第27話 結婚して欲しい!!



   ◇◇◇




 スタッ……



 俺が地面に着地すると……、


「ルーカス君!! 怪我はない!?」


 リリアが駆け寄ってくる。


 流石にあのまま突っ込んだら、俺まで痛い思いをするだろうから、あのエルフをクッション代わりの足台にさせてもらったのだが……。



「ふっ……、俺は大丈夫だ。襲いかかってくる気配はしないが、まだエルフは生きてるから、」


「ほ、本当に!? あんな無茶苦茶な戦闘で傷一つない? どこか痛いところは?! ボクにできることがあればなんでも言って!」


「……“なんでも”……か……」


「……い、いまはダメだよ!?」


「……ん?」


「え、えっちなこと、考えたでしょ……? そ、そうじゃなくて、いまは“回復役”としてボクにできることの話だよ!」


「ふっ……真っ赤になりながら、あせあせしてるリリアの存在だけで俺は癒される」


「も、もぉおっ……」



 耳まで赤くしたリリアに「ふぅう」と息を吐きながら、ポンッと頭を撫でる。


 疲れた……。久しぶりに戦闘で疲れた。

 神経を研ぎ澄ませ、深く集中した。


 《範囲凪付与(エリアカーム・アディション)》まで使ったのは7年ぶりくらいだ。


 範囲は3メートルになるが、触れている物全体に凪を付与し、魔力回路や特性を無効化するとっておきだ。




 はぁ〜……ゴッソリと魔力を消費した。

 ……まあ、俺は魔力回復の仕方も常人とは異なるが、このカラッカラに渇いた状態はあまり体験したくないものだ。



 ――魔力を練れ! “ルー”。常に枯渇した状態で過ごし、魔力を練る感覚を叩き込め!



 久しぶりにあの地獄を思い出した。

 


 俺の魔力量は少ない。

 だからこそ、魔力が超速で“回復”する身体を作られた。「お前の魔力なんて私の億分の一だ」などと言われ、死地に放り込まれ……。



 ブルッ……



 あの、クソジジイ……。

 いま思い出しても鬼畜以外の何物でもない。



「……めんどくせぇ」



 ポツリと呟き、リリアに背を向ける。


 さぁて、泣かしてやったが、どうなった……?

 まだ向かってくるなら、腕や足の一本は覚悟しろよ。


「ふぅ〜……下がってろ、リリア」


 俺がリリアに声をかけると……、



 スタッ……



 すっかり回復しているエルフの女のおでま……し……。


 

「……君がユアンを殺さなかったのは、“命を奪うことを禁じられてる”から……?」



 まだ赤い目元のまま小首をかしげる半裸のエルフ。



 その姿に少しばかり見惚れてしまう。



 ……うん。なかなかいいじゃないか……。


 後ろで縛っていた金髪は少しクセを残してサラサラと靡く。ただでさえ露出度が高かった衣服はボロボロで布切れがユラユラと風に揺られる。


 肌の透明感と曲線美。

 控えめな膨らみではあるが、そのくびれがそれを感じさせず、その頂上には、それはそれは綺麗な突起。


 身長はリリアよりも低く、尖った耳が金髪からひょこっと顔を出していて、クリックリのグリーンの瞳とぷっくりとした唇とが完璧な調和を……うん。


 なんというか……とりあえず、可愛い。

 美しいというより、可愛らしい……。



「……ユアンは君に負けた。人間(ヒューマン)に君のような強者がいるなんて知らなかった……」



 エルフは……真っ直ぐに俺の目を見てくる。

 対峙している今も強者独特のオーラが肌を刺してくる。


 が……、目の保養はできるときにしておけばいい。


 エルフとやらとは会ったことがない。

 この景色を脳裏に刻んでおかないと後悔しそうだ。



「ユアンは……、負けた。……のに、なんで生きてるの!? なんで? もう疲れたよ! ユアンはもう、戦いたくない!」


(ほぉ……尻もいいな。くびれの補正が尻にも作用してるのか……)


「ユアンは……、なりたくてエルフ族の最高戦力になったわけじゃない!! ちゃんと殺してよ! 全力を出して負けたんだから、それは仕方がないことでしょ!?」


(四肢もスラリとしてて身長にしては長いな……。ってか、顔が小さいのか! だから背が低く見えるのか?)


「ねぇ!! なんとか言ってよ!! 人間(ヒューマン)!!」



 エルフが叫ぶと同時に無い胸に手を当てる。



 ふにゅんっ……



 へ、へぇ〜……あるのはあるんだ。

 ほぉ〜……ど、どんな感触なん、



 ――あら……童貞には刺激が強かったですか?



 クソ女(キキョウ)の声が頭に蘇る。

 貧乳の美女と言えばで連想してしまったことがなんだか悔しい。そもそも、アイツの裸は見たことがない。


 このエルフと同じ胸とは限らない。どうせ、先端は真っ黒だ。腹の中と同じに決まってる。



 ひょこっ……



 エルフの乳を脳内記憶している俺の横から、リリアの銀髪と碧眼が顔を出す。



「……ん?」


「……ルーカス君? し、真剣な顔で……な、何してたのかな……?」



 ニコッと笑っているがいつもの笑顔じゃない。

 


「……? エルフの裸を記憶しておこうと、」


「エ、“エルフさん”はルーカス君に答えて欲しいんだよ!? 真剣に! 必死に! 自分の心の中の葛藤をさらけ出して、ルーカス君に救いを求めてるんだよ?!」



 ぷくぅうッ……!



 リリアは口を尖らせて頬を膨らませる。

 どうやら怒っているのはわかるが……、



「ふっ……嫉妬か? リリア……」


「ち、ちがっ……!! そ、そうだよ!! 嫉妬だよ!! こんな綺麗なエルフさんの裸を記憶しないで! ボ、ボクのだらしない身体なんか見せられなくなっちゃうでしょ!」


「だらしなくない。リリアの身体はとっくに記憶してる。このエルフにだって負けてないぞ?」


「そ、そんなはずないよ!!」


「やっぱり、怒ったリリアも悪くないな」



 ポンッ……



 俺が頭を撫でると、リリアは「むぅ〜」とうなりながら耳まで真っ赤にする。


 あぁ。俺の嫁。

 なんでいちいちこんなに可愛いんだ?


 ……こりゃ、早く2人になってもう一度リリアの裸を拝ませてもらうしかないなっ!!


 えっと……なんだっけ? 

 このエルフ、なんて言ってたっけ……?


 もう、戦闘の気配は一切感じないし、別にお前の心の中なんて興味ないんだが……?


 このエルフの心の葛藤? 救い?


 なんで俺がそんなめんどくさいことしなきゃならない? 

 

 わけもわからず襲いかかってくるような女は、いくら顔や身体が良くても……というより、俺は、俺を好きな女にしか興味がない。

 


 パチッ……



 “もうめんどくせぇな”とエルフを見やれば、パチパチと瞬きをして絶句している半裸エルフ。


 確か“殺して”だとか、なんだか言ってたな?



「自分のことくらい自分でなんとかしろ。俺にお前の悩みや願いを叶えてやる筋合いはない。襲いかかって来たことに対して、まず謝罪しろよ……」


「……」


「……死にたいなら勝手に死ね。お前の人生だろ? ん? エルフ生? まあどっちでもいいや。とにかく、お前自身の問題だろ? 俺を巻き込むな、めんどくさい……」


「…………」



 エルフはグッと唇を噛み締めて立ち尽くす。


 俺、間違ったこと言ったか?

 知らねぇよ。やりたいことはやればいいし、やりたくないことはしなければいいだろ?


 

 俺がリリアに視線を移すと、リリアは「ふふっ、ルーカス君らしいね?」と笑顔を浮かべた。


 俺はその笑顔の意味がわからなくて小首を傾げたが、まあリリアが笑ってるならもういいんだろう……。



「んじゃ、さっさと上に行くぞ……」

 

「……アドクリークのみなさんに挨拶しないで大丈夫かな?」


「……まあ、生きてりゃまた会うかもな」


「そう、だね! ボクたちは獣国の人を助けに行くんだし、一緒に来てくれるって言ってけど、巻き込んじゃダメだよね」



 リリアはトコトコと歩きながら、荷物を背負った。


 あっちにもおそらくエルフと、……“アイツら”の気配。まあ、アイツらの気配は消滅したが、帝国連中の気配は健在……。


 ……まあ、大丈夫だろ。

 1番ヤバいエルフはコイツだし……。


 チョコは惜しいが、これで2人きり!!

 もう誰も俺たちを邪魔するヤツはいない!!



 ゴクリッ……



 ついに、俺はリリアとっ!!



 俺たちは上の階層へと歩き始める。

 立ち尽くしたまま動かないエルフに一応警戒しつつ、最後にチラリと尻を確認してから、すれ違う。



(うん。完全に記憶した!!)



 もう思い残すことはない。


 今日は帝国連中からの貢ぎ物を少し開けよう。

 リリアの料理と酒……。デザートはクッキーに、締めに2人でチョコを……。そのままの流れに任せればいいだろう。



 ふっ……、セ、セ、セックスは目の前……!!





 ガシッ!!




 俺は腕を掴まれた。


 敵意や悪意はなく、動いた気配を察知した時にはもう掴まれていた。リリアも俺も同時に振り返るが、腕を掴んだ張本人はプルプルと小刻みに震えているだけ……。



「……まだなんか用が、」


「け、けけ、けけけ……」


「エ、エルフさん? えっと、ボクたちは、」


 眉を顰める俺の隣から、リリアがエルフに声をかけるが……、


 ズイッ……


 俺の腕を引き寄せたエルフはガバッと真っ赤になっている顔を上げた。




「け、けけ、結婚……、ユ、ユアンと結婚して欲しい!!」


「「………………」」


「ユアンは君のように何にも縛られていない人と生きてみたい! ユアンより強い君と家庭を持ってみたい! 君のお嫁さんになって、君の子供を産んでみたい!!」



 クリックリのエメラルドグリーンの瞳の中に、ぽけぇーとした死んだ魚の目の俺と目が合う。



「ダッ、ダァアメェェエエ!!」



 リリアの絶叫が辺りに響き渡ったかと思えば……、





 ズンッ……!!



 

 階層全体の“空気”が重くなった。



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