第31話 〜「今日がいい……」〜②

【side:リリア】



 ルーカス君の言葉にユアンリーゼさんはただでさえ大きな瞳をさらに見開く。


「そうなんだ! 女神様なんだぁ〜! たしかに“聖気”の塊だよね!」


「“性器”? なにをふざけたことを、」


「あはっー! “聖なる気力”のことだよ! 精霊たちとも違うみたいだし、女神様ならそれも納得だよ!」


「ふっ……。……えっ? そーなの?」


「んん? 違うの?」


「確かにリリアの聖属性の魔法は人間の範疇を超えてるが、その“セーキ”とやらは聞いたことがないな……」



 2人の会話がボクのことを話している実感はなくて、頭の中ではルーカス君の「リリアは女神だ」がリフレインしてて、もうぐっちゃぐちゃのボクの心と頭の中。



「“神聖力”……」



 ボクはポツリと呟いた。



「うぅーん……“神の聖なる力”? うん! そうだね、そんな感じ! 白くて、青も黄色もあって緑も……白いオーラに虹の玉が飛んでるからね!」



 ユアンリーゼさんはパーっと可愛らしくて、人懐っこい笑顔で呟き……、



「“黒紫”の君とは正反対!! “下”に蠢く君と、“上”に立ち昇る彼女の対比が綺麗だよ……! そうして2人が重なってると、“神界と冥界”がこの世にあるみたい!」



 目元をクシャッとして「あはっー!」と笑い声を上げた。


 ボクはただ知っている単語を呟いただけ。自分にそんな力があるって誇示したわけじゃない。



 けど……、



「ふっ……、さすが俺の嫁だ」



 ルーカス君はどこか誇らしげで何も言えなくなってしまう。



「ええっ!? そうなの!? じゃあ、ユアンの先輩だ!」


「ふざけるな。お前は俺のこと好きじゃないだろ!? リリアが俺を見つめる瞳と全然違うっ!!」


「……? “好き”……ってなに?」


「……それは俺もわからんが、」


「君とずっと一緒にいたいし、家庭を持ちたいし、君の子供が欲しいって思うのは違うの?」


「……と、とにかく! なんか違う。うるさいし、人間を見下すのも気に食わないし、ガキっぽいし、うるさいし、勝手についてくるし、俺とリリアの邪魔するし、」


「でも! ユアンは君と結婚するよ!?」


「しない。確かにお前はめちゃくちゃ可愛いし、綺麗だし、いい身体をしてるが、……お前はリリアじゃない」


「……あ、ありがと……」


「何、顔を赤くしてる? 『めんどくさい』が余裕で勝ってるって言ってるんだぞ? 俺たちの邪魔するな。さっさと仲間のとこに帰れ!」


「……ッ!!」



 あからさまにガァーンッとしたユアンリーゼさんはぷくっと口を尖らせると……、


「……ゃ、やだ。ユアンは君についてくの……」


 綺麗な翡翠の瞳にウルウルと涙を溜めた。



「……なっ、なんだ、コイツ」



 耳元で聞こえるルーカス君がドキッとしたのがわかる。きっと顔は少し赤くなってるんだろう……。



 気持ちはわかるよ。

 同性のボクでも少しキュンってしちゃったんだもん。



 でも……不思議だなぁ……。

 さっきまでのモヤモヤはどこかに消えちゃった。




 クルッ……




 ボクはルーカス君の顔を覗き込むように振り返る。


 やっぱり少しだけ顔を赤くしているルーカス君に、ボクも口を尖らせてみる。



「ルーカス君の“お嫁さん”はボクだよ?」


「……ぁ、あぁ。当たり前、」



 ちゅッ……



 ゴクリと息を呑んだルーカス君に初めてボクからキスをする。



「リ、リリ、」


「そういうことなので、ユアンリーゼさん。ルーカス君と結ばれたいなら、ボクよりルーカス君のことを愛してから言って下さいね?」


 ルーカス君の言葉を遮り、絶対に叶うことのない無理難題を投げかける。



 真っ赤な顔を両手で顔を覆いながらも、バッチリと瞳は隠れていないユアンリーゼさんは、「はわわわっ」と顔を引き攣らせてコクコクと頷いた。

 



 ――お前はリリアじゃない。




 たった一言。

 それがボクに自信をくれる。


 もう自分を卑下するのは本当にやめよう……。

 弱い自分とは決別しよう……。


 『胸を張ってルーカス君の隣に立つ』


 その努力を怠らないようにしよう……。

 

 誰にも負けないと気持ち……。「誰よりもルーカス君を愛している」という気持ちがあることを誇ろう。



 “神聖力”……。



 ボクにそんな力があるなら……。



 ――ねぇ、リリ。絵空事の『聖女』とは神代者(ギフテッド)なのかしら?



 巫女様の言葉と共に一つの文献が想起される。

 “神聖力”……。すなわち、『聖女の魔力』。


 自分自身に確証はなくとも、“滅亡したはずのエルフ族”が言うのなら……。最愛の……まさしく『神代者(ギフテッド)』と呼べるルーカス君が言うのならば……。



 ボクが信じるには充分すぎる証拠だ。



「ルーカス君……」


「リリア……」


「今日がいい……。今日、“ルーカス君のモノ”にして欲しい……。ボクが誓いを立てた今日、ボクの全てをルーカス君にあげたい……」



 どうしよう。


 理由もないのに涙が溢れてしまいそうだ。

 でも、決心はひとつも揺らいだりしない……。



「…………ち、“誓い”ってのは?」



 ここで聞き返してくれるルーカス君が可愛らしい。


 本人はなんだか「やってしまった」という顔をしているけど、そんなルーカス君だからこそボクは後悔しない。



「ありがとう。ちゃんとボクの事を考えてくれて……」


「…………は、“初めて”だから、少しビビっただけだ」


「嬉しいよ?」


「……ッ」


「ボ、ボクも初めてなので……お、お手柔らかに……お願いします……」



 ルーカス君が赤くなるから、なんだかボクまで赤くなっちゃう。


 あっ……“誓い”も伝えて、



 ガシッ……!!



 口を開こうとしたボクをルーカス君が包んでくれる。




「……散れ。邪魔すれば殺す……」



 ガッチリした腕に抱きしめられながらドクンッと胸が高鳴り、耳に吐息がかかるほど近いルーカス君の声にゾクッとする。



「ユ、ユアンも一緒が、」


「今日、邪魔すれば本当に殺す……」



 ユアンリーゼさんとルーカス君の掛け合いは、正直ボクの耳には届いていなかった。




 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 少し弾力のある筋肉質な身体に包まれて、心臓がうるさすぎて……、この“気持ち”をどうすれば伝えられるのかな?って涙が出ちゃいそうだったから……。



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