第19話 めっ!!
◇◇◇【side:リリア】
――122階層「森林樹海」
目の前の光景に息を呑む。
まさに数秒の出来事。
噴き上がるバロンさんの血吹き。
目にも止まらぬスピードでルーカス君に斬りかかったはずのジェイドさんは人形のように地面に転がった。
――リリ。ルーカス様を守れるのはアナタだけです。
つい先程、巫女様に言われた言葉がボクを現実に引き戻してくれる。
「ヒ、《回復(ヒール)》!!」
ポワァアッ……
ボクなんかの初級魔法なんて何の意味もないのかもしれないけど、このままじゃルーカス君が人殺しになっちゃう。
(お願い!! 死なないで!! ルーカス君のために!)
シュゥウウウウッ……
付け焼き刃の修復にギュッと目を瞑り祈る。
なんでルーカス君がこんなことをしたのかはわからない。アドクリークのみなさんとなにがあったのかはわからない。
でも、これはダメだ。
めんどくさがり屋で優しいルーカス君がこんなことをするんだから、よっぽどな事があったんだろうけど、ボクはルーカス君に“人”を殺して欲しくない。
確かに対立関係にある。
このダンジョン攻略は戦争の一環……。
でも、人を殺さなくてもいい戦争なんだ。
どうしても命を奪わないといけない事なんてない。ルーカス君の強さなら簡単に無力化だってできるはず。
ちゃんと“対話”できるんだ。
意思の疎通が取れるんだ。
ルーカス君……。
こんなに“めんどくさい事”しなくていいんだよ……?
「カハッ!!」
バロンさんの声にギュッと瞑っていた目を開ける。
「うっ……くっ……」
頭を抑えながら起き上がるジェイドさんに深く安堵すると同時に驚愕する。
「……う、嘘……でしょ?」
バロンさんの右腕が“2つ”ある。
ジェイドさんの指も生え揃っているけど、8本の指は転がったまま……?
って、違う、違う!!
「ル、ルーカス君!! ちゃんと説明して!!」
ボクが叫ぶとルーカス君は少しだけ口を尖らせた。きっといつもルーカス君を見てるボクにしかわからないくらいの変化だけど……、
(えっ……? す、拗ねてる……?)
なんだか、とても可愛く見えちゃうのがズルい。
ダ、ダダ、ダメ、ダメ!
ここでキュンッてしちゃダメ!!
うぅう! 顔、熱くならないでぇ!!
「そ……、それなりの理由があったんだよね? ボク、ルーカス君がなんの理由もなく、こんなことするなんて信じられないよ?」
「……」
「……ルーカス君?」
「……だって、リリアを捕虜に……。そ、それは奴隷にって意味だろ……? 死にかけて当然。むしろ、死んでても文句は言えないだろ……」
ルーカス君は短剣についた血をシュッと払ってから鞘に収めると、ポリポリと頭を掻いてボクから視線を外す。
トゥンク……
……ボクのため……。うっううう!!
ズ、ズルい。ズルい! ズルいよ!!
こんなの嬉しくないわけないじゃん!!
い、いや、でも……。
ぁああ!! ダメだ!
顔、あつッ……。
いやいや!! で、でも……!!
「ちょ、“ちょこれーと”も渡さないって言うし、リリアのこと、“リリアちゃん”なんて馴れ馴れしく……」
バクンッ……!!
……うぅううっ!!
……し、嫉妬……してくれてたり……?
独占欲とか……そういうの……かな……?
くっ……うぅっ……!!
ううぅう、う、嬉しい……けどっ!!
嬉しいけど!! ダメだよ! 嬉しいけどッ!
「……そ、そんなことでこんなことしちゃ、めっ……!!」
「……“そんなこと”? ……ッ!!」
ルーカス君は少しムッとしてボクに視線を戻すけど、少し驚いたように一瞬固まり、いつものように「ふっ」と小さく笑う。
でも、ボクはそれどころじゃなくて、今伝えなきゃいけないことがあるって、わかってて……。
「人の命を奪っちゃだめだよ!!」
「……だって、」
「ボ、ボクが好きなのは、ルーカス君だけ……だからっ! きっと、これから先、ルーカス君以外にこんな気持ちは持てないし、持ちたくないから……」
「……」
「大丈夫……だよ? ルーカス君がもうボクを嫌いだって言っても、もう無理だよ……?」
「ふっ……、俺がリリアを嫌いに? 裏切られない限り、それはなさそうだが……」
「う、裏切らないよ!! ボクは、」
「あぁ。その顔の赤さは信じてみてもいい」
「……ッ!!」
「ハハッ、その綺麗な瞳をウルウルさせるのズルいな?」
「……ッ!! ズルいのは、ルーカスく……、じゃなくて!! 兎に角!! ダメだから!! は、話し合えるんだから……!! だから、簡単に人の命を奪ったりしちゃ……だ、めっ!!」
勢い任せに言い切って、激しい心拍数と顔の熱を落ち着かせるように深く息を吐く。
「リリアがそう言うなら……。だがまぁ、“めっ!”って叱られるのも悪くないな」
ううううっ!! ズルいのはルーカス君!
異論、反論は認めないよ!!
もぉっ!! ダメだ、ダメだ……!
ボ、ボク、どんどん底なし沼にハマってる!!
「いやぁあ……、こりゃあ、まいった!! マジで2人ともめちゃくちゃだな……!! 助けてくれてありがとな? リリ……いや、“ルーカスの彼女さん”?」
斬り落とされた腕を再生した腕で持ちながら、ボクたちを見上げるバロンさんの声に更に熱が込み上がる。
「“彼女”? バカか? リリアは予言の巫女に承認された俺の婚約者だぞ?」
「……えっ? え、えぇえええっ!!??」
ボクの絶叫は122階層全体に届いたと思った。
※※※※※【side:キューリエンヌ】
(……は、早く、立ち上がらないと!!)
全身に力が入らない。
腰が抜けて、なんだかふわふわしていて、悪夢の中にいるような気分が続いているが……、
ピチャッ……
自分が失禁した事実が現実だと教えてくる。
「ええぇええっ!!??」
突然の叫び声に驚き、身体の硬直が溶ける。
ザザッ!!
即座に立ち上がり、剣を手に駆け出した私。
だけど……、
パシャんッ!!
頭上から“水”が降ってきた。
「おやめ……。“次”はないよ……」
「マーリン様……」
真っ青の顔をしているレイアの手を握りながら、緊張した様子の“大賢者様”に私は息を呑む。
「敵意を向けない。悪意を向けない。向けていいのは恐怖だけさね……」
「……で、ですが、」
「自分の心を偽らず受け入れるんだよ、キューリエンヌ。“死にたくない”という本能に従いなさい。大丈夫じゃ。……みな、生きとる……。生きとるんじゃ。命は無闇に捨てるモノじゃない……」
スッ……
差し出された手は微かに震えている。
数々の偉業を成し遂げ、幾度となく死地を超えて来たマーリン様の手が震えている。
「キューリエンヌ……。あたしらは弱いねぇ……」
力のない笑みに悲壮感が漂うのは、マーリン様が年を取っているからではない。仲間が倒れたその時、恐怖にすくみ身動き一つ取れなかった無力を嘆いているかのようだ。
「うっ……くっ……! 私はッ! 私はたとえ命を落とそうとも、」
「敗北は『死』なのか?」
「……」
「『死』だけが敗北なのかい……?」
「……」
「敗北を認めることこそが、未来への可能性ではないのかい?」
「……マーリン様」
「敗北は無力の証明? 実力が足りない言い訳? 死に急ぐのは、生きていることへの贖罪かい……?」
「いえ……」
「敗北こそが成長の肥(こ)やし……。敗北を知らない者に成長はないよ……」
「くっ……!!」
込み上がる悔しさが涙に変わる。
マーリン様の手を取った私は、自分の手がマーリン様以上に震えていることに気がつく。
まるで幼子のように手を引かれる私。
だけど……、
「キューリエンヌさん……。“みんな”が臭いって言ってるので、少し後ろを歩いてくれますか?」
“化け物”と仲間の元に歩き始めた私たちに、顔面蒼白のレイアは無表情で精霊の言葉を伝えてくる。
「うぅっ、ごめん! ごめんねぇ。お漏らししちゃって……ううっ……」
更に涙を加速させた私は、「カッカッカッ!!」という師匠の高笑いを聞きながら数歩後ろを歩いた。
強くなろう……。
もう2度と失禁しないくらい……。
ぐちゃぐちゃな頭の中、私は心に誓いを立てた。
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