第25話 花火大会にて
僕の今までの夏休みは家から出なくていい最高の期間だった。
家でぐーたらと過ごし、出るとしても矢野の家に遊びに行く時だけ。ましてや人混みの中に自分から行くなんてあり得なかった。
それが今年はどうだ。
周りを見ても人、人、人。本当に人しかいない。まさかこんな所で人と…好きな女子と待ち合わせするなんて思ってもみなかった。
「ごめん………待った?」
しばらく待ち合わせ場所で待っていると、どこかぎこちない瀬名さんがやってきた。
「いえ、今着いたところです」
「…………そっか」
瀬名さんはオレンジ色の浴衣に身を包んでおり、髪型も普段とは違うポニーテールだった。
「浴衣…すごく似合ってます」
「ッ…………ぁ……そぅ……ありがと」
花柄で、明るい色使いのその浴衣はまさに瀬名さんを体現しているようだった…………ん?よく見たら後ろから青色の布がチラ見えしているような……
「……あやせもかっこいいよーーすきーー」
「ッ!?こら茉莉!!」
「わたしは通訳しただけだよっ!!」
瀬名さんの背後から聞き覚えのある声が聞こえてきたかと思えば、突如として浴衣姿の楠根さんが飛び出してきた。
「…………何してるんですか」
「それがね……」
曰く、最寄駅に着いたら待ち伏せされていたとのこと。なんとか説得は試みたらしいが無理矢理着いてこられたようだ。
「楠根さん………流石に……」
なんやかんや理解がある人だと思っていたのだが……
「いやいや勘違いしないで欲しいんだけどね?わたしだって『カップル』の花火大会デートは邪魔しませんとも」
「でっも~たまたま~同じお祭りに~向かう友達と~駅で会っちゃって~」
「………………って理屈らしい」
「なるほど……」
それを言われたら反論できない。そう頭を抱えていると楠根さんは僕の元にやってきて上目遣いで聞いてきた。
「ほら康一。わたしの浴衣ど?かわいくね?」
楠根さんの浴衣の色は澄んだ青色。イメージとは少し違うがそれもまた良い。ギャップというやつだろうか。
「………似合ってます」
「………………かわいい?」
「……かわいいです」
「ほわぁ……これやっばぁ………めっちゃ自己肯定感あがるぅ………」
「…………ほら綾瀬。茉莉はほっといて早く行こ」
楠根さんを褒めていると、ムッとした表情の瀬名さんに強引に腕を掴まれ、引っ張られる。
「待ってよ!おいてかないで!」
「………………」
ズンズンと会場に向かって僕を引っ張る瀬名さん。僕はそんな瀬名さんに追い付くように小走りし、楠根さんには聞こえない程度の声量で話しかけた。
「……すっごくかわいいです」
「…………許す」
「ありがとうございます」
「あ、こら!今イチャついたな!?ずるい!」
後ろから楠根さんに文句を言われながらも、僕らは手を繋いだまま屋台の通りへと向かうのだった。
「ねえねえふたりとも!わたしあれ食べたい!だから買ってくるね!待ってて!」
「はいはい……」
勝手についてきたくせにさっきからやけにテンションが高い茉莉。おかげで私は冷静になれてるからいいけど、綾瀬はどう思ってるんだろう。さっきも何か言いたげだったし、もしかしてちょっとは怒ってるのかな。
「ねえ綾瀬。茉莉のこと、悪く思わないであげてね」
「思ってませんよ。僕としても緊張が解けましたし……感謝してるところもあります」
そう言いながら茉莉を見ている綾瀬の顔は少しにやけており、茉莉には聞こえないように耳打ちしてきた。
「とはカッコつけても……実のところは少し怒ってます…w」
茉莉とも話すようになったからか、綾瀬は私と話すのにやっと慣れてきたようだ。最近は冗談もよく言うようになった。
「…………それ茉莉に言っちゃダメだよ?wアレでナイーブな子なんだからw」
「おっまたせ~……ってなにさ。こっち見てニヤニヤすんのやめてよ。間に割り込むぞバカップル」
「まだ付き合ってませーんw」
「はーーーーむかつくーーーー!分けてあげようと思ったのに!!一人占めしまーす!」
そう怒りながら買ってきた焼きそばをパクパクと食べる茉莉。その様子をふたりで笑いながら見ていると、茉莉が綾瀬にとあることを尋ねた。
「てか康一さ。花火大会誘うとか度胸あるよね」
「え?」
「だって花火大会なんてやることあんまりないよ?屋台巡って花火見て……ほら終わった」
「…………確かに」
茉莉から指摘され、「どうしよう……」みたいな顔で固まってしまった綾瀬。私としてはてっきり花火見ながら告白とかされるのかな~って思ってたんだけど……何も考えてなかったようだ。
「まさか……花火大会って響きだけでそれっぽい雰囲気になるって考えてたの?」
「…………恥ずかしながら」
「やっぱりw花火大会とか美味しいもの食べ歩くためだけの場所だよww世の中のカップルの目的なんてその後のホテルなんだからw」
「なっ……!?」
ホテルという単語に反応してあたふたする綾瀬。こういう童貞臭いとこは変わんない。いや童貞だから当たり前なんだけど。
「ちが……違いますから!僕はそんなつもりで………」
「……私はいいけどね~」
「え…………」
「………なんだコイツら」
最近はカッコいいとこばっか見てたからその姿にどこか懐かしくなってついついからかってしまい、その様子を見ていた茉莉から呆れられてしまった。
『大変長らくおまたせいたしました。まもなく開始いたします』
そんなこんなで花火大会を楽しんでいると、どこからともなくアナウンスが聞こえてきた。
それを聞いた途端茉莉はスマホを確認しだし、辺りをキョロキョロと見回した。
「えっと……ここどこ!?」
「いや知らないよ…どしたの?」
「めぐみんと待ち合わせしてたんだよ!やばい怒られる!」
どうやら駅で会ったのは本当に偶然だったらしい。
「あそこにアレがあるから……とりまあっちか!んじゃふたりとも!気をつけてね~!」
「はいはーい」
私達に手を振りながら人混みの中に消えていった茉莉。
これでようやくふたりっきりだ。そう思って綾瀬の方を見ると、未だにあたふたしていた。
「おーい。大丈夫ー?」
「ぇ、いや………はい!大丈夫です!」
テンパってるのかいつもより声量が大きい。あれくらいでこんなに気にするなんて…綾瀬もちゃんと男の子してる。
「大丈夫なら私達も行くよ。ん。はい」
そんな綾瀬に追い討ちをかけるかのように手を伸ばす。
「……いいんですか…?」
「………私とはぐれてもいいってこと?」
「……っ!?嫌です!」
勢いのまま力強く手を握られる。私よりもおっきくて震えている手から「離さないぞ」って気持ちが伝わってきて、なんだか私もドキドキしてしまう。
「じゃ、エスコートお願いね」
「は、はい!」
こうして私達は花火が良く見えるスポットへと移動することにしたのだった。
「うっわぁ綺麗………久しぶりに来たけどやっぱいいね」
「そぅ…ですね…」
空を見上げ、花火に目を輝かせる瀬名さん。その横顔はいつもよりかわいくて、色っぽくて…
『世の中のカップルの目的なんてその後のホテルなんだからw』
「……っ!」
「……どした?」
「いえ…なんでもないです……」
さっきの楠根さんの言葉が頭から離れない。それにその後の瀬名さんの言葉もそうだ。
『……私はいいけどね~』
冗談だということは分かってる。分かってはいるが、意識しないわけにもいかない。
もし、もし今日……瀬名さんが受け入れてくれたら…いや…もしかしたら受け入れてくれなくても……いやいや!ダメだ!それだけはダメだ!付き合ってもないのにその一線を越えるわけには……
「……綾瀬?」
「え、はい!?」
「顔、ちょっと怖いよ?」
「………すいません」
先程から花火も見ずにずっと険しい顔をしている綾瀬。多分何か言いたいことがあるんだろう。きっと告白の台詞を悩んでるんだ。花火大会らしく『瀬名さんの方が綺麗だよ』とか言いたいんだろうな。
手を握る力はより一層強まってるし、さっきからチラチラ見てきてる。それじゃあせっかくの花火大会が終わっちゃう。仕方ないからサポートしてあげるとしよう。
握っている手を器用に動かし、綾瀬の指の間に私の細い指を入れる。
「……!?あの…瀬名さん………」
「……なーに?」
「これって…………」
「……恋人繋ぎだね」
「………っ!!」
私としてもそろそろかなって思ってた。これ以上待たせるのもかわいそうだって皆から言われるし、恋人同士にならないと出来ないこともたくさんある。せっかくの夏休みなのにもったいない。
まだちょっと不安だけど……綾瀬ならきっと大丈夫。私の事をずっと好きだって言ってくれるはず。
「………ねえ綾瀬。私さ、こんな雰囲気の中でさ、告白とかされたらさ、本当に……おっけーしちゃうかもしれないよ?」
いつものように告白を促す。後は綾瀬がいつも通り告白してくれれば、それで………
「………ねえ綾瀬。私さ、こんな雰囲気の中でさ、告白とかされたらさ、本当に……おっけーしちゃうかもしれないよ?」
そう告げる瀬名さんの顔は赤くなってて、僕からの返答を今か今かと待っていた。
いつもの言葉のはずなのに、なんだかいつもよりもドキドキしてしまう。
もしかしたら今日なのかも。
手だって恋人繋ぎをしてきたし、そういう合図なのかもしれない。
そう思うと心臓の鼓動の加速が止まらない。バックバクと鳴り続けて、今までにないほど緊張してしまう。
もし、じゃあもし今日恋人同士になれるとして、ならこの後はどうなる。
そのままホテルに……いやいやいや!そんな気持ちで告白なんてするもんじゃない!!純粋な気持ちを伝えなければ……
「………瀬名さん!」
「……はい瀬名さんだよ」
「瀬名さんのこと…………ずっと……ずっと前から…好きで……だから…その……」
瀬名さんに向き合い、気持ちを伝えようと言葉を紡ぐ。下心なんてない。ただ好きだから、瀬名さんと付き合いたいんだ……そう言葉にしたい……のに…
「僕と……つ…付き合って……ください!」
後はおっけーするだけだった。どんなにダサくても、目を見て、まっすぐ告白してくれればそれでよかった。
だけど、どれだけ綾瀬の事を見つめてても、綾瀬と目が合うことはなかった。
恥ずかしいのは分かる。一世一代の大勝負だって、だからそれくらい許してあげたかった。
私の手を痛いくらい強く握ってきて、どれだけ緊張してるのかもよく分かる。
でも、気づいてしまった。
綾瀬の目は、じっと私の体を見つめていたし、それに………大きくなってた。
生理現象だし、仕方ない。分かってる。今さらこれくらい許してあげないと………綾瀬だって男の子なんだから………女の子のこと…えっちな目で見ちゃうよね……大丈夫……好きな人だし……綾瀬になら………私は……
「………ごめん…」
「…………ぇ」
瀬名さんからの返しはその一言だった。いつもの返事のはずなのに、深く心に突き刺さる。
「な、なんで………だって……」
「…………ごめん…なんか…怖い…」
僕はここでようやく瀬名さんと目があった。いつものふざけている拒否ではない。涙目になっていて、本気で怖がっている。本気でフラれているのだ。
「…………ッ……ごめん」
「ぇ……ちょ…瀬名さん!」
握っていた手を強引に引き剥がされ、僕の元から逃げるように離れていく。追いかけようにも瀬名さんは人混みに紛れ、すぐに見失ってしまった。
その後、どれだけメッセージで謝っても既読がつくだけで返信はこず、僕らの花火大会は最悪の結果に終わってしまうのだった。
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