第10話 文化祭にて―1

 文化祭の準備期間はあっという間にすぎ、いつの間にか本番は明日に迫ってきていた。

 その間ずっと忙しそうにしていた瀬名さんと話すことはなく、僕も僕で図書の仕事を断りきれずに淡々とこなす日々を送るだけ。

 結局当日も仕事を割り振られてしまい、しかも矢野から聞いた情報では僕が図書で働いている時に瀬名さんもシフトに入っているようで、一緒に働くことすらも出来ないといった現状なのだ。

 衣装合わせも女子が秘密裏に行っており、男子は当日のお楽しみということになっている。


 そんな若干の疎外感すら感じる文化祭期間で、気になることがあった。



「ねぇ橘。ここミスってない?」


「え、あ、本当だ。ごめん直しとく」


「いいよ。私がやっとく。橘はマニュアル見直してて」


「……ありがとう。じゃあお願い」


 前日ということもあり、珍しくクラスの手伝いに参加することとなったのだが、目の前での瀬名さんと橘くんの会話が気になって仕方がない。

 橘くん自身に悪い噂なんてものはひとつもない。なんならすっっごくいい人だ。そんな橘くんと話している時の瀬名さんの顔はとっても柔らかくて、僕の前で見せているイタズラっぽい顔とは正反対だった。


 まるで恋する乙女のような。そんなかわいらしい笑顔だった。


「あ、綾瀬くん。ちょっといい?」


「は、はい!」


 特にやることも分からなくてボケっとしていると橘くんから声をかけられた。


「この机さ、運ぶの手伝って貰ってもいい?」


「あ、はい……」


「ありがとう。助かるよ」


「いえ………これくらいなら…」


 にっこりと優しい笑顔で頭を下げられ、何故か申し訳なくなってしまう。


「……………ッ…ぁぅ…」


 視線を感じたので横をチラリと見ると瀬名さんと目があってしまう。だが瀬名さんはすぐに顔を背け、声をかけられることもなかった。


 その行為が何を意味しているかなんて分からない。だか変なことをばかりを考えてしまう。



 そんなこともあり、瀬名さんとの距離が遠くなっていくのを感じつつ、いつの間にか文化祭の一般公開の日を迎えているのだった。





 文化祭当日。

 クラスでの居場所がない僕は始まった瞬間に図書のブースへと直行し、司書の先生にお願いして仕事を手伝うことにした。


 仕事といっても図書ブースで行っているのは読み聞かせと古本販売。基本的にはそれぞれシフトが決められているので僕はただ突っ立っているだけ。仕事なんてないようなものだ。


 だがそれでもクラスにいるよりは良かった。まともに準備期間に居なかったのに今更手伝ったところでどうすることも出来ない。


 自分のシフトの時間になるのを棒立ちしながら待つ。訪れてくれている人たちはみんな楽しそうで、まるで別の時間を生きているようだった。



「うっわ見てこれ!欲しかったやつ!」


「……買ってあげようか?」


「マジ!?ありがと!!」



 一際大きな声で楽しんでいる他校の制服を着ている男女。女子の方はまるで瀬名さんのようなギャル。一方の男子もまるで橘くんのようなイケメン。どこからどうみてもお似合い…といったカップルだった。


 そんな彼らを見て、考える。


 やっぱり瀬名さんと僕とでは住んでる世界が違う。瀬名さんには橘くんや他の男子の方が良いに決まっている。


 僕みたいなつまらない男が瀬名さんに釣り合うわけがない。瀬名さんの友達の言う通りだ。


 分かっていた。そのくらい。分かってはいたのだが…………




「やっと見つけた…………」


 聞き覚えのある声で急に現実に引き戻される。それと同時に周囲がザワザワしてることにも気付き、その騒ぎを起こしている人物と目があった。


「仕事熱心なのは良いことなんだけどさぁ……少しはゆっくり生きなよ?」


 その人物は所謂メイド服と呼ばれるものに身を包み、お手製のプラカードを手に持っていた。


「え、かわい………どこのクラスだろ……」


「あ、2年2組でーす!見ての通りメイド喫茶でーす!コーヒーめちゃうまですよー!」


「へー…ねぇねぇ行こうよ!面白そうじゃん!」


「分かったから引っ張るなって…」


「お待ちしてまーす!」



 百点満点の笑顔で他校の知らない人にも対応する瀬名さん。だが時間的にもうすぐシフトなはずだ。それなのにどうしてこんなところで客引きを……


「なに……してるんですか?」


「ん?見て分かんない?客引きだよ客引き。私がうろつくことで宣伝効果倍増ってわけ!」


「いやでもシフト……」


 言いたいことは分かるがそれは瀬名さんがするべき事なのだろうか。そう思って聞き返すと、瀬名さんは「はぁ……」と溜め息をついて呆れ気味に話し始めた。


「クラスの皆にお願いしてやらせてもらってるの。シフトまでには帰ってくるからって」


「なんでわざわざ……」


「察しわっっる……マジでさぁ……」


 そう呟きながら教室の時計を確認したかと思えば急に僕にデコピンをしてきた。


「はい時間切れ」


「えと…………ごめんなさい……」


「………次はもっと頑張るよーーに」


 瀬名さんはそう言い残すとどこか寂しそうに教室を出ていくのだった。







 正直後の事は覚えていない。いつの間にか文化祭は終わり、僕のいなかったクラスは見事に売上一位と最優秀賞を受け取ることとなった。

 ずっとクラスの手伝いをしていた矢野から「打ち上げいこうぜ」と誘われたが用事があると断ってしまった。


 どうにも行く気になれなかった。疎外感を感じるからということだけではない。今、瀬名さんと会うのは気まずいなんてもんじゃないからだ。


 そんなわけでクラスでの片付けも手伝わず、図書の片付けに専念することにした。

 思ってたよりも片付けは難航し、終わる頃には校舎の人影は少なくなっていた。


 今頃皆は打ち上げをしているのだろうか。そう考えながら帰り道を一人で歩く。とぼとぼと歩いていると気付いたころには駅に着いており、少し騒がしいホームの端っこで帰りの電車を待っていた。



 すると………



 反対側のホームにとある男女が現れた。男子の方はガタイがよくて、それでいてとても優しそうな雰囲気。

 そして女子の方は長めの明るい茶髪。決して見間違えることなんてない。僕の憧れで、好きな人だ。


 ふたりは反対側の僕に気付くことなんてなく、空いていたホームのベンチに並んで座った。実行委員だから残っていたのだろうか。これからふたりで打ち上げに合流するのだろうか。そう考えながらぼんやりと眺める。



 誰がどう見てもお似合いのカップルだ。


 そんな僕の気色の悪い視線を遮るかのように反対側のホームに電車がやってきた。

 その電車はふたりを乗せ、僕とは反対の方へと向かうのだろう。

 なんて当たり前なことを考えている僕の方へも電車がやってくる。

 これに乗れば二度と瀬名さんと関わることが出来なくなる。なんとなくそんな気がした。



 ひとりで考え込み、一歩が踏み出せずにいると、電車のドアは閉まり、僕はたったひとりで駅のホームへと取り残されてしまうのだった。

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