落ち溜まり⑧


 拳銃発砲事件から一週間が経った。ようやく教室での授業が再開されたが、クラスメイトは誰一人勉強に身が入っておらず、若者に精神論を押し付けることが生き甲斐の学年主任ですらも、受験シーズンを目前にして、すでに諦めムードをかもし出していた。

 渦中の人物である勝は、机に頬杖をつきながら窓の外を眺める。教室に入ってからずっと背中に刺すような視線を感じるものの、以前のように直接ちょっかいを出してくる者は誰もいなくなった。まさかこれも計算の内だろうかと勘繰りつつ、勝は未だ行方知れずの松田慶太に思いをせる。

 学校での発砲、しかも犯人は教師とあって、事件はセンセーショナルなものとして全国のお茶の間に届けられた。吹けば飛ぶような小さな町に、かつてない人数の警察官や報道関係者が集まり、事件現場となった学校は翌日から一週間の臨時休校を決定。念のため入院した猿子を除く三名は、親と担任付き添いの下、警察署で事情聴取が行われた。

 先生が撃った銃弾は、三年七組の教室の天井にめり込んだ状態で発見された。鑑識の結果、その銃弾が先ごろコンビニで警官が紛失した物と一致。現在は、先生がいつ、どのようしてに拳銃と銃弾を手に入れたのかについて、捜査が続いている。

 発砲後の混乱の最中、先生は忽然こつぜんとその場から姿を消した。当日中に全国で指名手配されたものの、一週間が経った今もその足取りは掴めていない。まだ市内の何処かに潜伏しているだとか、すでに外国に高跳びしてしまった、なんて根拠のないデマが飛び交っている状況だ。

 ただ一カ所だけ、事件後に先生が立ち寄った場所が判明した。無断で複製された三年七組の教室の鍵、事件当日の教室内でのやり取りを録音した記憶媒体、化学準備室から持ち出された薬品、及び私物とおぼしき薬品の数々。体育館の倉庫から押収されたそれらには先生の指紋が残っており、警察は重要な証拠品として扱っている。

 これは余談になるが、事件後に開かれた学校の記者会見において、校長の発言が予想外の議論を呼ぶ事となった。

 それというのも、この学校に通う者であれば、もはや誰も気にする事のない校長の口癖『重々』。しかし、初見の人にとっては、このあまりにも多い『重々』が異様に聞こえたらしい。「日頃からあれだけ『銃、銃』言われたら、銃の一発も撃ってみたくなるわな(笑)」というネットの書き込みに少なくない数の賛同が集まる事態となり、それを不謹慎とする勢力との間で小競り合いが発生するのだが、それはまた別のお話。


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