第11話 文化祭にて―2
忙しくも楽しい準備期間は一瞬で過ぎ、いつの間にか文化祭当日を迎えていた。
私たちのクラスは朝から大忙しで、あれやこれやと準備に追われていた。
開始時間ギリギリになって最終確認が間に合い、更にそこから急いでメイド服に着替える。私のシフトまでには時間はあるが、どうしてもすぐに見せたい相手がいたからだ。
なのに…………!!
「綾瀬っすか?そういや見てないっすね…」
「そっか…ありがと!」
いくら探しても教室の辺りを探しても見当たらない。友達の矢野くんに聞いても知らないとのことだった。
「一体どこに……ぁ、いらっしゃいませ!」
探しながらも来てくれる人に笑顔で接客をする。ある程度予想はしていたがとんでもない盛り上がりだ。
この周辺にはいない。だが確かに朝は教室にいたはずだ。ならば学校には来ているはず…
「………ねぇ早稀!プラカード貸して!」
「え?いいけど………」
「せんきゅ!もっとお客集めてくる!」
友人が持っていたプラカードを半ば強引に奪い取り、心当たりのある場所へと急ぐ。道中でもしっかりと我々のクラスの宣伝をしながらひたすらに急ぐ。
「やっと見つけた…………」
思った通りに図書のブースで目当ての男子を発見した。
「仕事熱心なのは良いことなんだけどさぁ……少しはゆっくり生きなよ?」
どこか疲れている顔をしている男子に声をかけると、周囲の視線が集まっていることに気付いた。
「え、かわい………どこのクラスだろ……」
「あ、2年2組でーす!見ての通りメイド喫茶でーす!コーヒーめちゃうまですよー!」
「へー…ねぇねぇ行こうよ!面白そうじゃん!」
「分かったから引っ張るなって…」
「お待ちしてまーす!」
ついでの目的でもある客引きも怠らない。クラスの皆の為に頑張らなくては。
「なに……してるんですか?」
「ん?見て分かんない?客引きだよ客引き。私がうろつくことで宣伝効果倍増ってわけ!」
「いやでもシフト……」
もうすぐシフトの時間だと言いたいのだろう。そんなことは私が一番よく分かってる。だけどそれよりも優先したいことがあったのだ。
「クラスの皆にお願いしてやらせてもらってるの。シフトまでには帰ってくるからって」
「なんでわざわざ……」
本当のことを言うと恥ずかしいので嘘をつく。だけど男子はその事に気付いてくれず、「意味が分からない」といった顔をしていた。
「察しわっっる……マジでさぁ……」
理不尽な悪態をつき、時間を確認する。周囲の目もあるし、これ以上長居するのは迷惑だろうと考え、男子にデコピンをかました。
「はい時間切れ」
「えと…………ごめんなさい……」
「………次はもっと頑張るよーーに」
欲しい言葉がなかったことに対するモヤモヤを誤魔化すかのように自分のクラスへと戻るのだった。
「いらっしゃいませ。ご主人様。」
「……明日香?顔怖いよ?」
「そんなことありません。」
「いや怖いって……」
クラスに戻り、接客をしていると茉莉がやってきて、私を指名してきた。
本来ならそんなシステムはないのだが、駄々をこねられても困るのでお望み通りに相手をしてあげることにした。
「ご注文は?」
「…………明日香の笑顔!」
「怒るよ」
「なんでぇ!?」
先日の茉莉の不満がよく分かる。男子なんてそんなもんだと分かってはいるが、それでも期待しているのだ。欲しい言葉をくれるって。私の気持ちを理解してくれるって。身勝手なのは理解している。
でも、でもでも!
「はぁぁぁぁ……」
「ついに溜め息まで……大丈夫?お疲れなの?」
「ごめん……大丈夫…」
その後もメイド喫茶は大盛況で、私はシフトが終わってもクラスを手伝い続けた。
目が回るかのような忙しさであっという間に時間は過ぎていき、見事我々のクラスが売上一位と最優秀賞に選ばれることになったのだった。
皆で教室の後片付けをし、実行委員の会議に参加。終わる頃には校舎に人影は少なくなっていた。
「いやぁ……終わったねぇ……」
「忙しすぎて倒れるかと思ったよ……w」
橘と共に駅へと歩く。既に打ち上げは始まっているということで、なるべく早歩きで向かう。
「メイド服貰っちゃったけど……使う機会あるかなぁ?w」
「普通に考えたら無いだろうねw」
そんな会話をしながらサッと改札を抜け、ちょうどよく空いていたベンチにふたりで腰かける。
「んっ…………んーーー……はぁ……」
「本当にお疲れ様……シフト以外でも働いてくれて助かったよ」
ぐっと背伸びをしていると橘から感謝された。そういう橘こそずっと働いていたのに……ちょっと優しすぎる気がする。
「そっちこそ。お疲れ様です。私の相手してて疲れなかった?w」
「そんなことない……って言いたいけど流石に疲れたかなw」
「言ってくれるじゃないのw」
「だって……周りの目が…さw」
「??」
橘はそうはにかむと、少しバツが悪そうな顔をしていた。理由を聞こうとしているとホームに改札の甲高い音が響き渡った。
「……きたきた。はいスタンダップ」
その音に合わせてベンチから立ち上がり、黄色い線の近くまで歩こうとする。しかし橘は動く様子がなく、真剣な表情をしていた。
「どした?もしかしてお腹痛いとか?」
「そうじゃないんだけど…うん。よし」
橘は周囲を確認し、大きく深呼吸をしてから立ち上がり、私の目の前に立ち、そして……
「好きです。付き合ってください」
「へ………………??」
告白された。
真っ直ぐで、力強くて、とてもカッコいい。そんな告白。
「えと………マジ?」
困惑する私の問いに、橘は大きく頷いて話を続けた。
「この期間中でたくさん君のことを見て、隣にいて気付いたんだ。人一倍頑張って、走り回っていたのにそれを他の人に見せようとしない。それどころか皆の手助けまでしてくれて…俺はそんな君の姿をいつの間にか目で追うようになっていたんだ」
「………だから…これから先も隣にいて欲しいって…そう…思って……」
「そっか……………ありがとね……」
電車の音が近くなる。それと同時に私の胸の鼓動も速くなる。
イケメンだし、優しいし、話も合うし、悪い噂も何もない。告白も真っ直ぐしてくれたし、茉莉の言う通りのまさしく優良物件だ。
断る理由がない。
けど………
『…………瀬名さんから離れろって言ってんだよこのクズ野郎!!!』
あの日、バカみたいに震えてたのに、私の為に声を荒げてくれた。
『……す、…好きです………』
あの日、からかうだけだったはずなのにあんな事を言われて驚いてしまった。
『前から好きだったんです。瀬名さんのこと』
あの日、私から疑われて、嘘でも乗りきれたはずなのに、逃げることはなかった。
『………瀬名さんの事が、大好き……です』
大好きって……言ってくれた。
『……もちろん。好きです』
生意気にも私の目を見て言ってくれるようになった。
『好きなの?』
あの日の茉莉の言葉。
なんであんなに身体が熱くなったのか。
その理由をずっと分かんないフリをしてた。
だってそれ認めたら私がチョロい女みたいじゃん。
でも今、目の前の男子から告白されて分かった。
私は…………私には……
「………ごめん橘」
ポツリと溢す。それを聞いた橘は唇を噛み、私の言葉を待った。
「私さ……好きな人、いるんだ。だからさ、橘の気持ちには…答えられない」
「……そっかぁ」
上を向き、体を震わせる橘。ギリギリと握っている拳から感情が伝わってくるようだ。
「っーーーーー…はぁ…………すぅぅぅ……はぁぁぁぁあ……」
「……ぷっwごめんwwちょw」
特大の溜め息と深呼吸を繰り返すのがツボに入ってしまい、笑ってしまった。そんな私につられたのか橘からも力が抜け、笑みがこぼれた。
「笑わないでよwめっちゃ緊張したんだからw」
「ごめんごめんwほんとにwww」
ふたりで笑い合っていると、到着した電車のドアが開き、中から人が降りてきた。
「……え、今から同じ電車乗るの?マジ?w」
「俺はかまわないよw」
「んーー……ちょっと私はムリかもw顔アッツいし………次の快速で行くからさ、あっちで待っててよw」
「うん了解。それじゃあ待ってる」
橘は私の隣を通りすぎ、電車に乗ってこちらに振り向くと、いつもみたいな優しい笑顔を向けてくれた。
「……そっちも頑張ってね」
「……………余計なお世話」
最後まで優しすぎる男だなぁと感じると共に、こんな優良物件をフラせた責任をどう取らせたものかと、再びベンチに座ってひとりになったホームで考えることにしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます