第29話 数秒間の攻防
※※※※※
「ルー。非力で魔力も少なく、生物として欠陥品である人間(ヒューマン)が、どのようにして強者を喰らうかわかるか?」
「ふっ、なにいってんだ? ついにボケたのか、“ジジイ”」
「フフフッ……聞こえなかったよ。いま、“ジジイ”と聞こえた気がした、」
「ス、恩恵(スキル)だろ? “じいちゃん”」
「ふっ……。恩恵(スキル)か。確かに強者に対抗する手段ではある。……だが、否だ」
「じゃあ、なんなんだよ?」
「強者は驕り、軽んじ、短絡的になる……」
「……? 難しいことはわかんねぇよ」
「勝機を見極める目を持て……。強者を喰らい続けろ。全てを疑い、見知らぬ者が作った常識に囚われるな。自分で見て、感じて、触れて、自由に生きろ……」
「……今、まさに自由じゃねぇんだけど?」
「フフフッ。強くなれ、ルー」
「あ、頭、ポンッてするんじゃねぇよ!」
※※※※※
それはまさに数秒間の攻防だった。
キンッ、クルッ……
猛烈な加速と共に鋭い爪でルーカスの頭上から振り下ろされる“魔人”の攻撃を、絶妙なタイミングと角度で受け流すと同時に、魔人の腕力を利用するようにクルリと回転するルーカス。
グザッ、ドガッ!!
受け流され地面に突き刺さる魔人の爪。
バランスを崩された3メートルの体躯。頭が落ちた魔人の後頭部にルーカスの踵(かかと)が、更にバランス悪化を後押しする。
人型の魔人……人体で1番重い頭を勢いよく地面に押し付けられ、両足と左腕はまるで布切れのように宙を舞う。
踵(かかと)が後頭部に触れた瞬間の《意識凪(コンシアスカーム)》が理由である。
ズザッ!!
魔人の後頭部を踏みつけるように立つルーカス。
本来であれば1.5秒間の“無意識”。魔人の中に備わった危機回避能力が0.5秒という短時間で意識を取り戻す。
しかし……、
ガキンッ、グザッグザッ……
その瞬間をユアンリーゼが見逃さない。
長年の戦闘経験が本能的に、その刹那(せつな)が最大の好機であると判断した。一度は固い鱗に弾かれた《戦姫の剣(アテナ)》だが、即座に両膝の後ろ……“柔らかい箇所”を貫く。
「グガッ……!」
小さく呻(うめ)いた魔人はルーカスを上空に放り出そうと自らの頭を跳ね上げるが、ルーカスは膝の脱力でそれを拒否。
そして……、
シュパンッ!!!!
伸び切った魔人の首にルーカスの“短剣”……もちろん、修復や回復を阻害する《凪付与(カーム・アディション)》した短剣が勢いよく振り抜かれた。
タンッ!!
即座に魔人から離れたルーカスはリリアを抱えて、跳躍すると同時に……、
「エルフ!!」
ユアンリーゼに行動を促す。
「《冥界の氷剣(ハデス)》!!」
グザッ!!
即座に応えるユアンリーゼは、地面に突き立てた“氷の剣”に全ての魔力を注ぎ込む……。
パキッ、パキキキキッ……!!
ユアン―リーゼはルーカスとの戦闘では意味を為さないと判断した「氷獄」を築く。
天まで届く氷柱の中には首が切り離された魔人。
この「氷獄」はルーカスの保険。
(このエルフの“剣”なら封印系もあるだろう……)という予測の結果。首を刈ったところで万が一にでも“その後”があれば、付き合ってる暇はないという意思表示。
パキッ……パキッ……
固く凍っている余韻の音が鳴り止めば、
シィーン……
静寂が顔を出す。
「……すごい連携」
ルーカスに抱きかかえられてるリリアは呟くが……、
「腹減ったな……」
ルーカスはグゥウッと腹を鳴らした。
戦闘開始からわずか5秒間の攻防。
世界的に『魔王』として認識されている3体のうちの1人、最強種、竜(ドラゴン)の王“ニーズヘッグ”。この世界樹(ユグドラシル)をエルフ族から奪いとり、迷宮を生み出した張本人。
150階層の主である「魔人(ノーネーム)」。
“ニーズヘッグの残滓”は、その真の実力を発揮する前に絶命し、冥府の氷に囚われることとなった。
しかし……、
――200階層「王城」
「ほぉ……。この人間(ヒューマン)……」
魔王……この迷宮の“マスター”にルーカスの存在を認識させることとなった。
「どうしたんだ、主(あるじ)?」
「口の利き方を改めんか、この大うつけが!」
「“人間(ヒューマン)”よりエルフでは?」
「…………“女人間(メス)”の方が厄介」
玉座の下に、4つの椅子。
『竜神』を見上げる男女2人ずつの四天竜王。椅子の背もたれからちょこんとしか見えない4人が、自分たちの『神』の言葉に反応した。
その四天竜王の後ろには従者が立つ。
その後ろには顔を上げることさえ許されない有象無象が冷や汗を垂らしながら跪いている。
「……来るか、来ぬか。クカカッ……1300年ぶりの“客”じゃ……」
ここは世界樹迷宮(ユグドラシルダンジョン)最下層。無限に湧き出る、聖なる湖の上に浮かぶ王城。
『竜神』と崇められるニーズヘッグは、まるで新しいオモチャを見つけた子供のように口角を吊り上げた。
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