第5話 朝の電車にて
「………………」
「明日香?どした?」
「……どうもしてないけど」
「いやいやそれは嘘じゃん」
朝。仲の良い友人と共に電車に乗り、小テストの為に単語帳とにらめっこしていると隣から覗き込まれた。
「ムスーってしてたよ?何かあった?」
「別に………」
「………わたしが当ててあげようか」
「ご勝手に」
人差し指を立て、自信満々な顔をしているこの友人の名前は
「ふっふっふ……ずばり。海藤くんだね!」
「はいハズレ」
「え、マジ?おっかしいなぁ……最近話してないから喧嘩でもしたのかと思ってたんだけど……」
海藤というのは私の事を襲ってきたあのバカの事だ。同じクラスになってから毎日のように話していたのにいきなり話さなくなれば不思議がられるのも仕方ない。
「うーーん……あ、じゃあ分かった。アレだ。昨日の男子くんだ」
「ッ…………違うけどぉ?」
「はい当たり~」
当たりともなんとも言ってないのに誇らしげな顔でニヤニヤしている茉莉。こうなってしまったら止まらないのがこの子である。
「どした~?やっぱり告られたとか~?」
「…………違うってば」
「はいはい。んで?ちゃんとフったの?ああいう…オタク?みたいな男子って結局体目当てなんだから」
「それは…………」
「それは違う」そう反論しようとして口を紡ぐ。一度は疑っていたのに私にそんなことを言う権利があるのだろうか。
疑いのきっかけは昨日の茉莉からの言葉にあった。
あの一件以来、不思議と綾瀬とは目が合うような気がしていた。すぐに反らすのが面白くてその度に楽しくなっていた。
でも昨日、たまたま綾瀬の席の近くを通っていると友達と話しているのが聞こえてきた。
「……襲ったところで僕じゃ勝てないって」
「いやいやw火事場の馬鹿力的な?w」
「なんだそれ……そんなの胸揉みたいくらいで発揮出来るわけないだろ」
友達と話すときはそんなハッキリと話すんだって思いながら通りすぎようとしていると、綾瀬の椅子の下に何か落ちているのが見え、それを拾ってあげた。
それだけだというのにふたりはとっても焦っていて、茉莉からも急かされたので場を和ませる為に軽く冗談を言ってからその場を去った。
そんなこんなで茉莉に綾瀬の事を聞かれ、勘違いされる前にフっておくべきだ。という結論に至ったのだが……
「こんなもんでいいかなぁ……」
『放課後、体育館下にて待つ。』
あえて果たし状みたいに書くことで冗談っぽく見えるように仕上げ、綾瀬の下駄箱へと投入。後は到着を待つだけだったのだが、約束の場所に向かう最中に良いことを思い付いた。
「………体操服着てあげよっかな」
茉莉から綾瀬が体育の時間に私の胸をガン見しているという話を聞き、試してみることにしたのだ。先生から忘れ物をしたと称して鍵を預かり、パッと着替え、綾瀬の到着を待ち、一気に引きずりこんだ。
「大成功w釣れた釣れたw」
前みたいに動揺している綾瀬が面白くて笑みが溢れた。周りの男子は自信満々のカッコつけしかいないからこんな反応は新鮮だった。
本当ならここで茉莉が綾瀬の事を勘違いしてるって伝え、綾瀬の事をフッたことにしていいか聞こうと考えてたんだけど……綾瀬の目付きが明らかに私の胸を凝視していたのに気付いてしまった。
その時、どうしてだか心がズキッて痛んだ。
別に男子なんてそんなもんだって分かってたのに……綾瀬は違うって思ってたのかもしれない。
考えれば考えるほどモヤモヤしてきて、それを誤魔化すかのように言葉も強くなっていった。勝手に期待して、勝手に失望した。私はただ普通の友達で充分なのに。
こんな重たいだけの脂肪くらい揉みたいなら揉めばいい。男子高校生なんて所詮は下半身に従ってる生き物。綾瀬も例外ではなかっただけだ。あの時のカラオケでの告白だって下心からしただけ。茉莉の言う通り体目当てなんだって。
そう自分に言い聞かせながら急かしていると、突然綾瀬が変なことを言い出した。
「前から好きだったんです。瀬名さんのこと」
「ッ…………はぅ……」
「……友達が単語帳読みながら吐息を漏らす変態になっちゃった」
「それだけは違うから……気にしないで…」
綾瀬からの言葉を思い出すと心臓がぎゅってなり、思わず声を漏らすと茉莉から白い目で見られてしまった。
ていうか!!
なにあれ!ズルじゃん!!!告白ってか好きなところの箇条書きじゃん!!そんなの褒められたら誰だって嬉しくなるよ!!やめてって言ってるのに止まらないし!しかもまだもう少しあったとか怖いんだけど!!!てか同じクラスになって1ヶ月だよ!?なんであんなに詳しいのさ!!いや有名人だって自覚はありますけどね!?そりゃ私ってかわいいし?スポーツも出来るし?勉強も出来るし?友達想いらしいし??なんかカッコいいらしいし???
「ふぇ………ふふっ…………ぅふ……」
「……明日香?どした?」
「ぇ?いやっ……なんでもぉ…ないけどぉ??」
「…………それにしてはニヤケすぎ」
「えぇっ……ニヤケてなんか…っ……ないしぃ?」
「……めんどくせ」
その後、何度も何度も綾瀬からの言葉を繰り返し、笑みがこぼれる口元を単語帳で隠しながらゆったりと電車に揺られるのだった。
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