第18話 お出かけにて―2
―ここまでの瀬名視点でのあらすじ―
事の発端は文化祭を終え、週が明けたある日の事だった。
(今日も~綾瀬を~弄っちゃお~)
瀬名は綾瀬の図書委員でのシフトをこっそりと把握し、意気揚々と鼻歌混じりに放課後の図書室へと向かっていた。
だがしかし………
「………お願い!!」
図書室の方から親友の茉莉の声が聞こえてきたのだ。どうやら誰かと話しているようだ。気になった瀬名は何事かと聞き耳を立てた。
「お願い………今日だけでいいから……」
「………だめ?」
「…………分かり…ました……」
(んぅ!?綾瀬!!?)
綾瀬の声が聞こえ、チラリと姿を確認する。するとそこには親友に手を握られてドキマギしている綾瀬がいるではないか。
(なっ……なっ……浮気!!?)
付き合ってないのだから浮気では当然ない。だがその時の瀬名に正常な判断など出来るはずもなく、こっそりと後を追いかけたのだった。
(羨ましい…………)
ふたりが並んで歩き、学校帰りにフードコートを満喫してる様は瀬名の独占欲を高めるには充分だった。
その後、茉莉と分かれた綾瀬を問い詰め、自分への気持ちを確認することでその日は満足していた。
しかし、他の女に目移りするかも……という考えは消えず、どうしたものかと悩んでいると綾瀬が放課後の教室で教科書とにらめっこしているのを見つけた。
(そういえばもうすぐテストか……………そうだ!!!)
「あーやせ。なにしてーんの?」
「勉強です」
「ふーん……手伝ってあげよっか?」
綾瀬の成績があまりよくないことは知っている。中間の結果について話していた時に明らかに気まずそうにしていたからだ。
だから瀬名は勉強会を口実に、放課後の教室で綾瀬とふたりっきりになろうと画策していたのだが……
「………大丈夫です」
「…………ぇ?」
普通に断られた。日を改めて何回聞いても断られ続けた。
いつの間にかテスト期間になり、その頃には完全にムキになっていった瀬名は切り札を切ることにした。
「なってあげよっか?綾瀬の彼女にさ」
そこからの一連の流れは顔から火が出るかと思うほど恥ずかしかったが、どうにか綾瀬と勉強出来ることになってホッと一息ついた。
そうしてしばらくはいつも通り瀬名優勢で進んでいたテスト期間なのだが……最終日に事件が起きた。
(やば……答え合ってるし…………え……これじゃ……全部合格に…………)
ただ小テストを解いてもらうだけではつまらないので、綾瀬にご褒美を与えることにした。
他の友人用に少し難しく作問してあった小テストだ。いくら伸びてきたとはいえ、綾瀬の学力じゃ全部合格なんてありえない。なんなら数学はあえて難しめに作った。苦手な綾瀬には解けるはずがなかったのだ。
だが綾瀬。これを気合いで突破。見事に全部合格を果たした。
この結果に喜びつつも、焦りまくっている瀬名。こんなところで好きな人を発表するわけにはいかない。
となればやることは1つ。
「いやぁ……惜しかったね!!うん!」
嘘で乗りきる。
結果を発表した後はバレないようにすぐにファイルに入れ、時間がないと急かす。そうすることでなんとか誤魔化すことに成功?した。
しかし嘘をついた罪悪感から綾瀬に『好きな人』についてヒントを教えることにした。
想いを言葉にするのはとても緊張して、恥ずかしくて、瀬名は改めて綾瀬や橘のスゴさに気づけたのだった。
そんな尊敬の目を綾瀬に向けていると、綾瀬はいつもより真剣な表情で、いつもの言葉を告げたのだった。
「……瀬名さん。僕も……瀬名さんが好きです。付き合ってください」
(ひゃぁう!!!!?)
その告白は守りの体勢に入れていなかった瀬名にクリーンヒットし、そのまま想い人に全力のビンタをかますほどの暴走っぷりを発揮したのだった。
そうしてテスト期間を終え、五教科の結果が出揃った。そこで瀬名はまたしても頭を抱えることになるのだった。
まさかの綾瀬が赤点なし。つまりは彼女役が確定。その報告をしてくれた時、綾瀬は感謝しつつ、瀬名の心配をした。
「本当にありがとうございました。これも全部瀬名さんのおかげです。だからその……練習の話はなかったことにしても……」
実際綾瀬自身も達成できるとは思っていなかった。だから気をつかったのだろうが、それは逆に瀬名を刺激する事となった。
「今度の土曜!敬語禁止!!名字も禁止!!プランは綾瀬決め!!!以上!!!!」
「え、あ、……はい!!」
これ以上約束を破るわけにもいかなくなった瀬名は半ば強引に約束を取り付けた。
だが肝心のデート中はとにかく楽しんでいた。最近綾瀬に押され気味だった鬱憤を晴らすかの如く攻めに攻めた。
そんな最高の初デートが終わってしまうという寂しさから帰り道で何も話せないでいると、綾瀬からとんでもない爆弾(勘違い)が投下されたのだった…………
「ちょっとさ……休憩…しない?」
「………………へ!!???」
綾瀬とのデートの帰り道。明らかにそういう感じのホテルの前で休憩しようと提案された。
分かってる。絶対に違う。綾瀬はそんなことする男じゃない。
でも…………でもでも!!
「…………どうかな?」
だったらなんでこんな真剣な顔してるの!?
あっちの方にカフェあるけど今さらカフェ誘うくらいでこんな真剣な表情になる!?童貞じゃあるまいし!!(※童貞)
それになんかさっきから握ってくる力強いし!逃がさないぞってこと!?(※先に強くしたのは瀬名)
いや待て落ち着け私………落ち着け………綾瀬にホテルに誘う勇気があるわけない……そう。きっとそのままの意味のはずだ。だから問題はない……………
『休憩?いいよ!』
『じゃあ…ここ入ろうか』
『え!?いやここは流石に……』
『でも今日は僕の彼女だよね』
『ゃ……ダメだってば……女の子にそんな乱暴しちゃ……私じゃなかったら…嫌われちゃうよ?』
『僕が好きなのは、明日香だけだから』
うっっっっわカッコいい!!!!!(IQ2)
え!?綾瀬ってばそんな男らしい一面もあるの!?(※ただの妄想)
でもダメだよぉ……私たち付き合ってもないしぃ………こういうのはちゃんとした恋人同士になってからじゃないとぉ……
「……明日香さん?」
「はい!?」
ひとりで妄想に耽っていると、綾瀬が心配そうに覗き込んできた。さっきまで平気だった名前呼びもすっごい照れくさい。
「やっぱり…ダメかな?」
顔を真っ赤にして、はにかみながらそう呟く綾瀬。その顔を見た私は確信してしまった。
これ完全に誘ってる!!絶対にホテル!!もぉ仕方ないなぁ!!!今日は彼女だからね!!
「ダメじゃ……ないよ」
「っ………ホントに?」
ほらほらほらほら!!!嬉しそう!!!綾瀬も男だねぇ!!!でも絶対に主導権は握らせてあげないからね!!!
「………ねぇはやく。疲れた」
「じゃ、じゃあ………行こっか……」
そして綾瀬は私の手を引き、歩きだした。少し強引に引っ張られてるけどそれもまた良い。綾瀬にも男らしい一面が…………ん?
「あの…………あれ?」
「……どうかした?」
少しずつホテルから遠ざかっている。あ、もしかして別のホテルとか???
「えとぉ……どこまで歩くのかなぁって…」
「あー…ごめん。あそこで休憩しようかなって思って……」
申し訳なさそうに綾瀬が指を指した方向を見る。そこにはチェーン店のカフェが鎮座しており、その周りにホテルらしき物は見当たらなかった。
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
「…………えっと…明日香……さん?」
その事に気づいた瞬間、さっきまでのバカ騒ぎが嘘かのように一瞬で冷静になり、握っていた手を引き剥がしてから綾瀬に語りかけた。
「…………綾瀬くん?」
「スゥゥーー……………なんでしょう」
「今回のデートは赤点とします」
「えぇ!!?」
「大体さ、明日香『さん』ってなに?普通呼び捨てだよ?彼女にさん付けするの??しないでしょ???」
「はい……すいません……」
なんだかんだ結局カフェに入り、奢らせたコーヒーを飲みながら、さっきまでの勘違いの恥ずかしさを誤魔化すための説教を始めた。
「まったくもぉ………」
私からの説教を受けた綾瀬はすごく落ち込んでしまっていた。元はと言えば私が勝手に勘違いして勝手に盛り上がっただけなのに……それに今の関係だって私のせいだ。
もう文化祭前とは違う。私は綾瀬が好きだって自覚している。それは綾瀬も薄々気づいているはず。
だったら綾瀬はどう思ってるんだろう。
この前ビンタだってしちゃったし………今だって上から目線で説教をしてしまった。
からかうだけからかって告白は断る。めんどくさい女だって思われてるんだろうか。
もし。もしも。綾瀬の事を好きだって言い出す女子が今後現れるとして……その時、綾瀬はどうするんだろう。
やっぱり綾瀬も「好き」って言葉にしてもらった方が嬉しいはずだ。こんな意気地無しの女なんて忘れて、勇気のある別の女子の事が好きになるかもしれない。
…………………こわいな。
「…………瀬名さん?どうしました?」
「……ううん。なんでもない」
改めて意識してしまうともうダメだ。まともに綾瀬の顔すら見れなくなってしまう。
「帰ろっか」
しんみりとした空気になってしまい、そのまま帰ることにした。折角の楽しかったデートをこんな風に終わらせてしまった。
もっと言えることはあったはずだ。もっとやれることはあったはずだ。なのに、私は綾瀬の彼女になりきれなかった。
恥ずかしかったから。リードされてると「好き」になっちゃいそうだったから。今日だけで終わらせたくないって思っちゃいそうだったから。
「………………」
電車の中でも綾瀬は何も話すことはなかった。暗くなっている私に気を遣ってくれているのかもしれない。
いつの間にか私の家の最寄り駅に着き、綾瀬が家まで送ってくれることになった。
私の隣を歩いている綾瀬の顔は緊張してて、まるで初めてあった日みたいだった。
「……………ありがと」
「いえ……どういたしまして」
マンションの下まで送ってもらう。軽く挨拶を交わして、綾瀬は歩いてきた道を戻っていった。
ダメだ。このままじゃ。綾瀬が遠くに行っちゃう。そんな気がする。止めなきゃ。
「あや…………康一!!」
「!?…………なんですか?」
私の叫びに綾瀬は足を止め、振り向いてくれた。でもその後の事なんて考えてなかった。家にはお母さんいるし、近くの飲食店もそろそろ閉まる。どこか…………あ!
「えっとさ、まだ電車の時間あるよね?」
「あります……けど…」
「ならさ……そこのさ、公園で休憩…しない?」
私が指を指したのはマンションの前にある小さな公園。ベンチと滑り台だけしかない本当に小さな公園だ。
「……分かりました」
突然の私の提案にも関わらず、綾瀬はすぐに受け入れてくれた。
そうしてふたりで並んでベンチに座る。ずっと緊張しっぱなしの綾瀬が、震えた声で話しかけてきてくれた。
「…………今日はその…すいませんでした」
「………こっちこそ。ごめん」
お互いに謝り、またもや無言の時間が続く。
電車の時間もギリギリだ。こんなことをしてる場合ではない。
なのに……言葉が出ない………
綾瀬はあんなにハッキリと言ってくれるのに…私はなんて情けないんだ……
「えっと……あ、明日香………っ……」
「…………なーに」
名前を呼ばれた嬉しさを隠すために素っ気なく返す。
「…………その服…めっちゃかわいい…似合ってる……クレープ食べてる時も…かわいくて、水着も全部似合ってた……他の男には見せてほしくないくらいには」
「………なにそれw今更?」
「だって………なんか恥ずかしくて…言えなくて……」
恐らくは赤点の原因を綾瀬なりに必死に考えていたのだろう。
別に綾瀬の反応を見てたら大体想像はついてたけど…うん。でも言葉にされるとやっぱり嬉しい。
「…………本当に好きだなって…思えた」
「だから今日は…ごめん。次はもっと頑張るから………その……」
「次って……今日だけだって言ったじゃんw」
「ぐっ…………そう……だよね…」
今日だけ………か。
そうか今日だけは…私は綾瀬の彼女なんだ。
「………ねぇ康一」
「はい………」
私の次の言葉を待ち、緊張している綾瀬。
何を言うべきか、そんなことはあの日からずっと決まっている。
好きな彼氏に伝えるべき言葉なんて1つしかない。
「…………好きだよ。大好き」
「ぇ……ぁ………えっと……え???」
唐突な告白を理解できていない綾瀬。でも一度口に出したらもう止まらなかった。
「なんで驚いてるの?今日だけは康一の彼女だよ?彼女なら当たり前じゃんw」
「いやでも……………えっと……」
「……康一は言ってくれないの?」
「待ってください…………情報の整理が……追い付かない…………」
「あーあー……彼女が好きって言ってるのに康一は返してくれないんだー。悲しいなー」
「そういうわけでは……!!」
「………だったらほら。ん。ちょうだい」
手招きして煽る。綾瀬は一度大きく深呼吸をすると、真剣な顔で私と向き合った。
「………僕も、明日香のこと…愛してる」
「ッ!?……ちょ……愛してるは……反則じゃん…………」
見事なカウンターをお見舞いされ、全身に熱が宿る。ずるい。本当にずるい男だ。
「ごめん………つい……」
私の反則という言葉に対して謝ってくる綾瀬。そういう意味じゃないんだけど……まずはその謝り癖を治さないとね。
「ねぇ、謝るの禁止って言ったよね?」
「あーーー……ごめ――」
「…………っはぁ……禁止だってば」
「ぇ、あ、ぇ……いま………え……」
「……なに。もいっかいされたいわけ?」
「ぃや………そういうわけでは…………」
「…………今日だけだよ」
「待ってください!!ちょ――」
「……………今は、これで許して」
「絶対に………綾瀬の気持ちには答えるから…………私も頑張るから……」
「………………後10年は待てそうです」
「……っぷwwなにw綾瀬のクセに変なこと言うんだねwww」
「いやもぅ………無理です……頭回りません…………」
「もーwwこれだから童貞はーwwこの先が思いやられますなぁww」
その後、電車がなくなるギリギリまでふたりで話しながら過ごし、この日限りの特別な関係を時間いっぱい満喫したのだった。
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