ!!



「身体能力の補正もコレだろ……? ふっ……、なるほど。お前にしか使えないのか……。んじゃ、要らねっ……」



 ポイッ……ふわっ……

 


 彼は“ただの木の枝”を捨てるように上に投げ捨てる。



「お、おいで……!!」



 ユアンは《始まりの剣(ガイア)》を呼んで引き寄せるけど、こちらは猛スピードで地面に向かってるんだ。


 地面への衝突の方が早い……。

 


「あっは……!!」



 ……負けた。負けた! 負けた!!


 地面に打ち付けられればユアンは動けない。

 この体制では受け身が取れない。



 ゾクゾクッ……!!



 まだだよ!! か、風魔法でクッション……って、魔力が巡らない!? なんで!? このままじゃ、本当に『死』……ぬぅ!?



 ゾクゾクゾクッ!!



「あはっー!! 最ッ高ッ……!!」



 ユアンの頭には生まれてからの記憶が巡り始める。


 幼い頃からの数々の戦闘訓練。宝剣に選ばれたユアンに血走った瞳で「神樹を取り戻せ」と必死な大人たち。


 無邪気に走り回っている他の子供たちを羨ましそうに眺めてるユアン。


 数々の魔物との実践訓練。

 戦って、戦って、戦って……。



 ――ユアンリーゼこそがエルフ族の『武』だ!



 戦って、戦って、戦って……。

 

 ――ユアンリーゼは最強だ!!


 戦って、戦って、戦って……。


 ――ねぇ、ユアンリーゼ。わたくしたちが同じ時代に生まれたことは、“しんじゅのさいはい”らしいわ。


 あぁ。“ティア”……。

 ごめん、ごめんね。ユアン、先に逝くね!


 本気で戦った。ユアンは全力を尽くした!

 でも、負けたんだよ!


 負けたんだ!! ユアン、本当に負けたんだ。


 もうなにもできない。

 どうすることもできない。

 もう、本当になにも……。



 あはっ……どうせ、ユアンの夢は叶わない。

 ちっぽけな夢など語ることさえ許されない。



 そうか……。

 ユアンはもう戦いたくなかったんだ。ただ、普通のエルフとして、普通に生きて、普通に……。






 あぁ……。

 敗北(死)とはなんて素晴らしいのだろう。






 ガシッ、グイッ!!



 唐突に腕を掴まれ重力に逆らうように投げ飛ばされるかと思えば……、


 

 ドガッ!!



「くはっ!!」



 勢いよくお腹を蹴られ、


 バキバキバキッ……


 木の中に吹っ飛ばされてしまう。



「いてててっ……」



 身体中は傷だらけ。


 

 スゥウウッ……



 追いついて来たのは《始まりの剣(ガイア)》。



「…………負けたのに生きてる?」



 ジワァ……



 目の前の視界が滲んでいく。


 生きてることに安堵したのか、死ねなかったことに落胆したのか。初めての敗北が悔しいのか、歓喜しているのか。


 また続いていく戦いの連鎖に絶望したのか……。



「うぅ……うっ……うううっ……」



 ぐちゃぐちゃの感情は涙となってユアンから出てきた。

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