第8話 廊下にて

 ジーーーー…………


「…………」


「綾瀬?どした?」


「いや………なんでもない……」


 文化祭の準備が進み始めた頃、廊下を歩いているとどこからか視線を感じることが増えてきた。

 最初は勘違いだろうと流していたのだが、日に日にその違和感は増していくばかりだった。

 とはいってもこんな事を矢野に相談出来るわけがない。ただただ自意識過剰な奴だとバカにされるだけだ。


 というわけで視線を感じながらも無視を続けていたある日の昼休み。予想だにしない出来事が起こるのだった。


「弁当間に合うかなぁ……」


 文化祭での図書委員の仕事の説明を昼休みにされ、終わった頃には貴重な昼休みの半分が過ぎていた。急いで教室に帰ろうとしていると、図書室の前の廊下にどこか見覚えのある女子が暇そうに立っていた。


「………………やっとかぁ」


 その女子はボソッと呟くとこちらに向かって歩いてきた。図書室に用事があったのだろうと思い、真っ直ぐ歩いてくるのを避けようとするが、何故かその女子は僕の目の前で立ち止まってしまった。


「あ、ごめんなさい……」


 邪魔になってしまったと再度避けようと試みるが、女子はその行く手を阻むかのようにまたしても僕の前に立ち塞がった。


「あ、あの…………」


 他の図書委員に横目で見られながら少し背の小さい女子と対峙する。気のせいではなければ目茶苦茶睨まれてる。

 どうしたものかと固まっていると、その女子は溜め息をつきながらようやく話し始めた。


「やっぱダメ。不合格」


「え?ふごう……へ?」


 呆れたような顔で「ないない」と手を振り、怒り気味に詰め寄ってきた。


「あのさ、勘違いとかしちゃダメだからね?」


「は、はぁ……」


「同じクラスだからってワンチャンあるとか考えないこと。アンタみたいな男が明日香と釣り合うわけないんだから」


「………そう…ですね?」


 突然瀬名さんの名前が出てきて、当然の事を念押しされる。それに対して淡々と返すと何故か女子はプルプルと震えだした。


「つまんない男…………!!!」


「ぅぐ…………」


 自分でも気にしていることを突かれ、ダメージを負う。先日の瀬名さんとの帰り道でも「もっとコミュ力あげてけ~?」ってバカにされたのだ。


「はぁ…………ねぇ。アンタさ、明日香のこと、どう思ってるわけ」


 女子はなんとか怒りを抑えながら尋ねてくる。その質問にどう答えたものかと悩んでいると、女子の方から話を続けてくれた。


「ホントのこと言いなよ。ウソとかついたら明日香に言うからね」


 脅されつつも考える。この女子が瀬名さんと仲が良いのは伝わってくる。となれば適当なことで乗りきったら後々瀬名さんから問い詰められるのは分かりきっている。それこそ今の関係が途切れるなんてこともあるかもしれない。


 ならばここは……



「…………好きです。瀬名さんのこと」


「んなッ……!?」


 最近の告白続きで「好き」と口にするのも慣れてきた。だが聞いてきた女子はこういったことには慣れてないようで動揺を隠しきれていなかった。


「ど、どどど……ウソ!!!絶対ウソ!!」


「嘘じゃないです。好きです」


「はひゃぁ!??」

「ほ…ホントだったらぁ!!そんなあっさり言えるわけないよぉ!!!」


「本当だからこそこんなハッキリと言えるんです」


「はぁぁぁ!!?キッッッモ!!!どういうテンションで言ってんの!?」


 我ながら気持ち悪い発言をしたのは分かっているが、真正面からキモいと言われるのは流石に堪える。


「…………なんだったらさぁ!好きなとこあげてみろよ!」


「……かわいい所です」


「初手見た目!!ほらウソじゃん!!」


「……努力家な所です」


「……ま、まぁ?そうだよね??」


「あとは………ニヤニヤしてるときの顔がすごくかわいい所です」


「へ、へぇ……分かってんじゃん!」


 続々と瀬名さんの好きなところをあげていると女子は少しずつ満更でもないような顔になってきた。自分が言われてるわけでもないのにとても嬉しそうだ。


「…………なるほど。よく分かった。君が明日香の事が好きなのはよーーーーく分かった」


「それはなによりです」


「だがしかーし!それとこれとは話は別!わたしは君が明日香と釣り合うなんて一生認めないからね!」


「はぁ……」


「大体さ、君みたいな…………あ、やば」


 何かを言おうとした女子はハッとしたような表情になり、突然慌て出した。


「とにかく!勘違いしないこと!分かった!」


「は、はい!」


「よろしい!ではさらば!!」


 慌て始めた女子はそのまま脱兎のごとく走り去った。瀬名さんとは違って勢い100%みたいなギャルと話したせいかとても疲れてしまう。


 ぐぅ~…………


 色々と落ち着いた瞬間にお腹が鳴った。そういえばまだ弁当を…………


「………………マジ?」


 時間を確認するために僕の背後にあった時計に目をやると、昼休みが終わるまで残り10分を切っていることにようやく気付いた。


「話を切り上げた理由はこれか!!」


 そうして急いで教室へと戻り、矢野に「がんばれ。がんばれ」と急かされながら弁当を胃へと流し込むはめになったのだった。

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