第29話 ────にて

「ねえ康一~」


「………どうしました?」



 明日香と付き合い始め、しばらく経った夏休みのある日のこと。僕に背中を向け、膝の中にスポッと座っている明日香に問われた。


「学校さ~始まったらどうしよっか~」


「…………何を?」


「私達の関係だよ~付き合ってるって言うべきなのかな~って」


「……………秘密にはしたいですよね」


「なんで~??」


「だって……バレたら殺されるかも……」


 ただでさえ付き合う前から嫉妬の炎が滾っていたのだ。事実になったとしたら何されるか分かったもんじゃない。


「そうかなぁ…ま、康一が嫌ならやめとく」


「…ありがとうございます」


「めんどくさいなぁ…………これからも男子から告られるんだろうなぁ……んーーーっ」


「なんですか………ちょ…」


 何かを訴えかけるかのように両手を僕の両頬に伸ばし、背中を向けたまま器用にぺちぺちと叩いてくる。


「私の手にはね、保湿効果があるんだよ。これで康一のイケメンさがアップというわけさ」


「なるほど……………」


「康一も自信持ちなよ?意外とイケる顔してるから。私と茉莉が保証してあげる。まぁ橘の方がイケメンだけどww」


「………余計な事言わないでください」


「あ、怒ったwごめんなさーいww」


 ニヤニヤと調子にのっている明日香の両頬をお返しと言わんばかりに後ろからむにむにする。


「………だったら僕も楠根さんと遊びに行こっかなー…この前誘われたんですよねー……アニメの新作映画見に行かないかってー…」


「むっ……………」プクー


 僕の煽りに怒ったのか、むにむにしている僕の手に抵抗するかのように頬を膨らませてきた。


「………………やだ」


「………でも橘君の方がカッコいいんですもんね?」


「…………………康一の方がカッコいいよ」


「……じゃあ、3人で見に行きましょうか」


「………………むかつく」


「すいませんwついww」



 その後、拗ねてしまった明日香のご機嫌をとりつつ、そろそろ頃合いだと思い、声をかけた。



「……あがりましょうか」


「……もうちょい~」


「アイスありますよ?」


「…………はーげん?」


「しかもイチゴです」


「え~気が利くぅ………」


「……だから、ほら。立ってください」


「立てなーいwむーりーw」


「明日香が動いてくれないと僕はもっと動けないんですけど……」


「はいはいw仕方ないなぁww」


 こうしてふざけ合いながら湯船から出て、いつも通り明日香の髪を乾かしてあげることになった。


「ドライヤー熱くないですか?」


「いいかんじ~」


 ふたりきりのリビングでのんびり過ごす。明日香に兄弟はおらず、母親とのふたり暮らし。そんな母親も仕事で家に居ないことが多く、付き合ってからはひとりは寂しいからと呼ばれることがあった。だからその日は何かをするわけでもなく、ゆっくりと過ごすことに決めている。夕食を食べ、お風呂には入り、寝る。それだけ。

 僕の家との距離があるのでそこそこの交通費がかかるが………ご愛敬というやつだ。





「………よぉし康一。うつ伏せになりな」


「なんですか急に」


 風呂上がりのアイスを食べ終え、後は寝るだけだと思っていたのだが、明日香からそんな提案をされた。


「いいからいいから~お礼だよ~」


「は、はぁ……」


 そう言われるがままリビングにあるソファの上にうつ伏せになると、いきなり腰に乗っかられた。


「ヴっ……………」


「…なにその声。重いって言いたいわけ?」


「いや……いきなりだったから…………」


「ふーーーん?………まぁいいや。じゃあマッサージしていきますねー」


 柔らかくて細い明日香の指や手のひらが背中や肩。腰回りをぐりぐりっとマッサージしてくれる。


「どうですか……痛くないですかぁ……?」


「めっちゃ気持ちいいです……」


「ならよかった………」


 そんな丁寧なマッサージをしながら、明日香は少し申し訳なさそうに呟いた。


「…あのさ………今日もありがとね」


「………彼氏ですから」


「カッコつけやがって~………えいっ!」


「ぐっ……!??」


 優しく肩を揉んでいたかと思えば突然力をぎゅっと込められる。


「あの……明日香…………」


「……借りは返すって、私言ったよね」


「……本当にごめんなさい許してください」


「いつもの仕返し。泣いても許してあーげない!」

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