wolf in sheep's clothing⑧


 花壇のへりを歩く梓が、ベンチに座る廻の隣に腰掛ける。今回は踏み潰される寸前で横にずれずとも、空いたスペースがきちんと視界に入っているようだ。

 「喧嘩が強いって、嘘じゃなかったのね」

 「まあね。どういうわけか、僕って不良に狙われやすいみたいでさ。そのおかげで大分だいぶ鍛えられたよ。どう、見直した?」

 「無茶し過ぎ。そのうち死ぬわよ」

 「無茶なら四宮だって得意だろ?」

 「私のは良い無茶。あんたのは悪い無茶」

 「何だよ、それ」

 「あんたって、目を離した隙にコロッと死んじゃいそうな雰囲気してんだもん。せっかくすくったのに、翌日にはお腹を上にして水に浮かんでる、アレと一緒ね」

 「僕はお祭りの金魚かよ。まあ、はかないのは嫌いじゃないけどさ」

 廃墟ホテルでの一件。あの後、さらに数台のパトカーが到着し、その場にいた全員が警察署へ連れていかれることになった。

 不良同士の喧嘩。建物への不法侵入。

 前者はともかく、後者については明らかな犯罪行為であり、かなり苦しい立場に置かれることも覚悟したのだが、実際は厳重注意を受けるのみで、廻自身はお咎めなし。学校側からも特にこれといった処分は下されなかった。

 「今回の選挙、学校史上最悪の生徒会長選挙って呼ばれてるらしいわよ」

 『学校史上最悪の生徒会長選挙』。その名に恥じぬ、二名の退学者。その内の一人を推薦人としていた田中半平太は、周囲の説得にも耳を貸さず、立候補を取り下げた。

 「あんた、廊下で彼と話してたでしょ。嫌みの一つも言われた?」

 「逆だよ、逆。生徒会長就任を祝われたうえに、詐欺事件のことで、これでもかって言うほど褒められた」

 「うへぇ」 

 ちなみに当て馬候補として無理やり立候補させられたと噂の生徒は、深夜の街で下半身を露出した容疑でお縄を頂戴し、投票日を待たずに学校を去っていった。「日常生活に窮屈を感じていた。溜まったものを解放したかった」と言ったとか、言わなかったとか。

 その結果、立候補者が廻だけになってしまい、事態を重く見た学校側は期間をずらし、選挙のやり直しを決めた。だが、そんないわく付きの選挙に関わろうという物好きは校内に残っておらず、最終的には唯一の立候補者である不良が賛成多数をもって正式に生徒会長に就任するという形で、『学校史上最悪の生徒会長選挙』は幕を下ろした。

 「結果オーライね。何と言われようと、あんたは生徒会長になった。この場所も守られた。他に何を望むって言うの?」

 そう言うと、梓は周りの草木から浴びせられる拍手喝采に応えるかのように、両腕を広げた。

 夏休み明け、突然言い渡された中庭利用の禁止。桂教頭発案で、中庭や花壇を取り壊し、駐輪場を移設するという計画だった。

 生徒会長に立候補すると決めていた廻からすればそれは渡りに船で、何のモチベーションもないよりはマシかと計画の白紙撤回を公約に掲げたのだが、そのせいで桂教頭に目をつけられたのは誤算だった。

 「結果オーライ、かなあ?」

 意図せず生徒会長就任の決め手となったホテル竜宮の件については、未だに真相がはっきりとしない事柄が多かったりする。

 町外れの廃墟を偶然通りかかったという匿名とくめいの通報者。廻に対してだけ不自然に甘い警察の処分。田中半平太の元推薦人に命令を出していたのは誰なのか。仮に桂教頭なのだとしたら、どうやって不良たちを手懐けたのか。梓がかたくなに隠す、音信不通の間に彼女を呼び出していた人物とは。

 「何? 私の顔に何か付いてる?」

 「……ま、どーでもいいか」

 目の前の顔と中庭の景色を交互に眺めていたら、全てがどうでもよくなってきた。周囲には思い思いに午後のひと時を楽しむ生徒たち。木々の葉は色づき始めている。やがて散ってしまう時が来るのだろう。

 「ごめん、四宮。そろそろ行くよ」

 「え、もう少し居なさいよ。私、来たばかりなのに」

 「そうしたいんだけどね」四宮や順平と一緒にいると、ついつい時間を忘れてしまう。きっと僕らが卒業するまでの一年なんてあっという間だろう。それこそ三日だけと思っていたら、三百年の時が過ぎてしまっているくらいに。「生徒会の会議があるんだ」

 「あっそ。なら頑張んなさい」

 「押忍」

 「あ、ちょい待ち。外国人男性を連れた女子生徒の謎、解けたわよ」

 「まじで?」

 「鈴木沙奈は竜宮城の、あ、この場合は寿司屋の竜宮城ね。そこの一人娘なの」

 「え、そうなの?」

 「あんた、前にその寿司屋は味が落ちて客足が遠のいてるって言ってたわよね?」

 「うん」

 「そんなお店の窮状きゅうじょうを放って置けなかった一人娘は、放課後に客引きをしてたってわけ。ターゲットを外国人に絞ってね」

 「……ああ、なるほど。ってことは、僕が見た時に男性ばかり連れていたのは、ただの偶然ってこと?」

 「そうなるわね」

 「なあんだ。そうだったのか」

 「というわけで、放課後に海外ドラマの続きを観に行くから、お菓子の用意をよろしく」

 「どういうわけで?」

 「いいでしょ。代わりに謎を解いてあげたんだから」

 「別にいいけどさ。順平は来るの?」

 「あいつは部活が終わってから来るって。だから先に見ておきましょう」

 「途中からになっちゃうし、そこは待っててあげようよ」

 ………

 ……

 …


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