第4話 放課後のとある部屋にて

 昼休みに瀬名さんから意味深な発言をされたその日の放課後。逃げるように矢野と帰ろうとして下駄箱を開けると、靴の上に謎の紙が置いてあった。


「おいなにしてんだよ早く…………あー…」


 固まった僕を急かすように矢野が覗き込んで来て、僕と同じように事態を把握したような声をあげた。


「……俺帰るから」


「置いてかないでくれ!!」


「俺のには入ってなかったってことはそういうことなんだよ!じゃあな!」


 矢野は勢いよく靴を履き、脱兎のごとく校門へと走り去って行った。


「逃げるわけには……いやそっちの方が危険だよな………」


 僕は逃げることを諦め、渋々その紙を手に取った。もしかしたらラブレター……という可能性もある。そうであってほしい。



『放課後、体育館下にて待つ。』



「………………」


 えー……詰みです。







「はぁ………………」


 ため息をつきながら指定された場所へと向かう。グラウンドではサッカー部が部活に取り組み、2階建ての体育館ではバスケ部やバレー部の声が聞こえてくる。帰宅部の僕にとっては一生縁のない場所だと思っていたのだが……


「まだいないのか………」


 体育館の下に着き、辺りを見回すがそれらしき人物は誰もいない。まさか遠くで写真を撮られて馬鹿にされているとか……


 ガラガラッ!!


 周囲を警戒しながら歩いていると、突然隣のドアが勢いよく開き、そのまま手首を捕まれ、部屋の中へと引きずりこまれてしまった。


「あ、え、…ちょっ……!」


 入った瞬間にガチャンと鍵が閉まる音が聞こえ、僕を部屋に引きずりこんだ人物が楽しそうに笑い始めた。


「大成功wいやー釣れた釣れたw」


 その笑い声には聞き覚えがあり、恐る恐る振り替えるとドアの前には何故か体操服姿の瀬名さんが立っていたのだった。


「なん……で………体操…服……」


「ん?だってここ女子更衣室だよ?当たり前じゃん?」


「はぇ!?」


 そう言われて思い出す。確かにさっきまで歩いていたのは更衣室付近だったような……


「鍵は忘れ物しちゃって~って先生に借りてきたんだよ。だから早く済ませないと怪しまれるかもねぇ……」


 ニマニマと不敵な笑みを浮かべながら近づき、衝撃的な提案をされるのだった。


「ほら。揉みな」


「へ…………?」


「……揉みたいんでしょ?いいよ一回くらいなら」


 恥ずかしがる様子もなく、事務的に語る。だが一方の僕はあまりの情報量の多さに脳がパンク寸前だった。

 そんな僕を見かねたのか「仕方ない……」といった顔で瀬名さんは理由を語りだした。


「別に昼休みの話がどうこうじゃないよ?いやまぁ関係してない訳じゃないけど……茉莉まり…あー友達に言われてさ、『明日香、さっきの男子と仲良いの?』って」

「それで『まぁぼちぼち?』って答えたらさ、友達が『でもアイツら明日香の胸ばっか見てるよ?体育の時とかやばいって。勘違いされる前にフっときなよ?』ていう話をされたんだよ」


 女の人は胸を見られているということに気付くというのは聞いたことがあるが、まさか友達にすらバレていたとは……


「……矢野くんはともかくとして、綾瀬に関しては悪いことしたなぁとは思ってたの。中途半端のままにしちゃったから」

「だからほら。これで満足してくれる?私としても襲われるのはもうごめんだからさ」


 どこか嫌々でしているといった雰囲気が伝わってくる。つまり先日の男子のようにいつか勘違いして襲ってくる前に、これで発散させておこうという考えなのだろうか。


「体操服なのは……まぁサービス?制服よりは感触いいかなって……」

「あ、こんな時に火事場の馬鹿力発揮しないでよ?本気で怒るからね?」


 早くしろ。といった顔で催促してくる。あんなクズ男と同じにされても困るのだが……でもずっと気になって目で追っていたのもまた事実。瀬名さんにとっては気持ちの良いものでは無いに決まっている。


「………出来ません」


「……はぁ?」


 罪悪感から拒否する。ここで揉んでしまっては男として終わりな気がする。それになにより…


「なにさ。この前は揉みたいが為に告白までしてきたくせに……カッコつけてたらワンチャンあるとか思ってるとか?」


 少し怒り気味な口調で責められる。だが僕にだって譲れないものはあるのだ。


「……あの時、告白したのは…その………」


 下心が無かったといえば嘘になる。だけどもそれ以上に僕は想っていたことがあるのだ。


「前から好きだったんです。瀬名さんのこと」


「……いやだからカッコつけんなって」


 キレる一歩手前のような声色だが、臆せず話を続ける。このまま勘違いされるよりは正直に言って玉砕した方がマシだ。


「……僕なんかとは違って明るくて、勉強も出来て、優しくて、カッコよくて、周りのことよく見てるし、友達想いだし、努力も怠らないし……」


「待って待ってやめて止まって」


「かわいくて、スタイルもよくて、スポーツも出来るし、委員会の仕事だって真面目に取り組んでるし、」


「どんだけ出てくんの!?」


「えっと……もう少しです………」


「分かった!もういい!もういいから!!」


 瀬名さんへの想いは途中で本人により止められてしまった。だがまだ大事な事を伝えていない。



「………だから、あの時の告白は、下心だけじゃなくて…本当に………瀬名さんと付き合いたくて……」


「だから…やめてって……ちょっと…マジで……ぁぁ…ちょ……はぁぁ……?」


 あまりの辛さに耐えきれなくなったのか瀬名さんは僕に背を向け、必死に首を横に振っていた。


「わかった。ホントに。もう綾瀬の事疑わないから。気持ちは充分伝わったから……」


「………ならよかったです」


 瀬名さんはしばらく首を横にふりつつブツブツと呟き、終わったかと思えば口元を手で隠しながらこちらを向き、話しかけてきた。


「………で、揉むの?」


「正直に言えば…………でも、瀬名さんには好きな人がいるって分かってますし、それなら僕なんかが触れるべきじゃないって思ってます」


「………………あ、そう。ん。じゃあ終わり。うん。出てって」


「……………失礼します」


 ドアの前を陣取っていた瀬名さんを交わし、周りに誰もいないことを確認した後、急ぎ足でその場から逃げるのだった。

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