第30話 2学期にて
あまりにも濃い夏休みが明けた始業式の日。矢野と久しぶりに学校へと向かっていた。
「俺の夏が終わっちまった………」
「まだこれからだって」
「お前は彼女出来たからいいだろうけどよ…俺は未だに独り身なんだけど???」
僕らの関係の事は互いに信じられる友人にだけ伝えることにしている。
僕の場合だと矢野に。明日香は楠根さんに伝えているそうだ。
「にしても……なんで前みたいな髪型に戻ってんの?夏休みはあんなにイケイケだったのにw」
「あんな陽キャみたいなノリで学校に通えるほどの勇気は僕にはないんだよ」
「……変なとこで卑屈なのは治らねぇな」
僕としてはあまり目立ちたくないのだ。だから付き合っている事実もなるべく隠したい。
明日香は嫌そうだったけど。
「そういうとこ治さねぇとフラれるかもな~やっぱ女子は男らしい男が好きだろうからw」
「…………分かってるよ」
矢野の言うことももっともだろう。どこかで覚悟は決めなければいけない。
そもそも今の僕らの関係もいつまでも隠し通せるものじゃない。それに公表しないということは明日香に告白する男だってこれから先も現れるってことで……もしかしたら海藤の時みたいな事件も起きる可能性だって……いやでも…………
「あぁぁぁぁあぁ…………」
「……贅沢な悩みだなw」
「だってさぁ…………」
そんな情けない悩みを抱えつつ、新学期を迎えた教室へとやってきたのだが……
「ねえ明日香!彼氏出来たってホント!?」
「ブフッッ!?」
とんでもない事を女子の1人が明日香に向かって大声で尋ねているのだった。
「大声でなに言ってんの!?」
「だって気になるじゃん!で、どうなの!」
聞かれている明日香も事態を把握できていなかった。
「矢野…………」
「違う違う!俺はんなことしねぇって!」
僕の疑いを必死に否定する矢野。確かにそういう事は言わない奴だが……だとすれば後は楠根さんに………あり得なくもないけど信じたくはない。
そう悩んでいると女子の口から話の根拠となる情報が飛び出してきた。
「しらばっくれても無駄だよ!だって花火大会!一緒に居たんでしょ!?」
「あー…………」
「それに駅で待ち合わせてるの見たって子もいるし……」
「それはー…………」
友達に詰め寄られながらどうしたものかと困惑している明日香。僕も完全に失念していた。付き合う前のデートも誰かに見られている可能性もあったに決まっているではないか。
一体どうすれば………早くも覚悟を決めなければならない時が……
「で、いつ知り合ったの!その他校の男子と!」
「「…………ん?」」
その女子の言葉に明日香と揃って首をかしげる。すると女子は更に続けた。
「とぼけてもムダだって!うちで見たことないイケメンと手繋いでたって聞いたもん!誰なの!」
話が理解できない。どういうことだ?まさか浮気??いや明日香に限って……いやいやまず疑うな僕。普通に男友達だろ。え?でも花火大会って……あー違う日だ。うん。僕だって明日香と毎日居たわけではない。そうだ。うんうん普通のことだ。
「……すごい顔してるぞお前」
「…………してない」
矢野に注意されながら必死に思考を巡らせていると、明日香は急に「あっ!!」と何か閃いたようで、いつもの悪い笑顔で語り始めた。
「………あーバレたかーー!そうなんだよねー!」
「は!!!??」
わざとクラス全体に聞こえるくらいの声量で噂を肯定する明日香。というか何を言っているんだ。全く理解が追い付かない。
「うっわマジ!?誰!!?どこ高!!?」
「ええ~それは言えないな~…でもすっごい良い人だよ~」
「いいなぁ!!いいなぁ!!」
彼氏を置いてけぼりにしたまま恋バナはヒートアップしていく。呆然としていると矢野が心配そうな目でこちらを見てきた。
「……まさかお前…妄想だったのか?」
「ち、違うってば!現実の……はず………」
妄想かと言われると自信が無くなってくる。でも流石に………僕はこの夏を明日香と過ごしたわけで………
「え、告白ってどっちから!?」
「もち彼氏~。花火大会の時に告られてさ~『ずっと前から好きでした!結婚を前提にお付き合いしてください!』ってw」
「けけけ結婚!?なんか重くね???」
「…………それは……私もそんくらい好きだから……」
「うひゃぁぁぁ!!!」
朝から凄まじいテンションでやり取りしている明日香達。するとまた別の女子がやってきて、話に混ざりだした。
「そのさ~イケメン君との写真とかないの~??」
「やだよ見せらんないもんw」
「なんで~??……まさか~!!?」
「違う違うwなに考えてんのバカw」
「……あ、ごめんメッセ返さなきゃ」
明日香は唐突にスマホをいじりだし、誰かに連絡をとっていたかと思いきや、僕のスマホに明日香からのメッセージが届いた。
『やっほー』
『私の彼氏の他校のイケメン君🎵』
「ねぇそれまさか!彼氏!?」
「……うん。そだよ」
「うわぁぁぁぁ!!見せつけてきたぁ!!」
「これはたっぷりと惚気を聞かせてもらわないとな~」
明日香からのメッセージ。そして告白の文言。夏休みに明日香と一緒に遊んでいたという見たことない男子。これだけの情報がそろえば流石の僕でも気づく。噂の他校の男子とは僕のことだろう。
だから今話している話も当然僕と明日香の事なのだが…なんとも言えない感情が渦巻き、そのまま明日香へと返信した。
『どういうつもりですか』
『康一と付き合ってるとは言ってないもん』
『そうですけど』
『だって友達に嘘つくのも嫌だし、私だ
って康一以外に告られたくないんだよ』
『もしかして~自分に嫉妬してる?』
「ヴっ…………」
明日香から図星をつかれて何も返せなくなる。自分の彼女が自分とは違う男の話をしてるみたいでどうにもムカムカしてたのを見透かされていたのだ。
『康一が我慢出来なくなったらさ、その時は
ちゃんと康一と付き合ってることにしてあ
げるw』
『また告白待ってるよw』
「おいおい~いつまでイチャついてんだ~?」
「トーク画面見せろ!イチャイチャ見せろ!」
「むりでーすw見せませーんww」
その後も繰り広げられる恋バナを聞こえないようにしてもどうしても明日香の声が耳に入ってしまう。クラスの女子からイケメンだと言われることはちょっとは嬉しいのだが…それ以上に……なんかこう…………僕と明日香との夏休みを他の男に上書きされてるみたいで……
「ぁぁぁぁぁあ…………」
「………幸せそうなこって」
「どこかだよ…………」
明らかな嫌味を言ってくる矢野に悪態をつきつつ、やっぱり明日香には敵わないということを思い知らされた新学期の始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます