第19話 ふたりだけの教室にて
最初に見かけた時の印象は怖い人だった。
明らかに僕とは違う世界の住人。関わりたくすらなかった。
そんな彼女と初めて話したのは1年生の2学期。放課後の図書室だった。
「すいません……これ、お願いします」
「はーい」
借りていた本を返しにきた時のこと、受付に座っていた彼女に出会った。
「クラスと名前を教えてくださーい」
「えっと…1年3組の、綾瀬康一です」
「はいはい3組ねー………」
名簿の紙をパラパラと捲り、真面目に仕事に勤しむ。それまでの勝手に抱いていた印象とはかけ離れた真面目さに少し驚いた。
「…………はい。終わり。元の棚に戻しといてねー」
「ありがとうございます……」
軽く言葉を交わしただけ。それが僕と彼女との最初の出会い。
彼女は覚えていないようだが、僕は今でも覚えている。
まさかこんな関係になるとは思ってもいなかったけど。
ある日の放課後。夏休み前の最後の図書委員の仕事を終え、教室に戻る。
今までならそのまま帰っていたのだが…今日ばかりはそういうわけにもいかなかった。
「終わりました」
「おっつかれー」
教室に戻ると瀬名さんがひとりで勉強をしていた。もうテストは終わったというのに…とことん真面目な人だ。
「んじゃ帰りますかぁ~~」
ぐぐっと背を伸ばし、勉強の疲れを表す瀬名さん。背を反らしていることでその豊満な胸に目が吸い寄せられる。
「…………ん~~疲れたなぁ~~」
背を伸ばしながらこちらをチラチラと見てくる。僕の反応を楽しんでいるのだろうか。
「肩凝るなぁ…こんだけおっきいとなぁ…」
「そう…なんですか」
「………そうだ。綾瀬。肩揉んでよ」
瀬名さんは意地悪な顔でそう提案してくる。こういう流れもなんだか久しぶりな気がする。
「……分かりました」
「やったぁ」
瀬名さんからのお願いをスッと受け入れ、椅子の後ろに立ち、両肩に手を掛ける。
「んっ…………」
「あ、痛かった……ですか?」
「んーん………ちょっとビックリしただけ」
「なら……続けます…」
「ぅん。…………っ……ふぅ……」
瀬名さんの肩はしっかりと凝り固まっており、ちゃんと力を加えないとびくともせず、なかなか大変だった。
それだけならまだ良かったのだが……
「…………ぁ…ん……んぅ…………ゃ」
「あの…………瀬名さん?」
「えぇ………なぁに?」
「わざとやってますよね……」
「なんの……ことだか…ぁ……」
力を入れる度にいちいち色っぽい声を出してくる。これが辛い。
「だってぇ……綾瀬の(肩の)揉み方…上手なんだもん………」
「やさーしくしたり……ぎゅってしたり…たまにさわさわ撫でてくれたり………きもちぃなぁ……(肩の話)」
「してませんよそんな高度なこと……」
勝手に揉み方を捏造され、それっぽいことを囁かれる。この人は絶対に分かってて言ってる。
「………ねぇ綾瀬ぇ…固いとこあるでしょ?もっとコリコリってしていいよぉ……」
「…………………」
「あっ………そこ……いぃかも……」
誘われてる……のか?この前あんなことまでしたし…いやでもアレは恋人同士だったからしたってだけで………ここで手を出してしまえば負けな気がする………いやでももしかしたらアレで一線は既に越えてて………いや……
「……きもちぃなぁ」
「こんなきもちぃことされながらぁ……告白なんてされたらぁ………好きになっちゃうかもなぁ?」
「なる………ほど……」
「彼氏ならなぁ……肩だけじゃなくてぇ……凝りの原因の方もぉ……念入りに揉みほぐせるのになぁ……」
こちらを見上げ、悪い笑顔で訴えかけてくる。どうせいつもの流れだろう。分かっている。分かっているんだけど、言わないことには何も始まらない。もしかしたら今日かもしれないのだから。
「………好きです。付き合ってください」
「わぁ………大胆……でもぉ…」
「ちょっと下心がなぁ……そんなんじゃ付き合えないなぁ……私って誠実な人が好きだから……ごめんね?」
「…………なるほど分かりました」
分かっていたいつもの返しのはずなのに、どうしてだかこの日は無性にやり返したい気分になってしまった。そこで肩を揉んでいる手の力をぐっっと強めてみた。
「いっっ!?…ちょ………やめ……ッ!?」
「……凝ってますから」
「もう大丈夫!!もう大丈夫だから!!!」
「………いえ、誠実な男になるために最後まで続けさせてください」
「ごめんってば!!からかってごめんなさい!!ちょ……いったい!ねぇもぉ!ww」
「今日は許しません」
「綾瀬のくせになまい……っだから痛いってば!wせめてもうちょっと弱めてww」
「それだけ凝ってる証拠です」
「もぉwこの屈辱はいつか返すからなぁ!w」
そうして瀬名さんに怒られながらも、念入りに凝りをほぐしてあげたのだった。
「……………………」
そんな風にはしゃいでいる姿を誰かに見られているとも知らずに。
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