漁夫の利⑨
◆現在
「で、自宅まで押しかけて、何か分かったんですか?」
「何かというか、全て分かったというか」
「全て、ですか?」
「犯人は師匠だったんだ」
順平の発言に、全くピンときていない様子の慶太。それを見た梓が、渋い顔で言葉を付け足した。「同僚の体育教師と付き合ってたのよ、香川先生。悪いのは全部この女」
「悋気は女の七つ道具」順平は、かつての梓みたいに諳んじてみせる。
「要するに、自分の男が女子中学生にモテモテで嫉妬したのね。それで例のブツを使って、香川先生が嫌われるように仕向けた」
あの日、車から泡を食って降りてきた香川隼人は、助手席に体育教師を残したまま、我々を近所の喫茶店へと連行した。
四宮梓の異常性については、ある程度聞き及んでいたのかもしれないが、まさか学区から何駅分も離れた自宅まで直接押しかけてくるとは思うまい。
席に着くやいなや、何故ここにいるのかを問い詰める香川隼人。自宅の住所を教えたのは記憶に新しく、偶然で誤魔化されるはずもない。そこで梓は、率直に例の件について訊ねた。
正直な話をすると、順平も梓も直前の出来事で疲弊しており、何が何でも真実を聞き出そうなどという元気は残っていなかった。だが、香川隼人は当時の荒れた一組の状況を
最初こそ、こちらの質問にポツリポツリと答えるだけだった香川隼人は、自分の中でも何か思う所があったのか、途中から、あれよあれよと聞いてもいないことまで話し始めた。
「例のブツをカゴの下に置いたのは、交際相手の体育教師。わざわざ深夜に車の荷解きをして、例のブツを隠してから、もう一度積み直したそうよ」
「荷物運びをクラスの女子生徒に頼むと見越してたんだ。香川隼人は、それにまんまと引っかかった」
「ちなみに香川先生ご自慢のスポーツカー、本当の所有者は体育教師だったの。二人で住んでるマンションもそうね。そういう事情もあってか、プライベートでは先に寝ることさえ許されない、絶対服従の関係だったって」
「号泣しながら打ち明けられた時は、子供ながらに心にくるものがあったよな」
「男を完璧に尻に敷いた、天啓的な姉さん女房。おっと、あの頃はまだ結婚していないはずだから女房ではないわね」
「ああ、それで」慶太は眠そうな目を擦ったその手で、ぽんと音を鳴らす。「ボロ座布団って」
「あの体育教師、『これからは女性の時代。男なんて星の数ほどいるんだから、駄目だと思ったらすぐに捨てるべき』なんて威勢の良いこと言ってたくせに。まさか自分は女子中学生に嫉妬するなんて」
苛立つ梓を尻目に、順平は皿の端に残っていたポテトの欠片を口に運ぶ。
「エロ本に嫉妬するよりかは、理解できるけどな」
種明かしが済んだところで、慶太は「顔を洗って来ます」と言い残し、席を立った。順平と梓は、ガランとした店内に二人きりで取り残される。
「サラリーマンしてんだって?」梓が胡散臭そうなものを見る目で訊ねる。「意外と言うか、やっぱりと言うか」
「なんだよ。お前こそ、いい情報網してるじゃないか」
「情報網? いいえ、回覧板よ」
「俺の個人情報が、回覧板でご近所に回されてるのか」
順平は大袈裟に驚いてみせる。どこで聞いたかについては結局はぐらかされてしまったが、まあ、大体の想像はついた。
それにしても慶太が席に戻って来ない。首を伸ばし、喫煙席の方を覗いてみるが、特に変化はない。もしかすると洗面台に寄りかかったまま、あるいはトイレの便座に座ったまま寝落ちしてしまったのではないか。救出に向かうべきか悩んでいると、梓が口を開いた。
「彼女とは上手くいってんの」
ある程度は覚悟していたものの、実際に質問されてみると、動揺ですぐには言葉が出ない。順平は必要ないと分かっていても、誤魔化そうとしてしまう。「それも回覧板に載ってたのか?」誤魔化せない事は分かっている。「……まあまあだ」
梓はそれに何のリアクションも見せなかった。今度は順平が訊ねる。
「そっちこそ、母親とは上手くやれてんのか」
「まあね」
どうだろうなとは思ったが、追及はしない。大人というのは、ズルい。
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