第20話 ◆オークウェルの壊滅◆
◆◆◆
――124階層「千本岩」
「……本当に愚かね。人間(ヒューマン)という種族は……」
四つん這いになったドイルの背に座る『絶世の美女』は、「はぁ、はぁ、はぁ」と犬のように並んでいる3人……、ラスト、マーティス、ヒルデを見下ろしながらポツリと呟いた。
「はやく……早く、くれっ!! 早くっ!!」
「お願いじゃ! 頼む、ます! なんでもします!」
「も、もう限界です! ティエリア様ぁ!!」
焦点の合わない瞳。
垂れ流されるヨダレ。
何度も頭を地面に叩きつけて懇願した3人は、額から血を流しているが、それを拭うことすらしていない。
ドガッ!!
美女はラストの顔を蹴り上げ、苛立ったように髪を掻き上げる。
「黙りなさい……」
「黙る! 黙るから、“聖水”を!!」
「ワシも、黙ります! だから、早よぉ下さい!」
「はぁ、はぁ……!!」
蹴り飛ばされてなお、叫んだラスト。
狂気じみた笑みを浮かべるマーティス。
両手で口を塞ぎ、息を止めたヒルデ。
「いい子ね、ヒルデ。その調子でずっと黙ってるのよ?」
ティエリアの言葉にコクコクと頷いたヒルデ。ハッとしたようにラストとマーティスもヒルデの真似をする。
「《麻薬雫(ドラッグ・ドリップ)》……」
ポワァア……
ティエリアの指先に“雫”が生成される。
その美しい指先をヒルデの頭上に……。
「口を開けなさい……」
ティエリアの言葉にヒルデはパーッと瞳を輝かせ、恍惚とした表情で口を開ける。
ポタッ……
ヒルデの口内に雫が垂れると……、
「んんんっ!! ぁあっああっ!!」
ビクビクビクッ……!!
ヒルデはヨダレを垂らしながら激しく痙攣し、ラストたちは「ふぅぅううぅっ!!」と羨ましそうに我慢して指を噛んだ。
「まったく……」
ティエリアは頭を抱える。
誤算だらけの現状に頭を抱えずにはいられなかった。
※※※※※
「とりあえず、荷物を共有してもらう」
パーティー加入を懇願したばかりのティエリアにラストは言い放つ。
ラストは困惑するティエリアなどお構いなしに全ての荷物をぶちまけ、保存食を見つけると一目散に身体に取り込んだ。
ゴクリッ……
遅れてドイルが。マーティスが。ヒルデが。
空腹を満たすため、我先にと保存食に群がった。
「…………」
ティエリアは絶句した。
“最強パーティー”のていたらくにポカンと口を開けた。
一年弱を経て、なお先行し続け、その武力を世界に示し続けているはずの“オークウェルの現状”……。
(……なにこれ……)
パッと見……ましてや、“演技中”であったティエリアは、今まさに“オークウェル”を視認したのだ。
痩せこけた頬。
不衛生な身なり。
一心不乱に保存食を貪る姿。
困窮していたのは明らかで、手入れされていない武具についた魔物の血は乾いている。それは、ここ数日食料が必要にも関わらず、戦闘を行なっていない証拠なのだ。
(……“勝てないから”……でしょうか……。の、残りの“2人”は? オークウェルの死亡報告は0のはずですが……)
ティエリアは辺りを探るが、一切の気配がない。
ツゥー……
ティエリアのコメカミに汗が伝う。
「こ、このザコ共のために一度きりの“とっておき”を……?」
ティエリアは代理戦争とは“別の目的”のためにこの地に来た。
準備期間は“19年間”。
ティエリアにとっては“取るに足らない時間”であったが、計画を遂行しなければ未来がないことは重々承知している。
ザッ……
靴が視界に入り顔をあげる。
「ふぅ〜……。んじゃ、汚れてたままの“ティエリア王女”の身体……綺麗にしてやるよ。……ヒルデ、全魔力を使って水を用意しろ」
「……う、うん」
下心を隠そうともしないラストと、顔を引き攣らせるヒルデ。
「……やめろ。彼女は王女なんだぞ? 下手に手を出、」
「ド、ドイルの言う通りじゃ!! そもそも信用できる者なのか? 本当に受け入れるつもりなのか? こ、この小娘のスキルは危険じゃ!」
庇うことで自分を良く見せようとするドイルに、必死の形相で“立場”を守ろうとするマーティス。
(……やはり……この人間(ヒューマン)共はクズばかりだ……。いや、この者たちはとびっきりの……)
ティエリアの背筋に虫唾が走る。
「や、薬草から各回復薬(ポーション)をつくり、“雫”を垂らすだけではない! 毒草であれば猛毒を作り出すのじゃ! 腕力や走力などの増強剤に依存性があると聞く!! 出回っている情報だけでこれほど危険なんじゃ! 何を隠しているかわかったものじゃないんじゃぞ!!」
唾を飛ばしながら自分の存在価値を示そうとするマーティスの言葉は“2人”に届かない。
確かにティエリアの【女神の雫】は薬学がベースとなっており、“実在する薬”を魔力が尽きるまで生み出す能力。効能を実際に見ている物という限定された力。
だが、ラストとドイルには博識である最年長の魔導師の言葉はすでに眼中にない。
「ククッ……、このダンジョンで“身分差”は関係ねぇんだろ? ドイルゥ?」
「……彼女に手出しはさせん」
「ぷっ、クハハハッ!! なんだぁ? 惚れちまったのか? 確かにいい女だもんなぁ!」
「……ち、違う!!」
「そう照れるなよ。まあ、いいじゃねぇか。“なんでもする”んだってよ……」
「ゲ、ゲスがッ!」
「ふっ……、なんなら一緒にするか? なぁ、ドイル」
ラストの笑みにドイルは息を呑む。
半裸のティエリアを前にその欲がないわけではなかった。
「え、ええ加減にせぬか! この者はダメじゃと、」
スクッ……
マーティスの言葉を遮るように立ち上がったティエリアは身体を隠しながらポツリと呟く。
「お背中……お流しします……」
ニヤリと笑ったラスト。息を呑むドイル。
ギリッと歯軋りをしたマーティスに……、
「ゥ、ウチも、手伝う……から……」
“2人”のように捨てられないように画策するヒルデ。
(《麻薬雫(ドラッグ・ドリップ)》……)
ティエリアの指先に雫が創造され……、
ポタッ……
“オークウェル”の壊滅の音が静かに鳴ったのだった。
※※※※※
「はぁ〜……」
薬漬けにした4人を調教し、すっかりパーティーを掌握したティエリアは深くため息を吐き拠点を出た。
「“ルーカス・ボナトゥルーガ”……“リリア・ワーズリッド”……。危険ね……」
従順な駒にし、その戦闘を検証したティエリアは、オークウェルが“先頭を走れていた理由”に頭を悩ませ、使い物にならない“無能共”に辟易とする。
ここ数日。当初の計画が失敗したことを察し、自分1人では限界であることを認めることしかできないでいる。
「……少し早いけど仕方がないわ。これ以上はもう……時間が足りなくなる……」
スッ……
ポツリと呟き小指にはめている指輪を外す。
赤子に姿を変え、緻密な魔力コントロールで“人間の成長”を演出していた古代魔道具(アーティスト)を外したのだ。
ポワァア……
アクアブルーの髪が艶やかなゴールドに変化し、紺碧の瞳は翡翠の瞳に変わっていく。絶世の美貌はそのままに少し長く尖った耳が現れ、ズズズと魔力は“本来の量”に膨れ上がる。
19年ぶりの本来の姿……。
滅亡が《予知》された小国に送り込まれた“王女”。窮地を救い、完全に小国での地位と信頼を得た“王女”。
エルフ族の滅亡を覆すため立ち上がった“姫君”。
精霊神に認められ、人間(ヒューマン)にしか与えられない恩恵(スキル)を授かったエルフ族の“救世主(メシア)”。
ティエリア・フォン・エンリメネス。
改め、“ティエリア・ガレド・シューミラント・ルールミル”……。
ここで思い出して欲しい……。
長命であるエルフの『限定された力』なのだ。
薬学を極めるのに時間はある。
薬剤師として可能性を追求すれば、際限がない。
“秘薬”は……切り札は無数にある。
蓄積された時間がティエリアにはあるのだ。
1019歳。
“ハイエルフ”のティエリアは、人間(ヒューマン)としては19歳前後。それに圧倒的な美貌も後押し、ティエリアは人の範疇を優々と超えているのだ。
「はぁ〜……」
また一つため息を吐いた“エルフの姫”は、世界樹の葉で作られた「魔法袋」から、様々な魔法陣が刻まれているクリスタルをとりだし、自らの魔力を込める。
「《同族召喚》……」
パッーー!!
眩い光が124階層全体を照らし、ゆっくりと鳴りを潜めていく。
「……ご無事でしたか、ティエリア様」
「待ちくたびれたよ、“姫様”」
「あはーっ、ここが迷宮(ダンジョン)かぁ!」
姿を現したのは三英傑。
巨大な弓を背にした少女、弓聖のミリス。背丈よりも大きな杖を持つ少年、精霊王の化身であるフェルマリエン。そして、エルフの宝剣に選ばれし最高戦力、ユアンリーゼ。
「……さぁ、計画を遂行しましょう」
ティエリアの声に各々は頬を緩ませた。
124階層「千本岩」。
代理戦争開戦から、ちょうど1年……。
『エルフ族』の最高戦力がダンジョンに降り立った。
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