第25話 vs.エルフ族最強




  ※※※【side:リリア】




 ――君は下がってなよ! 大丈夫! 君は戦闘員じゃないみたいだし、興味ないからさ!!



 とても美しい耳の長い……エルフの女性はボクにニコッと微笑みかけてシュッと姿を消した。ルーカス君も「避難してろ」と言うのでボクは後方から、戦闘を見つめていた。




 キンッ……キンキンッ……キンッ……!!


 


 シュッと消えては剣戟の音を響かせ、レイコンマ数秒間だけ現れるエルフの女性は四方八方からルーカス君に襲いかかる。



 キンキンッ……キンッ! キンキンッ!!



「……ルーカス君」



 ボクはなにがどうなっているのかわからない。


 姿を見失うほどの高速移動を繰り返しながら、ルーカス君に斬りかかっていることしかわからない。



(防戦一方……? ルーカス君が……?)



 ルーカス君はずっと立ち尽くしたまま、剣を受け続けている。あのスピードなんだ。無理もない……無理もないんだけど……ボクはどこか腑に落ちない。



「ルーカス君!!」



 あのエルフの女性は何者で、なんでボクたちに襲いかかって来てるの? なんで? ルーカス君は何も……、ボクたちはなにもしてないのに!



 キンッキンッ! キンキンキンッ……!!



 ボクにできることは……?

 ……そんなのあるはずがない。

 ルーカス君が防戦一方になるような相手……。


 

 ――大丈夫か? リリア。



 眉一つ動かさず、瞬き一つする間もなく、いつも魔物からボクを守ってくれていたルーカス君が……。


 圧倒的な強さを持つはずのルーカス君が……。



 このまま、なす術なく……?



「……ううん。ルーカス君が負ける姿は想像つかないや……」



 スッと視線を上げれば、ルーカス君はいつもの吸い込まれそうな瞳でこちらを見つめている。


 

 グッ……



 ボクは両手の拳を胸の前で握り、「頑張って!」と笑顔を浮かべると……、



「ふっ……」



 ルーカス君は少しだけ口角を上げて微笑み返してくれる。



 なんだ……。何も心配することはない。

 心配することすら烏滸(おこ)がましい……。


 もし、万が一……ルーカス君が倒れてもボクが助ける。ボクの聖属性の初級魔法には、ちゃんと力があるんだもんね……?



 ボクはルーカス君の言葉を反芻する。

 ルーカス君ができるって言うなら、ボクはなんだってできる……。

 



 カタッ……




 魔物除けの魔道具を荷物から取り出し魔力を込める。

 

 ボクがいまできるのはルーカス君の邪魔をしないこと。ボクを気遣ってくれるルーカス君が相手に集中できるように準備すること……。



「エルフ族……。確か遠い昔に“竜王”に屠り去られた古(いにしえ)の種族……」



(……“滅亡”したはずじゃ?)



 キンッキンッ……ガキンっ!!



 でも……眼前がリアル。


 「金髪に透き通るエメラルドグリーンの瞳」。

 巫女様と王宮の図書館で読んだエルフの特徴……。



 このダンジョンはエルフ族の国だった……?


 だから、襲いかかって……?

 ん? でも、ボクは別になにもされてない……。




「……って、嘘……でしょ? ルーカス君、目を瞑(つむ)ってる……?」



 

 

  ※※※※※




 “頑張って”か……。

 なんだろうな。いくらリリアとはいえ、頑張ってと言われれば頑張りたくなくなる病……。




 ガキンッ、キンキンッ……!!



 まあ、相手がめんどくさいのが1番の理由か。


 ずっと受けに回ってたら、魔物がわんさかやってきて、それをこのエルフに押し付け、ドサクサに紛れて退散するという希望的撤退作戦も終わり……。


 リリアには《凪付与》してるから、魔物の心配はしていなかったが……周囲に集まって来た魔物も、リリアが発動させた魔物除けで散っていった。



 キンキンキンッ……!!



 まあ、この階層の魔物ごときじゃ、数秒の時間稼ぎすらできないか……。



 このエルフ……。正直……、かなり強い。




 キンッッ!!




「……めんどくせぇ」



 俺はレイピアを受け流しながらポツリと呟き……、



 スッ……


 

 目を閉じた。



 “いらない情報”を遮断して、感覚を研ぎ澄ませる。



 キンッ……キンキンッ!!



 数十分、攻撃を受け流しているが、やはりこのエルフには“型”がない。同じ攻撃が一度としてない。数センチ、数ミリの誤差もわざとだろう。


 レイピアをしならせる腕の振りも、不規則な踏み込みも、タイミングのズラしも……。

 

 

 キンッ! キンキンッ!



 連撃のレパートリーも……。


 強者と呼ばれる剣の達人には型が……というより、魔物すら決まった攻撃の形がある。本能的に気持ちのいい攻撃も成功体験から積み上げた必殺の攻撃も、ようは“型”だ。



 それが、このエルフにはない。



 キンキンッ!!



 俺の“受け流し”のタイミングや角度がズレれば、負傷は免れない。


 ……それにレイピアもただの剣じゃない。付与した《凪》はすぐにレイピアに吸収され無力化されてる……。おそらくは、使用者を強化する感じか……?



「めんどくさいなぁ……」



 【凪】は万能じゃない。

 物理のゴリ押しではそのほとんどが意味を持たない。


 確かにこのエルフは強い。

 素直に強いと認めてもいいほどに強い。


 だが……、一対一で俺に勝てるほどじゃない。



 ピリッ……スッ……



 狙われたみぞおちに電気が走り、俺はその肌感覚に従って、初めて攻撃を躱しながらパチッと目を開く。



「……ぉっあっ!」



 これまでずっと受け流されていたレイピア。

 やはりエルフの女は“どう受け流されているか?”を観察し続けていた。


 受けなければ体制を崩すと思っていた。


 マヌケな声と共にグラリと体制を崩したのが証拠。



 クルンッ!



 俺は前につんのめるエルフの力を利用して、空中に投げた。


 1秒にも満たない時間の中……。



 腕を落とす? 目を突く? 

 腹を裂く? 首を刈る? 足の腱を?



 頭の中に複数の選択肢が浮かぶが……、



 ピリッ……



 目元に電気が走る。


(ふっ、体制が崩れているのに、なんてバランス感覚だよ……)


 どうやら、俺の判断は少し遅かったようだが……、



 シュッ……



 首を捻り、レイピアを躱すと同時に、



 ドガッ!!



 腹を蹴り上げる。



「くはっ……!!」



 ズザザッ……!!



 エルフは地面に転がったが、すぐに立ち上がり、



「あはっー!!」



 綺麗な顔を満面の笑みに変え、ボソッと呟く。



「《始まりの剣(ガイア)》……」



 ポワァアッ……



 レイピアが発光し、木の枝に姿を変えた。

 その木から枝葉が伸び、エルフの腹に巻き付く。



「骨が折れたの500年ぶりくらいだよっ!! 強い……。君、本当に強いねっ!!」


「……」


「楽しいね? “ユアン”、死ぬかもしれないね!?」


「……めんどくさ」


「あはっ! まだまだ行くよ! 《死神の大鎌(タナトス)》」



 ズワァアッ……!!



 禍々しい魔力が木の枝を包み込み、巨大な鎌へと姿を変える。



 ビリビリビリッ……



 全身を包み込む「死の気配」だが、



「《身体凪(ボディ・カーム)》……」



 肌を刺す「死」を凪いだ。



(ふっ……、さっきより、殺(や)りやすそうだな……)



 あの大鎌は愚策だ。

 俺を殺すには物理でゴリ押すしかない……。



 そんなことを考えながら、


 ――エルフたちとの出会いは混乱を生むでしょう。


 クソ女(キキョウ)のふざけた予言を思い返していた。



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