第32話 「リリアの全てを貰ってください」





  ◇◇◇◇◇




 ボコッ……ボコッ……



 マグマとの距離20m付近で童貞を捨てる男は、おそらく俺以外にはいないだろう……。なんてバカな事を考えながら悶々としている。



 ――か、身体を綺麗にしたい……です。



 洞窟内の拠点に到着した俺たち。リリアは水を生成する魔道具を手にして真っ赤な顔で懇願してきた。


 リリアの《浄化》でいいんじゃとも思ったが、これは雰囲気的なものだろう。「じゃあ、俺も」なんて水浴びを済ませ、リリアを待つ。


 洞窟の影でピチャピチャと水音に聞き耳を立てながら、どこか夢見心地だ。



 洞窟内の拠点とはいえ、マグマが湧き立つ音は鼓膜を揺らし、灼熱の赤は“入り口を閉鎖している氷”に透けて洞窟内を染めている。



 簡易的に作った寝床はリリアの《浄化》済み。


 上半身は裸のまま寝そべり、洞窟内の景色をぼんやりと見つめながら気を紛らわせている。



 ピチャ……



 水音が止むと、一気に緊張感が増す。



「お、遅くなってごめん……ルーカス君……」



 リリアの声に座り直した俺は、その光景にゴクリと息を呑む。


 小さなタオルで前を隠してはいるが、タオルの横から豊満な胸は隠しきれてないようだ。


 纏っている衣服はおパンツ1枚。


 スラリとしつつ、肉付きを感じさせる四肢、女性らしいくびれに華奢な首と鎖骨。綺麗なキメの細かい白い肌と純白のおパンツは、ほのかに洞窟内の赤に染められている。

 

 な、なかなかに幻想的な景色だ。


 リリアの頬が赤いのがマグマなのか、リリア自身なのかも曖昧だが、淡い赤色がリリアの短い銀髪に色をつけていて、少し別人のようにも感じる。


 だが、リリアから感じる“気配”は変わらない。


 記憶の中のリリアの裸と赤の中で一際輝く紺碧の瞳も変わらず美し……いや、いつも以上に……、


「……綺麗だ」


 ポツリと呟けば、リリアはただでさえ赤い顔を更に赤く染める。



「……ッ!! あ、ありがとうっ……!」



 リリアの言葉と共に俺の前に座った。



 ゴポッ……ゴポッ……



 マグマの沸き立つ音だけが洞窟内に響く。

 いや、それにプラスでもう一つ……。



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 このやかましい心臓の音もだ。



「「…………」」



 誰も邪魔する者はいない。


 “ユアン”は氷の外で大人しくしている。

 あれだけグルグルに縛っておけば大丈夫のはずだ。帝国連中やエルフ共はまだこの階層に入ってない。


 万が一、追いかけてきたところで、階層主は生かしてあるからここに辿り着くまでにはまだ時間がかかるはずだ。


 クソ女(キキョウ)の邪魔が入らないよう、リリアがつけている腕輪にも“凪”を付与してある。


 もう誰も俺たちを邪魔できない。


 毎日を悶々と過ごし続けたのに、いざとなれば、どう始めていいのかがわからない。



「「…………」」



 俺たちは黙りこくって、ただ時間を消費している。



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 激しく脈打つ心臓を持て余している。



 俺たちはわかってる。

 2人の関係が変わってしまう事を理解している。


 俺は、それに少しビビっている。

 リリアに嫌われることを恐れている。


 だが……、引く気はない。

 俺にはリリアしかいないと直感が教えてくれる。


 ユアンも自分のモノにしたいと思った。

 でも、ユアンはリリアじゃない。


 乳は揉むだろう。キスもするかもしれない。

 セックスだっていつかはするのかもしれない。


 でも、俺を理解してくれるのはリリアだけのような気がしている。リリアを失うかもしれないのなら、俺はユアンに手を出すことはしないだろう。



 よくわからないが、リリアを失うことを俺は何よりも恐れている。



 どうやら、「好きだ」と言ってくれるからじゃないようだ。どうやら、キスやセックスをしてくれるからじゃないようだ。



 ウルウルと瞳を潤ませて、困ったようなリリアを可愛らしいと思う。好ましいと思う。



 いや……、うん。

 これは“愛おしい”と言うんだろう……。




 スッ……



 リリアの綺麗な髪を撫でながら後頭部に手を添える。今にもこぼれ落ちそうな涙を溜めた紺碧の瞳と目が合う。



「ふっ……。上手くできなくても、嫌わないと言ってくれ……」


「それはボク……、ううん、“リリア”のセリフだよぉ……」


 

 困ったように笑い、目を細めた瞬間にツゥーッと綺麗な涙を流したリリアは、そっと俺の手に自分の手を添える。



「リリアの全てを貰ってください。ルーカス君……」



 心の底から愛おしそうに潤む紺碧の瞳は、理性が飛ぶには充分な破壊力だった。





   ※※※※※





「んっ、ぁっ、ぁあっ、んっ、んんんっ、」



 自分から出てる声を止めることができなくて、恥ずかしくなったボクは両手で口を塞ぐ。


 ルーカス君の手が、舌が、唇が……ボクの身体をなぞるたび、ボクは経験したことのない快感の中で溺れる。



「んっ、んんんっ……はぁあっ、ぁんっ、ぁあんっ、」



 苦しくなって手を外せば、聞いた事のない自分の声に羞恥心が煽られて、でも、止めれなくて、頭がヘンになっちゃいそうになる。


 いつも吸い込まれそうな漆黒の瞳は少し“赤”が反射してて、余裕綽々の表情は少し苦しそう。



 ゾクゾクッ……



 ルーカス君のこんな顔見たことがない。


 なんだか、現実感がない。頭が回らない。

 


「んっ、んんっぁっあ! ぁあんっ、ルーカスくぅうっんっ! はぁあ、あっ、ぅゔうっん! ヘ、ヘンになっちゃぁあっ、んっ!」



 必死に口を押さえ直しても、溢れる声が止まらない。



 身体の奥がむず痒い。

 ジンジンと熱を持って、落ち着かない。

 なんだかわからないけど、溢れて来て濡れてる。

 



「はぁ、はぁ……リリア……」

「はぁ、はぁ、はぁ……ルーカス君……」



 呼吸の荒いルーカス君がボクを見下ろす。

 言葉を返すけど目の前は滲んでて頭がふわふわしてる。


 見た目よりずっとガッチリしてる身体には、大小、さまざまな傷跡が残ってる。


 もう完治してる……。

 傷跡を消せるのかな……?



 ちゅっ……



 ボクはルーカス君の傷跡に唇を押し当てながら、《回復(ヒール)》をかける。その傷跡の一つ一つを丁寧に、優しく唇を押し当てていく。


 鎖骨、胸元、肩口、腕、脇腹、鳩尾……おへその辺りから太ももまで……。



 ……知識としては知っている。


 上手くできるはずはないんだろうけど……、



 パクッ……クチュッ……クチュッ……



 少しでもルーカス君を気持ちよくしたい。



「リリア……っ」



 ドサッ……



 しばらくすると、優しく押し倒されたボクはルーカス君の身体の古傷を見上げる。



「……はぁ、はぁ……消せない……。ルーカス君の努力の証は消えない……」



 ボクの《回復(ヒール)》じゃ傷跡を消せない。


 でも、これまでのルーカス君の努力が消えないみたいで嬉しかった。この一つ一つの傷が今のルーカス君を作ってくれたと思うと愛おしく思った。



 ギュッ……



 ルーカス君を自分の胸に抱きしめた。

 肌と肌が触れ合い、溶け合い、一つになればいいと思う。


 ルーカス君の一部になりたいってそう思った。



 頭がふわふわしてる。

 もうなにも考えられない。


 ただただルーカス君が欲しいってそう思った。




  ※※※※※




「リリア……もう我慢できない……」



 俺を抱きしめていたリリアの手を取り、リリアを押し倒して見下ろす。美しすぎる裸体にトロンとした瞳。濡れた唇に恍惚とした表情……。



 もう無理だ。

 我慢できるはずがない。


 いつも中性的で美しいリリア。

 すぐに顔を赤くして可愛らしく照れるリリア。


 キスをしていた時の必死に俺に応えようと苦しそうな表情も充分ヤバかった。俺は、リリアのいろんな表情を見て来たつもりだったが、これが本当のリリアの“女の顔”。



「“リリア・ワーズリッド”は……、もう全部ルーカス君のモノだよ?」



 あまりの妖艶さにゴクリと息を呑む。

 少しだけ挑発的なリリアの瞳に煽られる。



「ハハッ……。もう優しくはできそうにない……」


「ィッ、んっんっ!!」



 俺はリリアと1つになると同時に唇で口を塞いだ。


 苦しそうに顔を歪ませたリリアには悪いが、優しく労わるようにする余裕は俺にはない。


 童貞クソ野郎からただのクソ野郎に……。



「んっ、ぁっあっん! ルーカス……くんっんっ!」



 何度も何度も俺の名前を呼びながら乱れるリリアを前に、余裕なんて微塵もない俺。


 だが、頭の片隅では(リリアならただのクソ野郎を受け入れてくれる)なんて思った。






  〜〜〜〜〜




 夜通し……というより、時間の感覚が曖昧のダンジョンの中……、数時間に渡り何度も何度もお互いを求め合ったすえ、泥のように眠る1人の女性。

 

 頬には涙の跡。


 「一つになれて幸せだ」と痛みに耐え、少しばかりの快楽にすがった女は、何度も何度も求められることで、その幸福と快楽の味を知った。



「……ヤバいな」



 ポツリと呟いた男の頭には、夢のような光景が瞳に焼きついており、少しばかりの罪悪感は露のように消え、また悶々としていた。



「……ルーカスくん……」



 寝ぼけ眼で小さく呟き、モゾモゾと抱きしめてくる女体が、わずかな理性を取り払う。




「んっ……ぁっ、んっ……」



 

 胸に手を伸ばし、目覚めのキスを落とした男の行動に、女はいやらしく喘ぐ声が、“第8ラウンド”の開幕を告げたのが……、新たな扉を開いたのはこの男女だけではなかった。




「ぅっ、はぁ、はぁ……。ど、どうしよう……。どうしよう……!? みんな、来ちゃうのに……!!」




 洞窟を塞ぐ氷の前で縄をグルグルに巻きつけられ、放置され続けているエルフが1人。



 ギシッ……



「んっ、ぁっ……」



 この階層に上がってきた“仲間たち”の気配に、縄から抜け出そうと動くたび、さらに食い込む縄に、なんとも言えない痛覚に襲われ、瞳孔をバッキバキにしている愚かな変態(エルフ)がいた。


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