第6話 帰り道にて
瀬名さんに想ってる事を全部ぶつけてしまい、いつ脅されるのかとビクビクしながら過ごしていたとある日の放課後。図書委員の仕事を終え、のんびりと帰ろうかとしていた時、またしてもあの場面に出くわしてしまった。
「いやぁ……彼女欲しいわ……」
「なに言ってんだか。一昨日までいたくせに」
窓越しにとある男子と女子が楽しそうに語らっていた。廊下の方にいる女子は瀬名さん。基本的に声が大きいから分かりやすい。
それで外にいる男子は格好からして野球部だろうか。少なくとも同じクラスではなさそうだ。
「俺だって別れたくなかったけどよ?やっぱ遠距離は辛いって言われてさぁ……俺も近い方が良いし?渋々みたいな?」
「だから他校に彼女作るのはやめとけって言ったじゃん。バカなんだからホントw」
いたって普通の会話なのだがどうしても気になってしまう。この前だってここからあんなことに発展したのだ。決して瀬名さんの好きな人がこの人なのか気になるとかそんなんじゃない。
決して。
「でも彼女欲しいじゃんか~。かわいいかわいい彼女がさ~」
「はいはい……」
「…………そういや明日香って彼氏いるんだっけ?」
「いないけど?」
「…………作る気は?」
「…………ないけど?」
「ふーーーーん………好きな人とかは?」
「それはまぁ…いるね」
「ふーーーーーん…………あ、そう」
「あ、やべそろそろ練習再開するっぽいわ。んじゃまた!」
「はいはーい……………はぁぁぁぁ」
空気が重くなり始めた辺りで会話は打ち切られ、男子が去った後で瀬名さんは大きな溜め息をつきながら頭を抱えていた。
しばらく動きそうに無く、通らないと帰れない廊下なのでバレないように後ろを通りすぎようとしたのだが……
「マジで…………ん?お、綾瀬じゃん」
「………ごめんなさい」
思ったより早く振り向かれ、気付かれてしまった。反射的に謝罪を述べると、瀬名さんはいつも通りの笑みを溢してくれた。
「なんで謝ってんの?w……今帰り?」
「あ、はい……そうです…」
「そっか。じゃあ一緒に帰んない?」
「え、あ、いい……ですけど………」
瀬名さんの問いにしどろもどろにしか返せない自分を恥じつつ、何故だか一緒に帰ることになってしまったのだった。
「聞いてよ綾瀬~。いやさっきさ?本田と…分かる?3組の野球部の」
「いや全然……」
駅までの道のりをふたりで並んで歩く。こんなとこを誰かに見られるだけでも何を言われるか分かったもんじゃない。
だが瀬名さんはそんなことを気にすること無く、僕に愚痴を溢し始めた。
「その本田とさっきたまたま会ってさ?部活の休憩中だって言うから話してたんだよ。私も丁度暇だったしいいかなぁって」
「そしたら本田がさぁ……なーーーんか彼女欲しい彼女欲しいってうるさいわけ。そんなんなら別れなきゃいいのにって思いながら聞いてたんだけど…」
「は、はぁ……」
正直盗み聞きしてたから会話の内容は分かっているのだが…適当に相づちをうって誤魔化すとしよう。
「私に彼氏がいないとか分かってるくせに聞いてきてさ?好きな人がいるのかーとかも聞いてきて……ソワソワしだしやがって…」
「あーーー思い出すだけでイライラしてくる!なになになに!?まさか私から告れってつもりなのかなぁ!?自分がその好きな人だって思ってるとか!?ありえないんだけど!いや襲ってきた海藤よりは百倍マシだけど!!」
徐々にヒートアップしていき、ついには爆発してしまった瀬名さん。どうやら自分がモテている自覚はあるようで、僕はその様子を隣で見ながら愛想笑いをするしかなかった。
「どうしてどいつもこいつも予防線張るかなぁ……もっとまっすぐ来てよ………ねぇ綾瀬?」
「え、あ、はい!?」
「なーんで皆綾瀬みたいに直球で来ないかねぇ」
「なんで、と言われても……」
答えを渋っていると瀬名さんから「なんで?」という顔で見られ続ける。返さない限りこの話題を終わらせる気はないようだ。
「その……瀬名さんは誰にでも優しいから…自分への好意を確認してからじゃないと怖い……とか?多分」
「ふむふむ……じゃあ綾瀬は私からの好意を確認したってこと?」
「へ!?いや…そういうわけでは……」
「ふーーーーん……………あっ…」
意味深な顔で覗き込んで来ていたかと思えば突然何かを思い付いたかのような顔になり、背筋を伸ばし「んんっ」と喉を鳴らして呟きだした。
「……彼氏欲しいなぁ」
「…………はい?」
白々しい声色。今の流れでどうしてそうなったのか分からない。だが瀬名さんはそんなことを気にせずに続けた。
「私のこと大好きでぇ……告白を真っ直ぐしてくれるぅ……ちょっとえっちなとこもある彼氏が欲しいかもなぁ…」
「欲しいかもって……なんですか急に…」
僕だってこんな見え透いた罠にのる男じゃない。あえて気付かないフリをして乗りきることにした。
「…………そんな人が近くにいればなぁ…すーぐおっけーするんだけどなぁ……いつも見てるこのおっぱい揉めるのになぁ……」
「…………………よくないですよ」
「えー?なにがー?」
瀬名さんの言葉は童貞には強すぎる。甘ったるく呟かれてるだけなのに想像が膨らんでしまう。
「じゃあさ……綾瀬は好きな人いないの?彼女欲しくないの?」
「それは………欲しいですけど……」
「うんうん。そうだよね。欲しいよね」
瀬名さんはニヤニヤしながら語りかけてくる。カラオケの時みたいに恋心をぐつぐつと煮込まれてるようで、身体中がとんでもなく熱くなるのを感じる。
「じゃあほら。告白。しとこ?今ならいけるかもよ?好きな女子を…自分のものに出来るかもよ?」
「僕の……ものに……」
「ッ……うんうん。出来る…かも……よ?」
いやいやいやいや。こんな見え透いた罠にかかる奴なんて……
そんなバカな男…………
たゆんっ
いるわけ………………
「………瀬名さんの事が、大好き……です」
「ぉ………ぁふ……へぇ?そっかぁ……」
見事に罠にかかった鼠を嘲笑っているのか、瀬名さんは口元を隠し、僕から目を背けてしまった。
「そっか…好きな人って私か…………そうだったんだ……へ~…そうなんだぁ……」
「……知ってましたよね?」
「いやぁ?知らなかったなぁ?」
流石に3回目ともなれば恥も少しはとれてきた。瀬名さんの反応も少しウザいがとてもかわいいし、これが見れるなら……と自分に言い聞かせた。
「ではお待ちかねのお返事タイムですが…」
いつになく楽しそうな瀬名さんはニコニコしながら指で✕を作り、申し訳なさなど皆無といった表情だった。
「ごめんなさい!wえっと~…タイプじゃ……ない……です!はい!w」
「うぐっ…………もう少し……オブラートに包んでもらえると……」
「ごめんごめんw……それじゃあまた明日!」
いつの間にか最寄り駅についており、瀬名さんは僕とは反対側のホームへと向かって行くのだった。
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