第24話 お出かけにて―3

「寝癖もない………メイクもバッチリ……服にシワもない………うん。うんうん。よし今日もかわいいぞ私……」


 駅の女子トイレの鏡を見ながらおかしなとこがないかと確認する。


「大丈夫……いつも通り……いつも通り…」


 集合時間まではまだ20分ほどある。連絡は来てないし、綾瀬はまだ電車の中なのだろう。


「………よし。行こう」


 意を決して待ち合わせの場所に向かう。

 なんだかテスト後のデートより緊張してる。彼女役とかそんな変な言い訳がない純粋なお出かけ。しかも久しぶりに会えるということもあり、朝からソワソワが止まらない。


「………………あれ?」


 待ち合わせ場所に向かって歩いていると、そこには既に誰かがいた。


 いやそりゃ駅なんだから誰かはいるんだけど……いるんだけど…だってアレって………え???


 咄嗟にスマホで綾瀬に連絡をいれる。


             『イマドコー?』


 メッセージを送ると、待ち合わせ場所の男子がスマホをいじりだし、それと同時に綾瀬からの返信がきた。


『まだ電車の中です』


 この一連の流れで確信を持ち、改めて待ち合わせ場所の人物をじっと見る。


 確かに綾瀬。それは間違いない。でも……



 なんかめっちゃカッコいい。


 髪もさっぱりしてるし、服もこの前のデートの時みたいな黒っぽい服じゃない。白を基調とした爽やかで清潔感に溢れる好青年みたいな格好してる。


 男子三日会わざれば…とは言うけどここまで変わる???イケメンすぎない???え、うそどうしようドキドキ止まんないんだけど…


 そのままバレないように観察を続けていると、綾瀬からの連絡が届いた。


『着きました』


 時間を確認すると集合時間のちょうど10分前。


 まさか私に気を使ってる???うそじゃん。そんなこと出来んの??やば……え…どうしよう………


 既読をつけてしまったのにドキドキで何も返せない。

 今さらこんなに緊張するとか………早く行ってあげないと綾瀬に迷惑を…………


「………こんにちは」


「っひゃぁ!?」


 あたふたしているといつの間にか綾瀬が目の前にいた。近くで見ると余計にカッコいい。てかマジでカッコいい。もう無理。今すぐ抱きつきたい。


「……………どうしました?」


「あ…いや………なんでも……ない…よ?」


 色んな想いをなんとか理性で押さえ込み、頑張って取り繕う。


「……今日もかわいい…ですね」


「はぁぅぅ!!」


 むりむりむりむり!!!!とりつくろえない!!はーーーーいみわかんない!!!なんなの!むり!!!かっこいい!!!


「そそそそそっちこそ…………なに??もしかしておしゃれに目覚めた??」


 しどろもどろになりながら何があったのかと聞いてみる。すると綾瀬は気まずそうな顔で答えた。



「あー……これは楠根さんにアドバイス貰って………やっぱり似合いませんか?」


「…………はい?」


「ちょっと前に美容室に行けって言われて…服も持ってるやつから選んでもらって……」



「……………………むかつく」


 綾瀬の言葉に何も言えなくなった私はせっかくセットしてあるカッコいい髪をわしゃわしゃと乱してやった。


「ちょ………!?」


「………………やだ」

「なんか………茉莉の男みたいでやだ……」


 別にカッコいい綾瀬が嫌な訳じゃない。

 でもなんか……茉莉に染められてるみたいですっごいムカムカする。


 私だけ見ててほしいのに…私は今までの綾瀬でも充分好きなのに……


「すいません………でも僕も瀬名さんの隣で恥ずかしくない男になりたくて……」


「…………そう」


「瀬名さんが嫌なら今度からは――」


「あ、全然戻さなくていいよ?」


「……え??」


「だってちょー似合ってる。カッコいいよ」


「っ………………分かりました……」



 確かに嫉妬はした。


 でもそれはそれ。これはこれ。

 カッコいい綾瀬が見れたから許してあげる!





「それで…今日はどこに行くんですか?」


「……え?」


「え?」


 私に乱された髪をなんとか戻しながら綾瀬が予定を聞いてきた。そういえば茉莉に無理矢理決められたから何も考えてなかった。


「あー………そうだ。綾瀬の好きなとこ行きたいな」


「僕の…ですか?」


「そうそう。この前は私に合わせてくれたじゃん?なら今度は綾瀬の番かなって」


「なるほど……いやでもなぁ…」


 どこか言いづらい候補があるのか悩んでいる綾瀬。私としては綾瀬と一緒ならどこでもいいのだが…ここは1つ背中を押してあげよう。


「ねぇねぇ。私さ、アニメのお店に行ってみたいんだよね」


「え、あーいや……でも…」


「いいからいいから。はい連れてって!」


 ちょっと嫌そうな綾瀬を強引に説得し、駅の近くにあるアニメショップとやらに行ってみることにした。



「おぉ……なんか色々あるね…漫画に…グッズに……あ、これ知ってる。たまにTLに流れてくるやつだ」


「…………そぅ…ですね」


 店の中は見たことないものばっかりで楽しかった。私には縁のない場所だと思ってたから新鮮で、色々と目移りしてしまう。


「ねぇねぇ漫画見に行かない?茉莉に勧められてたやつあるんだよね~」


「楠根さんって漫画とか見るんですね」


「元カレの趣味でね。あの子彼氏作る度に趣味増えるから部屋とかすごいよ?w」


「へー……なるほど…あ、瀬名さんそっちは……」


「ん?どした?」


 漫画コーナーと思われる所に向かおうとすると何故か綾瀬から止められる。普通に人もいるし変なとこじゃないと思うんだけど……


「えっと………ちょっとその…刺激が……というか……」


「はっはーん??もしやえっちなやつだな??大丈夫大丈夫w今さらそんなの………」


 綾瀬の言葉を無視して少女漫画コーナーを進んでいたのだが…突然表紙の肌面積が多くなった。


「………え?これ……え???」

「ねぇ綾瀬綾瀬。これ………え?」


「えっとぉ…………それはぁ……」


 半裸のカッコいい男の人ふたりがなんか密着してる。どういう構図??え???どういう漫画???


「綾瀬………なにこれ?」


「その……いわゆる…ボーイズラブってやつで………」


「ボーイズラブ………」


 つまりは男性同士の恋愛ということ?結構種類もあるし………一定の需要はあるようだ。


「…ねぇ綾瀬。これって読んで良いやつ?」


 棚に垂れ下がっている薄い本を指差して聞いてみる。綾瀬は渋い顔をしながらも「良いやつです」と答えてくれた。


「どれどれ…………っ!!?」


 適当にパラパラと捲ってみると、なんかいきなりおっぱじまってた。大事なとこは隠れてるけど……いやこれヤってるじゃん!!!


「あ、あ、綾瀬!?これ……大丈夫なやつなの!?」


「それは僕にも分かりません……」


「へえ~……すごいなぁ…………」


 こんな文化があるとは……恐るべしアニメショップ………


「あの……次…行きませんか?」


「え?あー……そだね」


 綾瀬はめちゃくちゃ気まずそうに聞いてきた。確かに周りは女の人ばっかりだ。そりゃ長居したくはないだろう。


 でもこの漫画のふたり……どことなく綾瀬と橘に…………


「……瀬名さん??」


「………とりあえず1巻買ってみる」


「瀬名さん!!?」


 何事もまずは知るところからだ。綾瀬の趣味に寄り添うには色んな知識をつけなければ。



 決して続きが気になるとかじゃない。

 そう!後学のためにね!!仕方なく!!!





「綾瀬~?これってさ、ぶいちゅーばーってやつ??」


「あ、はい。そうです」


 茉莉からのオススメの漫画を手に入れた後、適当にブラついていると以前にふたりが話していたVTuberとやらのコーナーを見つけた。


「なんだっけ茉莉の好きなキャラって……」


「これですね。鳳凰院ハヤテ」


「……なにその名前」


「それは……聞かないでください」


 綾瀬から手渡されたアクリルの…スタンド?まぁとりあえずソレをマジマジと見てみる。爽やか系なイケメンで茉莉が好きそうな見た目をしてる。


「………………」


「……ん?どしたの綾瀬?」


「いえ……なんでも…」


 私のタイプとは違うかなーって考えながら眺めていると、綾瀬がこちらを見つめてきているのに気づいた。だがその事について言及してもはぐらかされてしまう。


「なに?教えて?」


「…………えと…ちょっとその……」

「………嫌だなって…」


「嫌……?」


 綾瀬は恥ずかしそうに目を反らしながら私の質問に答えてくれた。


「………なんか…じっと見てるので……」


「まさか嫉妬してるの??キャラに??」


「……………はい」


「そっ…か………ぇへw………ふぅぅん?」

「えいっ」


「ちょ……やめてください…」


「えいえいっw」


「脇腹弱いんですよ…っ…ほんっと……!」


 嫉妬されていることに嬉しくなり、照れ隠しにツンツンと綾瀬の脇腹を攻撃する。


「これは私が隣に居ないと出来ないよ?」

「それでも嫉妬する?」


「しません……っ…から…あの……ホントに……!」


 ザワザワ……   ジロジロ………


「……ハッ!?」


 公衆の面前ということを忘れて綾瀬弄りを楽しんでいると、気づけば周囲の視線が私たちに集まっていた。


「…………ごめん…漫画買って帰ろっか…」


「そうしましょう……」


 途端に恥ずかしくなった私は急いで商品をレジに持っていき、逃げるように店を後にしたのだった。





「ただでさえ目立つんですから気をつけてくださいよホントに……」


「はい……反省してます…」


 綾瀬が好きらしいカレーの店に訪れ、先程の反省会をしながら早めの夕食をとっていた。


「あの…瀬名さん」


「……なーに?」


 これからどうしようかと考え、のんびりカレーを食べていると急に綾瀬が真剣な表情になった。


「再来週の…日曜日って…空いてますか?」


「…………どうだろう?分かんない」


 本当は空いてる…というか空けてるんだけど……ここは知らないフリをしてあげよう。


「………もし…空いてたら……その…よければ……一緒に…………」


「一緒に~?」


 見た目がカッコよくなっても綾瀬は綾瀬だ。うまく誘えずに四苦八苦してるのが見ててかわいい。


「…………っ…花火大会行きませんか!」


「いいよ。行こっか」


 かと思えば勢いに任せて全部言いきった。その勇気に免じて食い気味に答えてあげる。

 すると綾瀬は予想外といった目をしていた。


「え…………え?あ、いいんですか……?」


「うん。なにwそんな驚く?w」


「いやだって……」


「たまには私も正直になるんだよ~」


「…………なるほど」


 その後、私にバレないようにこっそりとガッツポーズを取っている綾瀬の姿を気づかないフリしてあげながら、私も初めての綾瀬からのデートのお誘いに心の中で狂喜乱舞しているのだった。

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