1/30 Garden②


 松田慶太は人を待っていた。街の一等地に建つ高級ホテルのラウンジ。きらびやかな照明と品のあるインテリアに囲まれたこの場所で、まさか犯罪グループの面接が行われようとしているだなんて誰も想像しないだろう。

 発砲事件以来、裏世界の住人に仲間入りした慶太は、警察の捜査網を掻い潜りながら様々な悪事に手を染めた。売春の斡旋あっせん、薬の密売、裏カジノの用心棒。果ては脅迫、恐喝、強盗まで。その手の知識もコネもない慶太にとっては毎日が地獄のようであり、気の休まる時間なんて一秒たりともなかった。

 そんな中、とある二世議員の裏仕事を引き受けた際に知り合った情報屋の男から、求人募集中の犯罪グループを紹介された。

 実際問題、裏には裏の繋がりやルールというものが存在し、個人での活動に限界を感じていたところだが、何を隠そう自分は全国に指名手配書が出回るお尋ね者だ。そう言って二の足を踏む慶太に対し、「なら、なおさら気が合いそうだ」と、情報屋は一層自信満々に薦めてくるので、こうしてのこのこ面接にやって来たというわけだ。

 慶太は本日四杯目となるコーヒーに手を伸ばす。昨夜の仕事が予想外に長引いたため、今朝は根城に戻る暇さえなかった。故に、こうして絶えずカフェインを摂取していなければ、ただちに夢の世界へ旅立ちかねないのである。

 「お前が新しい戌亥か?」

 フカフカな椅子の誘惑に敗れ、意識を手放しかけていたところで、背後から声をかけられた。慌てて腕時計に目をやれば、秒単位で指定された時間にピッタリ。その驚きが表情から丸分かりだったらしく、「時間厳守が犯罪者の基本だからな」と言い、男は慶太の正面に腰を下ろした。

 「そう言うあんたは寅卯?」

 「ああ、そうだ。一応、組織のリーダーを務めている。専門は誘拐と尋問」

 「へぇ、寅卯が人を捕えるのか」

 まだ少しだけ寝ぼけていたせいか、頭に浮かんだことをそのまま言葉にしていた。すると、それを聞いた寅卯が項垂うなだれる。何やらばつが悪そうな顔をしているので、慶太は急いで謝罪した。

 「すまない、気に触ったなら謝る」

 「いや、違うんだ。過去に誘拐した女に、同じような事を言われてな。今思い出しても、あの仕事は本当に散々だった」無表情ながら、口元だけ僅かに緩める寅卯。「今日は愚痴を聞かせるために呼び出したんじゃなかったな。話を元に戻そう。で、お前は組織にどう貢献できるんだ?」

 慶太は、その質問にすぐに答える事ができず、しばらく考えてから口を開く。

 「腕っぷしには自信がある。けど指示されれば何でもやるつもりだ。詐欺でも、誘拐でも、殺しでも。俺はもう表の世界に未練はないからな」言い終わった後で口の中が異様に乾燥し、気持ちが悪い。カップの中身を一気に飲み干した。

 「そうか、分かった。とりあえず場所を移そう。車と運転手を待たせてあるから、腕試しも兼ねて、これから一仕事だ」

 「は? 今から仕事? このまま?」

 「ああ。善は急げって言うだろ」

 「それは犯罪者が使っていい言葉なのか?」

 不満げな慶太に、寅卯が机の上のカップを覗きこみながら言う。「ちなみに、このホテルはコーヒー飲み放題じゃないぞ」

 「え、冗談だろ」

 「元空き巣に元警官、さらには元高校教師か。おかしな一団になったものだ」


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