第31話 体育館にて

「男らしさねぇ……んなこと俺に聞かれてもなぁ……」


 2学期が始まったとある昼休み。いつものように矢野と弁当を食べながら悩みを相談していた。


「とりあえず一人称『俺』にしてみる?」


「………関係あるか?」


「あるある。こういうのって気持ちの問題だろ。後は髪を夏休みの時くらい遊んでみるとか」


「……結構かかるんだぞ美容室って」


「いいだろ美人と付き合ってんだからそんくらい」


 確かに必要経費だと言われればそうかもしれない。だけど……それで変に目立って……調子乗ってるとか思われるのも……


「まさかお前、中学の頃の事まだ引きずってんの?」


「ヴぐっ…………」


「図星かwいいだろもうw時効だし、あの時に一生分目立っただろww」


「僕にとっては一生消えない傷なんだよ…」


 矢野に笑われながら昔の黒歴史を掘り返される。確かにアレのせいもあるが、忘れておきたいんだからやめてくれ。



「なーに話してんの?」


「っ!!?」


「あ、瀬名さん良いところにw」


 アレを思い出した恥ずかしさで悶々としていると、急に明日香が声をかけてきた。


「いやwコイツww中学の頃にwww」


「マジで!やめろ!!」


「えーーなになに気になるーw」


 人の黒歴史を話そうとする矢野を必死に止めにかかる。せめて話すなら自分から話させてくれ。


「明日香ー?まだー??」


「あ、ごめーん今行くー」


 教室の外から楠根さんが声をかけてきて、明日香は話を切り上げて教室から出ていった。


「お前………なんて事を……」


「いいだろ別にw悪い話じゃないんだしww一回話せばスッキリ忘れられるかもよ?w」


「他人事だと思って…………それならお前だってあん時はさ!!」


「なんだよ言ってみろw俺は過去は振り返らない男なんだよw」


「ぐぬぬ…………」


「それに目立つとか今更だってw気にしすぎww」


「それもそうだけど……」


 確かに前から明日香との事で注目は浴びていたが、それはあくまでも噂に過ぎなかった。でも今は事実なのだ。事実と噂ではなんかこう…心の余裕が…


「ま、愛想つかされないうちにな~」


「……分かってるってば」


 何回会議を開いても結論は同じ。

 結局は僕次第なのだ。僕と明日香が付き合っているからと何か起こるなんて方が考えにくい。茶化されはするだろうがそれくらいだ。そうそれくらい……別に…………



「ちょっといいかな?」


 自分の情けなさに頭を抱えていると、今度は橘くんから声をかけられた。


「また綾瀬くん借りてくね」


「あいよー」


「ちょ…まだ食べ終わって……」


「大丈夫。すぐ終わるから」


「あ………はい…」


 急いで残りの弁当を食べようとすると橘くんから肩を掴まれ、ニコッと微笑まれた。どこか威圧感を放っているそんな笑顔だった。


 そんなこんなで訪れたのは体育館。生徒は誰も居らず、がらんとしていた。


「ごめんね急に」


「いえ……」


「…………サクッと本題に入ろうか」


 橘くんは体育館に入るや否や、僕の方をみて少し申し訳なさそうに話し始めた。


「その……瀬名さんの話…なんだけど」

「………もしかして俺って余計なことしたかな?」


「…………はい?」


 言っている意味が分からず聞き返す。余計なこととは……?


「ほら夏休み前。君らが付き合ってるって噂を流すって話あったじゃん?」


「ありましたね」


「アレって少しでもふたりの関係が進展すればなーって思って提案したんだよね」


「……そうだったんですか?」


「……結構鈍感だね君。まぁいいや」

「それでその……瀬名さんに彼氏が出来たって話が今あるじゃん?」


「………………はぁ」


「それが綾瀬くんじゃないっぽいからさ、なんかこう……邪魔したかなぁ…って。もしそうだったら謝んないとなって」


「……なるほど」


 何が言いたいのかようやく理解出来てきた。でもそんなことを気にするなんて優しすぎるというかなんというか………橘くんには本当の事を伝えるべきかもしれない。

 そう思い、事の経緯を説明することにした。


「実は…ですね―――」






「…………なるほどね」


 一連の流れを聞き終わった橘くんは淡々と体育倉庫に向かうと、中からバレーボールを1つ取り出した。


「すいません紛らわしくて………」


「いやいや。瀬名さんが良いならそれでいいんだよ」


 橘くんは手にもっているバレーボールをバシンバシンと床に叩きつけながら何やら構えを取り出した。まるで今から試合でも始めるかのような形相で、こちらを見つめてきている。


「…えっと………それは…なにを……」


「……………フッ!!!」


 ズパーーーーン!!!!!



「…………へ??」


 ボールを宙に放ったかと思えば、すぐに跳躍し、浮いているボールめがけて凄まじい勢いで左腕を振り抜いた。

 とんでもない速度のボールは僕より少し遠めの右手前に着弾し、気持ちの良い音を体育館に響かせていた。


「………………あの……」


 突然の出来事で一歩も動けず、呆然と立ち尽くしたまま橘くんに問う。


「俺も聖人君子じゃないんだよ」


 僕の問いに答える橘くんの声色は聞いたこともないような殺意すら感じる低い声だった。


「好きな人がただでさえ彼氏が出来たって嬉しそうに話してるを聞くのすらキツイのに、その当の本人が『本当は隠したかったけど……』とか…ふざけんなって感じなんだよね」


「いゃ…………えっと……」


「ボール返してもらえる?」


「あ、はい………」


 足元に転がっていたボールを素直に返すと、それを受け取った橘くんはさらに溜め息をついた。


「はぁ………あのさ綾瀬くん。俺の言葉の意味分かってる?」


「……それは…もちろん」


「……キレてるって言ってんだけっ…ど!」


「ちょ……あっぶな!!?」


 今度は顔面スレスレにサーブされる。しかもさっきよりも速度が出ている。


「…………別にね、綾瀬くんにも信念があるならいいんだよ。分かるよ。恥ずかしいとか、そういう関係を秘密にしときたい理由なんてものはいくらでも出てくる」

「だったらさ、なんで俺の行動対して怒んないの?理不尽だとか、僕は間違ってないとかさ」


「もっかい聞かせて。なんで関係を隠しておきたかったの?」


「それは……隣に立つ自信が…………」


「…………ならなんで付き合ってんの?」

「自信がないならその椅子に座るなよ。今すぐどけ」


「えと…………それは……」



「本当は怖いんだろ。周囲の反応が」


「っ……………」


 黙ってしまう僕に対して橘くんは静かに怒りを抑えながら続けた。


「『綾瀬が彼氏とかありえない』とか『調子にのってるから脅そうぜ』とかありもしない反応が怖いんだろ」


「………………」



「もし言ってほしいんだったら俺がハッキリと言ってやる。君が瀬名さんの彼氏なんて絶対にありえない。そんなくだらない考えならとっとと別れろよ」


橘くんの言葉が突き刺さる。


だけど…………僕だって…………



「…………分かってんだよ」



「…………なに?」




「そんくらい分かってんだよ!!」


 僕は足元に転がっていたボールを掴み、精一杯の力を込めて橘くんに向けて投げつけた。

 だけど橘くんはそのボールをあっさりとキャッチし、何事もなかったかのように僕の方を見ていた。


「僕だって明日香の隣に胸を張っていたいんだよ………でも……怖いんだよ…僕が皆にどう思われてるのかって………考えちゃうんだよ……」


「いつまでもそうやって逃げるの?」


「………………」


「……あのさ、それって瀬名さんの気持ちも踏みにじってるって分かんない?」


「そんなつもりは……」


「君になくても事実そうなってる。だって考えてもみなよ。なんで瀬名さんはわざわざ彼氏の話をしてるの?」


「嘘をつきたくないからって……」


「それもあるだろうけどさ、その話をしてる時の瀬名さんの顔見たことある?めっっっちゃ楽しそうなんだよ?自慢の彼氏だってずっと言ってるんだよ?あそこが良くて、ここが良くてって。褒めてばっかりで胸焼けしそうだよ」

「今にして思えばまるで誰かに自信をつけて欲しかったんじゃないかな」


 明日香の話は確かにそんなことばっかり言っていたような気もする。だけどそれは単なる恋バナの一種なんだとずっと思ってた。


「それなのに君ときたらウジウジと…あんなに好かれてるのに卑屈になる要素がどこにあるの?そこが一番ムカつくんだよね」

「分かんない?瀬名さんだって君が情けないだけの男なら付き合ってることなんて隠したいんだよ。だって恥ずかしいからね。でも隠したくないってことは、良いところが沢山あるってことなんだよ。皆に自慢したいほどにね」


「………………だって」


「……分かるよ。怖いって気持ちはさ。だってあの瀬名さんだもん。かわいいし、皆から人気があるし、そんな高嶺の花と付き合ってるなんて萎縮するのも分かるさ」

「でもね、それが瀬名明日香と付き合うって事なんだよ。夢物語だけじゃない。君が掴んだ奇跡ってのはそれくらい重いものなんだよ」


「奇跡…………」



 確かにそうだ。あの時に明日香を助けて、話すようになって、こんな僕を好きになって貰えて、付き合って、まさしく奇跡のようなものだ。あまりに実感が湧かなくて、改めて言われてようやく気づいた。僕はあの瀬名明日香と付き合っている。それがどれほどの意味合いを持つのか、その重圧から逃げてきたんだ。


 そうだ……そうなんだ………



 逃げちゃいけない。それが人と付き合うってことの責任なんだ。




「…………ありがとう…本当に……」


「…………おっけ?なら戻ろっか」


 橘くんはいつものような優しい顔に戻ると、ボールを片付けに倉庫に向かおうとする。そんな橘くんを止めるために声をかけた。



「ちょっと待って!」


「……どしたの?」



 もう逃げない。その決意を曲げないためにもどうしてもやりたいことがある。


「…………もう1発お願い」


「…………本気で?」


「………………死なない程度に」


「……っwおっけwじゃあ殺す気でやるねw」


「ぇ……ちょ待っ――」


「これが……俺からのお祝…っい!!!」








「大丈夫か?なんか顔腫れてるけど……それに腕も赤いし……」


「ちょっとね……」


 放課後。橘くんからの受けた全力のお祝いを証を矢野に心配される。


「大丈夫ならいいけどよ…じゃあ帰ろうぜ」


「……ごめん今日は」


「ん?…………お、マジ??」


 友達と楽しそうに話している明日香の方を見ながら矢野の提案を断る。矢野も気づいてくれたようで、少し驚いていた。


「……それじゃ俺は一人で帰りますかね~」


「ごめん。ありがと」


 矢野を見送り、改めて覚悟を決める。教室に残ってる人も少ない。


 大丈夫………いける……大丈夫…!!



「それでさーww」


「…………あ、明日香…!」


「…………へ??」


 話している明日香の席へ行き、声をかける。周りの目が怖いが…………やるしかない……


「……一緒に…帰らな…かえ……帰ろう?」


「……………………」


「え、なになにどういう展開???」

「分かんな~い………」


 明日香は黙りこくってしまい、女子達からは不審な目で見られる。


 耐えられない………お願いだから早く……



「………もぉ…今楽しく話してたのにさぁ…仕方ないなぁ康一ってば……」


「「へ!!?」」


 照れながらも荷物を片付け始めた明日香を見て、女子達は目を見開いて驚愕していた。


「もっとタイミングってものがあると思うんだけど……まぁ仕方ないか。康一だしね」


「な、な、……え!!?なに!?どういう仲なの!??」

「明日香まさか浮気してるの~?」


「違う違うwwそんなんじゃないよw」


 明日香は少し恥ずかしそうにしながらも、僕の手を握ってハッキリと言葉にした。


「これ、私の自慢の彼氏だから。よろしくね?」


「お、お願いします………」


「「はぁぁぁぁぁぁ!!!???!?」」







「いやぁ面白かったねあのふたりwリアクション最高だったわww」


「僕は気が気じゃなかったですけど………」


 あの後怒涛の質問責めに合い、終わった頃にはすでに日が暮れかかっていた。


「私としては後1ヶ月はかかるかなーって思ってたんだけど……康一も成長したんだね」


「……いえ、橘くんのおかげです」


「……………優しすぎでしょアイツ」


「本当にいい人です」


 橘くんと話をするたびに正直考えてしまう。僕なんかよりもって。


 でも明日香に選んでもらったんだ。橘くんよりも好きだって。それは紛れもない事実なのだからもっと自信を持つべきなのだ。


「あーあー……そんないい人をフラせた男はどこのどいつなのかなーー」


「なんですか……」


「いーやー?ふと思っただけなんだけどねー」


「…………もう逃げませんから」


「ふーーーん??…………言ったな?」


「…言いましたとも」


 なにやら企んでいる明日香。マズイ。嫌な予感がする。



「中学の頃の話………聞かせてくれないかなぁ???」


「いや………それはぁ……」


「もう逃げないんだもんね???」


「ぁ………いやぁ……」


「ほれほれ。何があったんだい。明日香ちゃんに教えてよ~」


「誰にも言わないでくださいよ…」


「うんうん。当たり前じゃん」


「……………………包帯……」


「……包帯?」


「………その……右腕に……」


「????」


 やばい。この手の話題が伝わらない側の人間だ。純粋無垢な瞳が痛すぎる。


「怪我してたの?」


「ぃや……怪我なんてしてなくて…………」


「うん?」


「………秘められし…力…的な……」


「…………んん??」


「お願いしますもうやめてください逃がしてください死んでしまいます」


「そこまで言うなら聞かないけど………」

「もしかして茉莉に聞いたら分かる???」


「本当に!!!ダメですからね!!!?」


「なるほどwおっけーおっけー聞かないww」


 そう笑いながらもスマホをいじりだし、急に通話を始めた。


「あ、もしもし茉莉?あのさw聞きたいことあるだけどww」


「ちょっと!!!」


「なにwやめてwwあぶなっw大丈夫違うからwwただの女子トークだよw」


 なんとかやめさせようとスマホを取り上げようとするも避けられてしまい、結局は駅に着くまでの間、そんな攻防を続けるハメになってしまったのだった。







 一方その頃…



『だから違うってwwこらw』


『とりあえずやめてください!ほんとに!!』




「………………」




 なんでこんなの聞かされなきゃいけないの?

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