第33話 ショッピングにて―2
「………………」ジーーー
楠根さんが消えてから明日香は何も言わずにじっと見つめてきていた。自分から話せということなのだろうか。
どうにかして誤魔化すべきか。買いたい物も決まったし、ここさえ乗りきれば作戦は完璧に成功するはず……
「………ねえ康一」
どうしたものかと悩んでいると、明日香が不安そうな声色で尋ねてきた。
「私のこと、好き?」
「好きだよ」
「…………即答ずるい」
「だって………他にないから」
「あっそ…………」
明らかにいつもより元気がない。いくらサプライズがしたいとはいえ、当の本人が今悲しい気持ちになっていたら本末転倒ではないのか。
そう思い、僕は明日香の手をとって、決めていた店へと向かうことにした。
「……ついてきてください」
「…………うん」
「なんか移動するみたいだね」
遠目から綾瀬くん達を観察していると、綾瀬くんが瀬名の手をとってどこかへと歩きだした。
「見てみあの明日香の顔。乙女みたいw」
「………正直見てらんないけど」
「もしかしてぇ…明日香の事好きだった?」
「…………だったねぇ」
「うはw罪な女ww」
確かに好きだった。ついこの前綾瀬くんにキレてた時はもしかしてワンチャンあるかなって思ってた。でも……
「なんかこう見てたらさ、お似合いだなって思ったね」
「ねー。ビックリするよねー」
「それに…………」
「それに?」
今日引きずり回され、初めて瀬名に感じた感想を楠根さんに吐露することにした。
「…………めんどくさい」
「あっははwwそれなwww」
「ここです」
「………なるほど」
康一に連れてこられた場所は私が最初にふたりを見つけたアクセサリーショップ。高値というほどではないが、安さも感じない。学生が無理をする程度の店といった感じだ。
「あ、すいません…ちょっといいですか?」
「はいなんでしょう」
康一は店員さんに話しかけると、店員さんは賑やかに私の方をみて、そのまま私の前のショーケースを開けてくれた。
「どうなさいますか?試しに着けてみてもよろしいのですが……」
女の店員さんが慣れた手付きで取り出したのは月の装飾に、銀の宝石とピンク色の宝石がついているネックレスだった。
「えと…………」
意味が分からない。私は今何をされている?なんでいきなりこんな物を……
「こちらはですね、ムーンモチーフのネックレスとなっております。月は『女性の美しさ』を表すものとなっておりまして、そこにダイヤと10月の誕生石であるピンクトルマリンをあしらっており、変色もしにくく、ジュエリーケースも付きますので――――」
「あわわわ…………」
矢継ぎ早に情報を叩き込まれる。ダイヤ?月?美しさ?なんか怖いんだけど???
「………やっぱり重かったですか?」
戸惑っていると康一が申し訳なさそうにこちらを見てきていた。頭が混乱しすぎて理解は出来ないが、ここで恥をかかせるわけにはいかない。
「………お願いします」
「かしこまりました」
店員さんにササっとつけられ、鏡を見てみる。なんというか……大人っぽいというか………すごい不思議な感じだ。そわそわしてしまう。
「よくお似合いですよ」
「ありがとうございます………」
「……どう明日香?」
「…………うん。好き」
「そっか。じゃあ―――」
康一はまた店員さんと話しだした。私はその間ずっと鏡と向き合い続け、周りの音は一切耳に入ってこなかった。
この銀色がダイヤで………ピンクのは…なんだっけ、トルマリン?10月の誕生石とかなんとか………………
「ハッ!!!!?」
ようやくこのネックレスの真意に気づく。振り返るとすでに康一はレジでお会計を終え、私のことを待っていた。
「…………ちょっと早いですけど」
康一は私の手をとり、照れ臭そうに想いを伝えてくれた。
「誕生日。おめでとうございます」
「ぁ………ちょ……こんっ…なとこで……」
あまりの恥ずかしさに一瞬で顔が真っ赤になる。店員さんもめっっっちゃ見てきてる。小さく拍手までされてる。はっっずかしい!!!
「…………嫌でしたか?」
「ちがっ…………ぅけど……とりあえず……あの…………ね??」
これが疑った罰だというのか。とんでもない羞恥プレイを仕掛けられてしまった。
ていうかネックレスって!!!!
「そういえば誕生日プレゼントだったんだよね?決まったの?」
「早めにねー。他に良いのがないかって連れ回されてたってわけ」
本来は明日香が飲む予定だったタピオカを飲んであげながら話す。康一から珍しくお誘いがあったかと思えば明日香の誕生日の相談だったのだ。わたしを巻き込むなホントに。胸焼けするから。
「てかさ。わたしが一番気まずかったんだけど。店員さんがさ『彼女さんへのプレゼントですか?』って聞いてきた時わたしどんな顔すればいいか分かんなかったよ」
「綾瀬くんはなんて答えたの?」
「『はいそうです』ってバカ正直に言ってさ。そのせいでわたしがアクセサリー勧められてさ!『あ、わたしじゃなくて~』って言わされたんだよ!!!ほんっっと!!!」
「かわいそww」
「ちなみに、ネックレスをあげる予定っぽいよ」
「…………それ俺に言う意味ある?」
「あるでしょ。被ったら困るかなってw」
「そんな重いの渡さないよ付き合ってもないのにw」
ちなみにネックレスを勧めたのはわたしだ。康一には「ネックレスって~『ずっと一緒にいたい』って意味があるだよ~」って吹き込んでおいた。明日香はそういうの好きだから喜ぶよ~って。
実際この知識は明日香から聞いた話だ。そしてネックレスにはもうひとつ意味合いがあるとのこと。明日香はこういう乙女チックな事が大好きで、昔に調べたらしいのだ。
その意味とは…………ww
「…………くふっwww」
「わっるい顔してるね」
「いやw絶対面白いリアクションするだろうなってww」
「……………………ぁぅ……」
「……………」
明日香に促され、プレゼントを買ってすぐに店を後にした。そこからどうするわけでもなくひたすらに歩き回り、その間明日香は顔を真っ赤にしたまま俯いていた。
「やっぱり唐突すぎましたか?」
「ちがぅ……うれしい………めっちゃうれしい……」
「ならいいんですけど……」
「………てかさ、私教えてたっけ?誕生日」
「……LINEのプロフィールに設定してるじゃないですか」
「あ、そっか…………」
明日香はずっと照れっぱなしで、いつもの元気がない。まるで………シてる時みたいで、良くない気持ちになってくる。
「………康一の、誕生日って、いつ?」
「あー……5月です……」
「え!?なんで言ってくんなかったの?その頃には会ってたよね?」
「といっても友達と呼べるか怪しい時期でしたけどね……LINEだって交換してないし」
「…………じゃあ来年か」
すると明日香は急にぶつぶつと何か考えだし、かと思えばパッと僕の手を握って微笑んできた。
「ね、今年の分。欲しくない?」
「いいですよ今更……」
「違う。私があげたいの」
「とは言っても………」
「む……………仕方ない……」
頑なに断ろうとする僕に呆れたのか、明日香はわざとらしく謎のアピールを始めた。
「あー疲れたー」
「………どこか座りますか?」
「座るくらいじゃ疲れはとれないなー」
「………クレープ?」
「食べ物でもないなー」
「えっと…………」
痺れを切らした明日香は僕の手をより強く握ると、恥ずかしそうに聞いてきた。
「…………明日予定は?」
「ありませんけど……」
「そ。奇遇だね。私もないんだ」
「え、でもこの前友達と予定がって」
「今失くなった。だから問題ない」
「そんなこと…………」
「っ!!!!!」ゲシッ!
「いっっ!!?」
明日香におもいっきり足を踏まれる。察しの悪い僕に怒ってるんだろうが、一体何を……
「彼女にどこまで言わせるつもりなの」
「と言われても…………」
「…………ホテル」
「…………ぇ??」
明日香は突然耳元に近づき、甘ったるく囁いてきた。
「もう康一の気持ちを疑わないくらい、たっぷり愛して欲しい」
「でも…………えっと…………」
「…………大丈夫な日だから」
「……………………はい」
一応取り繕おうとしていた薄っぺらい仮面は、明日香の一撃によって見事に粉々に粉砕されてしまうのだった。
恋人へのネックレスの意味
「あなたとずっと一緒に居たい」
そして
「あなたは私だけのもの」
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