第28話 ……いや、もうめんどくせぇや
◇◇◇【side:帝国アドクリーク】
「んあぁあ……? “お前ら”、じゃ、ないねぇ〜……」
“交渉中”のティエリアとバロンの間に黒い角の生えた男が降り立った。
鋭い牙、鋭利な爪。
漆黒の翼に両脚の鉤爪。
一糸纏わぬ男の身体は黒い鱗に覆われている。
漆黒に塗りつぶされた目に真紅の瞳。
長身のバロンを見下ろす3メートルほどの“魔人”。
「お前らはぁ〜……“ニーズヘッグ様”のぉ〜、贄(にえ)、じゃ、ないねぇ〜……。あぁ! “あっち”かぁ〜……!」
フッ……
ロウソクの火が消えるように消えた魔人。
「はぁあっ! はぁ、はぁ、はぁ……」
バロンはガシャんと座り込みダラダラと汗を噴き出した。ティエリアは沈黙したまま顎に手を置き思考を巡らせ始める。
「……“ニーズヘッグ”」
ティエリアは『魔王』の名を憎々しげに呟き、ジェイドとマーリンは顔を見合わせる。
「ルーカス殿……」
「“ユアン様”……」
ルーカスの名を呼んだジェイド。
ユアンリーゼの名を読んだミリスの声は重なった。
それは“贄(にえ)”と呼ばれた者への彼らの答え。
ルーカスの強さを体験したアドクリークの者たちはルーカスだと導き出し、エルフたちは自分たちの最高戦力が狙われたと考えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。……ジェイド。“アイツ”、ルーカスとどっちが強い……?」
「バロン……。ワシでは測れんよ……。いま生きていることが“アヤツの答え”……」
マーリンはゴクリと息を呑んだ。
(あたしらがアリをわざわざ踏み潰さないように、先程の魔人はあたしらを放置した……ってことかい……)
声に出そうとしたが、マーリンは躊躇した。
シィーンッ……
もうジェイドの言葉で充分に伝わっていると沈黙が教えてくれていたから……。
※※※※※
ビリビリビリビリッ……!!!!
(……あぁ。めんどくせぇえええ!!!! いま“それ”どころじゃねぇえんだよぉおお!!)
「《範囲凪(エリアカーム)》……」
ポワァア……
俺は周囲9メートルを“凪ぐ”……が……、
ザザッ……シュッ……
リリアの前に立ち、頬に傷を負う。
ズザズザズザズザズザッ!!!!
9メートルの範囲外は、広範囲でキリカブだらけに姿を変え、リリアは「ル、ルーカス君!!」と俺の擦り傷に目を大きく見開いた。
(“残滓”か……)
【凪】の中まで侵入を許したのは“クソジジイ”以来だ。つまりは、「神に反旗を翻した相手」ってわけだ。
スキルは絶対的な物じゃない。絶対の保証はない。俺は随分と前にちゃんとそれを知っている……。
――溺れるな。恩恵(スキル)とやらに……。
わかってるよ。クソジジイ……。
んで……、“アレ”はなんだ?
めんどくせぇ……。
バサッ、バサッ、バサッ……
少し驚いたようにニヤニヤしているヤツが上空にポツリと浮かんでいる。
明らかに人間ではない。
耳は少し尖っているが、エルフでもないだろう。
「リリア、自分を《浄化(パージ)》しろ。んで、絶対に俺から離れるな……」
「ぅ、うん! その前にルーカス君の傷、」
「擦り傷だ。早く自分に《浄化(パージ)》!!」
「は、はい!! 《浄化(パージ)》……」
ポワァア……
リリアは自分の《浄化》を済ませたところで……、
「《範囲凪(エリアカーム)》……」
第二撃に備える。
ガシッ……
リリアの手を取り、“残滓”が侵入してくるであろう場所にリリアの爪をあてがうと、フワッと指から逃げるように“残滓”は消滅する。
(……ふっ、“完璧の盾”だな)
俺の【凪】とリリアの《浄化》を掛け合わせれば魔法系の無効化は盤石……。まあ、至近距離ならどうなるかは微妙だが、その前に屠りされば問題ないか……?
「……えっ、と、ルーカス君?」
「心配するな。リリアには傷一つつけない」
「だ、大丈夫だよ!? ボクにできることがあれば何でも言って? ヒ、《回復(ヒール)》と《浄化(パージ)》しかできないけど、少しでも役に立てるならなんでも、」
「ハハッ、心配するな。俺の方が強い……」
ポンッ……
俺がリリアの頭を撫でると、
「ヒ、《回復(ヒール)……」
リリアは俺の頬に優しく触れて擦り傷を癒す。
「《範囲凪(エリアカーム)……」
第三撃目は“縦”のようだ。
ズザズザズザッガガガッ!!
地面を抉り、パックリと亀裂が入る。
もちろん、9メートル範囲外だけだが……。
「あはっ……。な、なんて人間(ヒューマン)なの」
ポツリと呟いたエルフに視線を向ける。
(ふっ……本当に綺麗な容姿だな)
至近距離での破壊力は大したものだ。
……け、結婚か……。
コ、コレが俺の物になるのか……?
この控えめな胸を揉みしだき、透明感のある肌を撫で回すことができるの、
グイッ!!
「……見惚れちゃ……だめ……」
リリアは俺の頬を両手で包み、ぷっくりと頬を膨らませる。今すぐにでもその唇に吸い付きたいが、流石にそれどころじゃない……。
「リリア。ローブを貸してやってくれ」
「……ぅ、うん」
「えっ、いや、ユアンは別にこのままでも、」
「着てください!!」
「えっ、あっ、ぅ、うん……」
リリアの圧に顔を引き攣らせながらエルフはローブを羽織った。惜しい気もするが、俺に求婚してくれた女の裸をどこぞの男に堪能させるわけにもいかないだろう。
俺は、俺を好きな女にしか興味がない。
このエルフは、正直、なにかとんでもない勘違いをしているのだろうが、万が一にでも俺を好きだと言う可能性があるうちは守ってやろう……。
優先度的にはリリアだが……、まあ、このエルフは“使える”しな……。
さてさて……。どうしたものか……。
相手が不思議そうに首を傾げてる間にいかに楽をするか考えないと……、
「……いや、もうめんどくせぇや」
混乱してる間に、さっさと殺(や)るか……。
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