第23話 ◆ 「キェエエエエエエエ!!!!」◆




   ◇◇◇



 ――122階層「森林樹海」 




「あはっー! 君、そーとー強いでしょ?」


 

 目の前に現れたのは耳長のいい女。


 露出度が高い緑の服は貧相な乳が今にもこんにちわしそうだ。サラサラの長い金髪を後ろで縛り、翡翠の瞳はクリックリでキラキラと輝いている。



「……“エルフ族”?」



 抱えたままのリリアがポツリと呟く。

 エルフだかなんだか知らないが、もう目の前に“上”への道が見えているのに、厄介この上ない。



「ねぇ! やろうよ! 真剣勝負……」



 整いすぎた容姿の中の瞳は、瞳孔がバッキバキにキマッてる。


 ……めんどくさい。

 この女はなかなかにめんどくさい……。



 ピリッ……ピリピリッ……



 俺の感覚がこのダンジョンを訪れて1番の危険を知らせてきている。




 カチャッ……



 バッキバキ女が剣を抜くと、明らかに“ヤバそうなレイピア”が姿を現した。



「……めんどくせぇ」



 俺がポツリと呟けば、



 スッ……



 視界から女が消える。



 ガキンッ!!!!



 俺はリリアを抱えたまま短剣を抜いてレイピアを受け止めた。風圧でユラユラと揺れるバッキバキ女の服……。


 あまりの超加速にザコばかりを相手にしてきた俺は、少しミスをした……。


 チラッ……


 俺は、少し刃こぼれした短剣を見つめるフリをしながら、ついに顔を出した小さな胸の先端を見つめていた。

 





  ※※※※※

 帝国“アドクリーク”vs.王国“オークウェル”


 

「《千剣雨(ソードレイン)》!!」



 キンキンキンキンッ!!



 四方八方から降り注ぐ魔力でできた剣をはじきながらジェイドは眉をひそめた。



(……“後ろ”には何がおる?)



 連携も何もない4人の特攻。

 理性を無くし、我先にと殺意を剥き出しにする獣たち。



「死ねぇええええ!! 《千重剣》!!」

「私の獲物だぁあ!! 《巨魔の行進》!!」

「燃え尽きよ!! 《大炎海》!!」

「ウチが1番なのぉお!! 《脚十化》!!」



 ズワァア……!!!!



 連携がないからこそ、目の前は地獄と化す。

 炎に包まれた巨人が無数の剣を携え前進してくる。


 それを従えるように先頭を走る女性は四肢を何重にも重ねており、人間には見えない。



「チィッ……一体なんなんだよ」

「蹴散らすまで!! 《神速、」

「お待ち!! キューリエンヌ!! 《大海の滝》!!」



 バロンは先頭の女性を止め、キューリエンヌが突っ込もうとしたところをマーリンが止め、大量の水を天から降ろす。



 ゴボォオオオッ!!



 洪水と化した樹海から逃れるようにジェイドはレイアを抱えて木の上に上り、頭上から戦場を見下ろす。



(バロンも上手く逃れたか……)



 天に魔法陣が現れたタイミングで帝国の者たちが自分と同じように木の上に避難していることを確認し、敵を確認する。




 ボワァアッ!!



 不規則に揺れる海の中、魔力でできている巨人の中からこちらを見つめてくる4人の獣。



「厄介な“盾”じゃのぉ……」



 ジェイドが即座に無力化する優先順位を決めていると、抱えているレイアがプルプルと震えていることに気づく。


「レイア? どうしたんじゃ……?」

 

「ジェイド様……み、“みんな”がおかしいですぅうう!!」


「……」


「みんな……みんな、“消されていく”。レイアが声をかけたら、1人ずつ、誰かに消されて……ッ!!」


「……ここで待機じゃ。あの者たちはワシらで充分!!」



 ジェイドはレイアを置いて駆け出した。



「精霊の存在に干渉するなど……。一体、誰がおる……?」



 ジェイドの興味はすでに目の前の獣たちにない。


 チラリとマーリンに目配せをして、レイアの保護と現状把握を優先させようと動くが、マーリンはすでにレイアの方へと向かっている。



「バロンとバカ弟子は剣士の男を! その間にワシが周りを綺麗にしておく!!」


「はい! 師匠!」

「油断するなよ、ジェイド!!」



 パシャんッ!!



 まだ濡れている地面に降り立つ3人は、



 ズズズッ……



 巨人の中から一斉に飛び出してくる獣たちに身構えた。





   ◆【side:ラスト】




 喉が渇く……。全身がむず痒い……。

 今すぐにでも全身を掻きむしり、“あの雫”の快感と高揚感に満たされたい。



『申し訳ありませんでした! ラスト様!』



 あの雫が目的を叶えてくれる。


 あの雫を飲めば、“あのクソ女”が全裸で地面に額をつけ、俺に必死に謝罪してくる光景が浮かんでくる。


 俺はあの女をめちゃくちゃにして、2度と俺に逆らえないように骨の髄まで恐怖と快楽を植え付け、俺なしでは生きられないようにしてやるんだ。



 ――せいぜい魔物に殺されないよう、必死に生き延びて下さい。アナタが死んでいいのはルーカス様に殺される時だけです……。



 異国の装いを身にまとい、まるでゴミを見るような冷めた瞳で俺を嘲笑しやがったクソ女を徹底的に調教し、俺が王となる……。



 その全てを叶えてくれる。

 ティエリアの雫は全てを叶えてくれる。


 俺の見たいものだけを見せ、経験したことのない快楽を教えてくれる。



「クックハハハハッ!!」



 邪魔だ。邪魔だ……。お前らが邪魔だ!!



 目の前の重騎士、その後ろの女剣士。


 お前らを屠れば、またあの光景と快楽が……。



 たったそれだけで……。

 俺の全てが満たされるっ!!




「キェエエエエエエ!!!!」




 ガキンッ!! ガキンッ、ガキンッ!!



 誰の奇声だ? うるさいな。



「おい!! 目を―――! 落ち――!!」



 重騎士の男は何を叫んでる?

 盾で受けるなよ。めんどくせぇなぁあ!



 さっさと死ね。


 死ね! 死ね!! 



「キェエエエエエエ!!」



 あっ。俺の奇声か……。

 クハハッ……うるさっ!!


 あぁああっ! むしゃくしゃするぅ!!


 お前らがさっさと死なないから……。


 お前らが生きてるから!!

 俺はあの雫をもらえない!!!!




 ガキンッガキンガキンガキンッ!!



 一心不乱に剣を振るう。

 【千剣】のスキルも何度も何度も何度も使ってる。


 ん、使ってる? もうわからねぇよ。



「さっさと死ねぇええええええええ!!」






 グザンッ……ポトッ……






「キェエエエエエエエ!!!!」




 ビチャッ……ビチャビチャッ!!



 ククッ……。やっとかよ。

 そんなに血塗れになって、やっとおっ死ぬのか……?




 グザンッ!! ポトッ……。



「……んあっ?」




 ビチャビチャビチャッ!!




 あれ……? 腕が軽い……。

 あつっ……。なんだこれ……。



 パチッ……



 重騎士の男と女剣士と目が合う。


 男は哀れんだように……。

 女は軽蔑したように……。



 はっ……? なんだよ。

 テメェらはなんで死にかけのくせに俺を……!!



 ――頑張ってくださいね、ラスト様。



 なんであのクソ女と同じ目を向けて来やがる!?



「なっ……んだよっ! おいっ!! さっさと死ね!」



 俺は剣を振るった。

 剣を男の首に振るったつもりだった。



 しかし……、



 ビチャッ……!!



 大量の血が男に浴びせられただけだった。



「もう終わりだ……。このままだと本当に死ぬぞ……?」


「なにっ言って……」




 ボトボドボドッ!!




 俺は聞き慣れない音のする方に視線を向ける。



「……はっ?」



 自分の足元には血溜まり。

 両腕からはとめどなく血が……?


 

「俺の腕……は?」


「お前、“オークウェル”のリーダーだろ? 何があったんだ?」


「えっ……“おーくうぇる”……」


「ルーカスとリリアさんの仲間じゃないのか?」


 

 眉を顰める重騎士の男の言葉に記憶が顔を出す。




 ――ふっ、めんどくせぇヤツら。

 ――あぁーはいはい。すごいすごい。

 ――ふわぁあっ、ねむっ……。

 ――んじゃ、頑張ってねぇ〜……。



 あのいけすかないクソザコ。

 小馬鹿にしたような嘲笑が鼻につく無能。

 何も写していない黒眼で棒読みの言葉の数々。



 ――ルーカス様こそが私の『最強』。



 あのクソ女の想い人……。


 俺が世界で1番、ムカつくクソヤロウ。

 魔物との戦闘のドサクサの中……、なんど殺そうとしても殺せなかった“運だけ”のクズ。




 ――ごめんなさい。

 ――ボク、もっと頑張るから!

 ――雑用はボクに任せて。



 元奴隷のクソザコ女。

 ボクボクうるさい、小蝿(こばえ)……。



 ――巫女様に恩返しするんだ!

 ――ルーカス君は必要だよ!



 あのクソ女を崇拝し、結局クソ無能を追いかけるような大マヌケ女……。



「詳しくは聞いてないが、お前たち何があったんだ?」


「……ぁっ、ァッ、アイツら……、生きてるのか?」



 目の前が暗くなっていく。

 ポツリと呟いた独り言……。ふと出た疑問。



「ルーカスが死ぬわけねぇだろ?」

「リリア様が付いているのだから」



 重なる言葉に血が沸騰しそうになったが……、




 トスンッ!!




 俺の意識はそこで途絶えた。



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