落ち溜まり⑥
◆
食事で腹をパンパンにした順平が席を立ち、慶太と梓の二人がファミレスのボックス席に残された。四年ぶりの再会とあって、話したい事は山ほどあったはずなのに、どれもこれも喉元でつっかえたまま、上手く言葉にならない。仕方がないので、事前に用意したメモ書きに目を走らせ、深夜のファミレスに呼び出した目的とも言うべき報告を済ませることにした。
「せ、先輩、実は」
「悪いんだけど、無理よ」
「へ?」
「だから、今さら割り勘にしようなんて言われても、私は絶対に払わないから。そもそも財布だって家に置いてきたし。……何笑ってんのよ」
眉を吊り上げる梓を見て、先輩はあの頃と何にも変わらないなぁと、慶太の口元が
「先輩。僕、春から高校の教師になります」
「あら、そう。良かったわね。おめでとう」
予想より遥かに淡白な反応だったので、慶太は拍子抜けしてしまう。万が一にも反対なんてされたら、決心が揺らぐんじゃないかと心配だったが杞憂に終わり、祝福は素直に嬉しかった。
「はい。ありがとうございます」
「あんたが高校の教師とはね。他にも色んな職業がある中で、なんでまた教師なんて選んだの?」
「教師を選んだ一番の理由は、未だに僕がレッドライダーに憧れているからですかね。彼みたいな弱い者の味方になれたらなって」
「それだと別に教師を選ぶ理由にはならないんじゃない? むしろ警察官や弁護士の方が、弱い者の味方って感じがするけど」
「確かにそうかもしれませんね。けど、僕が生きてきた中で最も助けを必要としていたのが、先輩に出会う前の高校生活なんですよ。あの頃は周りに助けを求めたくても、どうする事も出来なくて。だから僕は、助けを求める生徒の元に、真っ先に駆け付けてあげられる存在になりたいんです」
幼稚に聞こえるかもしれないが、慶太にしては、うんと考え抜いた末の決断だった。けれど、それを聞いた梓はわずかに顔をしかめる。「弱い者の味方、ね。あんたが言う弱い者って、具体的にはどんな生徒を指すのかしら」
「具体的にですか? 例えば、いじめを受けている生徒とか」
「そうね。あんたなら、そうなるわよね」
「変ですか?」
「ううん。変じゃないわ。ただ、そういう志を持った人って、これまでにも沢山居たんだろうなって」
「はあ」慶太は、梓の浮かない顔の理由が分からず、困惑してしまう。
「それでも現にいじめは無くなっていない。つまり多くの人が挑戦して、現実的ではないと何時しか諦めていった」
今度こそ梓の言わんとする事が理解できた慶太は、その上で、だからこそと
「先輩は、僕の夢を応援してくれないんですか?」
「もちろん応援するわ。けど、あんたの事が心配でもあるの」
「……分からないですよ」
「私だって、いじめられてる生徒は何をおいても助けられるべきであって、いじめをする生徒のことなんか知ったこっちゃないって思うわ。でも、だからこそ、例え百人中百人が成敗すべきと断じても、教師であるあんただけは被害者の生徒と同じように、加害者の生徒のことも守らなきゃいけない。教師って、そういう理不尽な職業よ」
「それは」
「きっと思い通りにならない事の方が多いでしょう。一教師では手も足も出ない状況になった時、あんたの弱い者に対する思いがどう変化するのか。強い者に対する憎しみに変わりはしないか。私はそれが心配でたまらないの。あんたがまだ子供で生徒だったなら、加害者を殴るなり、脅すなりしていじめを辞めさせられるかもしれない。けど、あんたは大人で、教師になるの。あの頃とは立場が全く違うのよ。それだけは絶対に忘れないで」
そうやって叱ってくれた先輩は、その二年後に帰らぬ人となった。未だ治療法が発見されていない病気に
慶太は病気について、本人から何も聞かされていなかった。教師になることを報告したあの夜も、彼女は心の内にもっと大きな悩みを抱えていたのだと、後になってから知った。
彼女の死をすぐには受け入れられず、葬式に参列しても、お墓の前で手を合わせても実感は湧いてこなかった。あの四宮先輩が病気で死ぬだなんて、冗談にしても出来が悪い。まだ不慮の事故だとか、誰かを庇ったせいで犠牲になったとか、そういう死に方の方がしっくりくる気がした。
さらにその一年後、つい最近のことになるが、今度は同級生の矢崎進が亡くなった。数年前に薬物で逮捕され、その後は専門の施設で治療を続けていたらしい。高校生の時は脅されてなお、あれほど飄々としていた彼が自殺したなんて
その
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