第35話 地上はまだまだ遠そうだ
◇◇◇◇◇
ユサッ……
身体を優しく揺さぶられて目を覚ます。
少し顔の赤い天使に「ふっ……」と笑い、聴覚を通常状態に戻すと……、
ドンドンッ!!
「おぉーーい!! いつまで篭ってる気だ!? 悪いけど、出て来てくれるまでずっといるぞ!!」
大バカヤロウの大きな声が飛び込んでくる。
「……バロンさんがずっとこの調子で……」
リリアは困ったように笑いながら顔を引き攣らせる。いつも通りのリリアだ。見慣れた中性的な美人さん。
だが、どこか色気を感じるのは、乱れてる姿を散々脳に刻み込んだからだろう。
「ふっ……、身体は大丈夫か?」
俺がリリアに問いかけると、カァーッと頬を染めてコクコクと頷くのだから、可愛すぎて死ねる。
「……ま、まだ少し痛いけど、大丈夫だから。……ユ、“ユアちゃん”もいるから、は、恥ずかしいよ」
小さな声でポツポツと呟くリリアに、ド変態の存在を思い出しチラリと様子を伺うと……、
「うぅっ……!!」
唇をグッと噛み締めて長い耳まで真っ赤にしているユアンがリリアの服を着て小さく丸くなっている。
綺麗さっぱり忘れてくれればよかったのだが、正気に戻っても記憶は残っているようだ。
……ん? “ユアちゃん”……?
……まあいいか。
ドンドンッ……!!
「ユアンリーゼ? 返事をなさい! 早くこの氷を解くのです!!」
まだ会ったことのないエルフが氷の外から声をかけてくるが、ユアンは「うぅっ……」とまた顔を赤くして、折りたたんでいる膝に顔を埋めた。
正直、合わせる顔がないといった感じなのか、また違った理由があるのかは知らないが、氷をそのままにしているのは評価してやろう。
グイッ……
リリアは俺の頬を両手で掴みぷっくりと頬を膨らませる。
「ルーカス君? ボクが寝ている間にユアちゃんとなにしてたの?」
……これは、嫉妬だ。もう学んだ。
ふっ……。
リリアは嫉妬している時ですら天使だな。
「……別に?」
「むぅう……! ユアちゃんはなにを聞いても答えてくれないんだよ? 別人になったみたいに静かになってるし、ずっと顔も赤いし、ルーカス君とナニカあったとしか思えないんだけど……?」
「……リリアは怒ってても可愛いな」
「ご、ごご、誤魔化そうとした!! ボ、ボボ、ボクに言えないような事してたんだ!! そうなんでしょ!?」
リリアは顔を染めてキョロキョロと視線を泳がせる。
俺はその可愛さに頬を緩めるが、あの事をリリアに伝えるわけには……ん? 別にいいのか?
確かにリリアに嫌われないために、“変なスイッチ”の事は隠すべきだろうけど、それ以外は……。
「……ユアンは自分で勝手に縄を締め上げて興奮するような変態だった、」
「ごしゅ……、ル、“ルー君”!!」
ユアンはガバッと顔を上げるが、リリアと目が合いみるみる顔を赤くさせる。
「ち、違うんだよ、“リリちゃん”! ユアンは別に興奮してたわけじゃなくてね? あはっー! ル、ルー君は面白いこと言うよね!?」
「……そ、そうなんだ」
「や、やめて? リリちゃん。そんな顔しないで?」
「う、うん。べ、別に人それぞれだと思うし……うん」
「うぅうっ!! ち、違うんだよ? ずっと放置されてたから、縄を解こうとして、なんか逆に締まっちゃって、」
「で、気持ちよさそうに悶えてたんだ。その性癖を俺に見られて、恥ずかしくなっただけだろ」
俺がユアンの言葉を代弁すると……、
「ち、ちがっ!!」
ユアンはやっと俺を見た。
ユアンは強者だ。
いま、俺が飛ばしている殺気に気がつかないはずがない。
「……な、内緒にしてね! リリちゃん!!」
ウルッと瞳に涙を溜めて、すぐさまリリアに声をかけるユアンに「ふっ……」と小さく笑みをこぼす。
“ごしゅ”なんてリスキーな呼び方をしようとしたちょっとした仕返しだ。なぜ、“ルー君”なんて馴れ馴れしい呼び方をしてるのかはどうでもいい。
俺は“ご主人様”はやめろと言ったんだ。
リリアに俺のあんな一面を知られるわけにはいかないんだ。そ、そもそも、あの時は俺も血迷ってたんだ。アレはなにかの気のせいだ。
「ね、ねぇ、リリちゃん! ユアンたち、友達になったよね? ユアンの同行を一緒にルー君にお願いしてくれるよね!?」
「……ぅ、うん。“ルーカス君に迫るのは、ボクよりルーカス君を好きになれたら”って、約束してね?」
「う、うん! それは大丈夫! ユアン、“お嫁さん”よりなりたいもの見つけたから!」
「……ん? そうなの? じゃあ……ん?」
「……エ、エルフ族は『神樹を取り戻す』って悲願があるんだ! ルー君はユアンより強いし、力を貸してくれないかなって思ってさ! その悲願を叶えるためなら、結婚でもなんでもするって意味だったんだよ! お嫁さんになれば、力を貸してくれるかなって!!」
「……そ、そうなんだ! ルーカス君は優しいから、それならそうと言ってくれれば……。ぁっ、でも、ボクたちもこのダンジョンの資源を……」
「その辺はさ! エルフ族が用意するよ! 管理はエルフ族がさせてもらうけど、ユアンたちは人間(ヒューマン)の知らない事をいっぱい知ってるし、“神樹が元の姿”に戻れば、色々と資源も用意できるはずだからさ!」
「…………」
「手伝いをしてくれた人間(ヒューマン)たちには、それ相応の対価を用意するってユアンが約束する!」
ユアンの言葉の数々にリリアはパーッと瞳を輝かせ、俺は徐々に顔を引き攣らせていく。
「ルーカス君! どう思う!?」
はちゃめちゃに可愛い笑顔で俺に問いかけるリリアは俺の表情に違和感を持ったのか、「……ど、どうかな?」と、不安そうに小首を傾げる。
「……ま、まあ、まずは獣国の連中を助けないとな」
俺は「めんどくさい」と言うのを我慢して言葉を絞り出すと、リリアはホッとしたように「ふふっ!」と笑顔を浮かべる。
「うん、そうだね! 確かにボクたちが決める事じゃないかも……。巫女様にも確認してみないとダメだよね!」
「あはっー! ユアンも2人のためにできることなんでもするからさ! 前向きに考えてみてくれると嬉しいな!」
マ、マジでエルフ族が邪魔だ。
お、俺は地上に帰りたいんだ!!
あの娯楽にまみれた地上に帰り、リリアと世界中を……。
ギュッ……
「よかった……。ボク……、ユアちゃんにルーカス君を取られるんじゃないかって本当はすごく不安だったんだ」
リリアは俺の服の裾をつまみ、ポツリと呟く。
やばい……。めちゃ可愛い……。
まあ、嫁が言うなら……いや、やっぱダンジョン攻略は死ぬほどめんどくさい……。あの“魔人級”がゴロゴロ……。
うん。……やっぱめんどくさいっ!
「ルーカス君……?」
「ん? 俺があの変態と? ふっ、冗談だろ。俺にはリリアがいるしな……」
俺が頭を撫でればリリアは嬉しそうに頬を染める。
「あ、あの、ルー君! そういうわけだから、氷を解いてもいいかな? ティアは次期里長だし、ユアンが説得するからさ!」
「エルフ族との交渉がうまくいけば、バロンさんたちと共闘するのも悪くないよね? 他のエルフさんたちもきっとすごく強いんだろうし、頼もしいね? ルーカス君!」
「はぁ〜……またうるさくなるのか……」
憂鬱すぎるが、リリアを無碍(むげ)にするのは俺には無理そうだ。
やはり、1番の敵はあのクソ女(キキョウ)。
なんとしてでもアイツに「ダンジョン攻略はもういいから、地上に戻って来なさい」と言わせる必要がありそうだ。
エルフ族の悲願?
全員仲良くダンジョン攻略?
んなめんどくさいことするか、バカ。
「じゃあ、解くね!! 人数が増えるだろうし、リリちゃんは荷物を整理しててね?」
「うん、わかった!!」
あまりのめんどくささにふて寝したい俺を他所に、ユアンはリリアを奥に行かせた。「ん?」と首を傾げる俺にユアンが近づいてくると……、
「ユアン……。“お嫁さん”じゃなくて、“下僕”になりたいです。“ご主人様”……」
明らかにメスの顔をしているユアンにゴクリと息を呑む。
や、やはり、コイツはド変態だ。
……ったく……、め、めんどくさっ……。
不覚にも、全裸のユアンを縛り上げているところを想像してしまった俺は、不本意ながらゾクゾクッとしてしまう。
一つの“娯楽”として悪くないと思ってしまったが、それはなんとしてもリリアに隠し通そうと決意する。
パーッ!!
眩い光を放ちながら氷が溶けていく。
徐々に姿を現した帝国の連中とエルフたちの姿に、俺は「はぁ〜……」と深く息を吐いた。
どうやら、めんどくさいことに地上はまだまだ遠そうだ。
※※※※※【あとがき】※※※※※
これにて一章の完結となります。
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今作でなかなか心折れましたが、これからも執筆活動がんばれたら頑張ります。ユーザーフォローもしていただければ泣いて喜びますので何卒よろしくです!
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【皆無】はバカで【雑魚】は笑えない〜最強の賞金稼ぎと天才暗殺者は、別大陸に駆け落ちして、初めて冒険者を知り、『新婚無双』を繰り広げるそうです〜
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今日も俺は凪いでいる〜【予言】によって集められた王国選抜PTに選出されたスキル【凪】のめんどくさがり屋な俺、やっと追放されたが雑用係のボクっ子がついて来た〜 夕 @raysilve
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