m+other⑧


  一生分の災難が一度に降りかかってきたような地獄の一日から、一週間が経った。あの日、花子は検査すら受けずに病院を出て、文字通りその足で帰宅。梓は肉体も精神もクタクタの状態で、シャワーも浴びずに自室へ戻ると、いつも通りトラが窓辺で眠っていた。

 今朝の分まで含め、テレビや新聞を隅から隅まで注意深くチェックしていたが、女性が連れ去られた、あるいはその犯人が捕まったという記事は見つからなかった。

 であれば、当事者の梓が警察に知らせるべきではないかと考えたのだが、「無事だったんだから、それでいいんじゃない?」と、花子にそれとなくさとされてしまい、今のところは保留という形をとっている。したがって、現在あの街の日陰で起きている事については、何一つ解明されていないままだ。

 あの誘拐犯たちにしても、まだ裏の世界に潜伏しているのか、はたまた梓を引き渡せなかったために、クライアントとやらに消されてしまったのか。いずれにせよ、平々凡々たる一般人の梓に、それを知る術はない。


 またもやトラがどこにも居ないことに気が付いた。外に出した、出してない論争は長くなるので、以下省略。

 「はあ。探してくる」

 「心配しなくても平気よ。あの子、頭良いんだから。いざとなったらタクシーでも拾って帰って来るわよ」

 道端で猫が尻尾を真上に伸ばし、それを見つけて停車するタクシー運転手がいるとすれば、それはそれで見てみたい気もするが、今は置いておくとして。

 「いいのよ。郵便局に行くついでだから」

 「あら、そう? じゃあ、最近は河川敷がお気に入りだって言ってたわよ」

 「……助かる」

 「出かける前に、お水は飲んだ?」

 「ええ」

 花子は掃除機を手に、わざわざ玄関まで見送りにやってくる。「いってらっしゃい、お姫様」

 天気予報によれば、今日は普段よりも少しだけ気温が高いそうだ。扉を開けた途端、お日様の光が目に差し込んでくる。

 「いってきます」


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