第12話 駅のホームにて

 電車が目の前を去っていく。一体何をしているのだろうか。こんなことをしたところで何も変わらないことなんて分かっているのに。


 しばらくすると反対側の電車も去り、これで本当にホームにひとりになっ………………



「………………」


「………………」



 目が合った。おかしい。さっきまで電車に乗ろうとしていたはずなのに。どうしてひとりでベンチに座っているのだろうか。

 この意味不明な現状に頭を悩ませていると、反対にいるその人が何やらジェスチャーを始めた。


 スマホを指して………電話……?僕を指差して………


 まさかと思いすぐにLINEを確認する。すると「新しい友達」という全く使ってこなかった欄にひとりの女子の名前があった。


 僕はそのアカウントをすぐに追加し、反対のホームに向かって大きく頷く。するとすぐに通話がかかってきて、慌てながらも僕は通話に出た。



「はい………もしもし……」


『もっしー。なにしてんのー?』



 それはこっちの台詞なのだが……


「えっと……片付けが遅くなって、急いで来たんですけど間に合わなくて……」


『なるほどwそれは残念w』


 お互いの姿を確認しながら通話をする。瀬名さんはベンチに座ったまま足をブラブラと揺らしていた。



「そういう瀬名さんはどうして……?」


『私?私はねー…………』


 僕と同じように今来たのだと誤魔化すかと思っていたのだが、瀬名さんからの返しはとても強烈なものだった。


『……さっき会議終わってさ。橘と来たんだけどー』



『告白されたんだ。好きです。付き合ってください。って』


「え…………」


 あまりの衝撃にスマホを落としそうになる。そんな僕を無視して瀬名さんは続けた。


『いやぁ……めっちゃカッコよかったよ?カッコよすぎておっけーしちゃおうかと思ったw』


「ぇ……へ……?……はい?」


 まさに情報量の暴力。

 つまり?フッたということ?どうして?あんな楽しそうに話してて…しかも告白だって瀬名さんの思い描いているような告白だったはずだ。



『…フッた理由は簡単だよ?好きな人いるって言ったじゃん?こう見えて私ってば一途なんだよ?』



 確かにそれは言っていたが……てっきりその好きな人というのが橘くんだとばかり…というか橘くんをも凌ぐ男がいるということか?



 そうして自分の世界に入り込んでしまい、瀬名さんに何も返せないでいると、瀬名さんから強めの口調で声をかけられた。


『……おいこら。なんか返事しろ』


「あ、ごめんなさい………えと……」


『はぁもぉ…………ったく……』


 通話越しにも呆れられている事が分かる。折角のチャンスなのに何も言葉が出てこない。何を話せばいいのか。そう悩んでいると瀬名さんはいつもより真剣な声色になった。



『ねぇ綾瀬』


「は、はい!」


『………告白、しないの?』


「ぇ…………いま……ですか?」


『そう。今』



 いつもよりも唐突な頼み。それが何を意味するのか、僕の頭では到底理解出来なかった。


『………とられちゃうよ?橘みたいなカッコよくて、優しくて、将来有望な男にさ』

『やっぱり気が変わったって、おっけーしちゃうかもよ?』


「いや……でも…………」


 あまりに突然すぎて頭がパンクしそうになる。瀬名さんの言葉の意味。そのまま受け取ればそれはまるで………



『橘をフラせた責任。取ってくれないと困るんだけど?』


「ッ!!!」



 心のどこかで考えていたことがあった。


 いくらからかうだけとはいえ、告白なんて何回もされたいのだろうか。


 顔を真っ赤にして、恥ずかしい想いを我慢してまでからかう理由なんてあるのだろうか。



 勘違いだと。自分に言い聞かせてきた想い。



 しかし、その想いが勘違いじゃないとすれば。


 だとすれば、僕が返すべき言葉なんてひとつしかないはすだ。




「………瀬名さん。好きです。僕と…付き合ってください」



 瀬名さんからの返事はない。時間にすれば1分もなかった沈黙なのだが、僕にとっては永遠かとも思えた静寂の時だった。


 そしてついに……



『………ごめんなさい』



 いつも通りの分かりきった返事。だけどどういう訳だかスッと頭に入ってきた。



「……ッ…理由を聞いてもいいですか?」


『さっきも言ったけど、私、好きな人いるんだよ?すっごい一途なんだから』


「……その人は幸せ者ですね」


『それは……どうだろねwもしかしたら世界一の苦労人かもw』


 余裕綽々といった態度の瀬名さん。その余裕をなんとか崩してやろうと反撃することにした。



「ちなみに……僕の知ってる人ですか?」


『ピャッ……!?』



 通話越しに奇声があがる。僕がその事に言及するなんて思っていなかったようだ。


『えっと……どう、だろうなぁ……ぇ……や…知ってるかも………いゃ……』


 珍しく歯切れの悪い瀬名さん。その様子をもう少し聞いていても良かったのだが、今は答えてくれないだろう。


「………その人なら、瀬名さんを幸せに出来ると思いますか?」


『………………調子乗りすぎ…』


「なんのことやら」



 僕が白々しくとぼけてみせると、瀬名さんは一度大きな溜め息をつき、かと思えばいつものような明るい声色になった。



『先の事は分かんないけど……ひとつ確かなことはあるよ』


「……それは?」



『今は…めっちゃ幸せ』


「…………なら良かったです」





『……てか打ち上げこないの??矢野くん心配してたよ?』


「いやぁ……今フラれた相手がいる打ち上げはちょっと…」


『まぁそれはそっかww分かるw私も気まずいもんw』



 その後は電車が来るまで他愛もない話をしてのんびりと過ごし、僕らの文化祭は奇妙な関係のまま幕を閉じるのだった。

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