第9話 購買前にて

 文化祭への準備が着々と進んでいく中、放課後にクラスで飾り付けの用意をしていると、他のクラスのはずの茉莉まりが乗り込んできた。


「やっほー明日香。遊びにきたぜ」


「遊びにって…そっちの準備はいいわけ?」


「まぁまぁ!細かいことは気にしない気にしない!」


 構ってやりたい所ではあるが今は仕事中だ。実行委員である私がそんな気軽にサボれるわけがない。そう考えていると隣で作業していたもうひとりの実行委員である男子、橘くんが優しく声をかけてくれた。


「行ってきてもいいよ?ちょっとくらい息抜きしないと…瀬名さんは頑張ってるからね」


「ん……ありがと」


 そういう橘くんも頑張ってるのだが……とはいえこの優しさを無下にするわけにもいかないので丁度良い所で切り上げ、茉莉の元へと向かった。


「おまた……なにニヤついてんの」


「いやぁ???お似合いだなぁって」


「そんなんじゃないし……」


 茉莉に茶化され、恥ずかしくなった私はなるべく教室から離れるためにとりあえず校内をぶらつく事にした。


「優しそうな男子だね~?」


「実際優しいよ」


「イケメンだしぃ……部活は?体おっきいし運動部?」


「バレー部。結構上手なんだって」


「うわぉ優良物件!」


「こら」


 はしゃぐ茉莉を注意するように頭に軽くチョップをする。このまま私の話を続けられても癪なので茉莉の話をすることにした。


「ところで茉莉の方こそどうなの?彼氏とうまくいってんの?」


「…………まぁぼちぼち?」


 茉莉には同じクラスに彼氏がいる。とはいっても2年生になってから付き合い始めたのでそれほど月日は経っていない。まだ熱々な時期だろうに茉莉の顔は少し曇っていた。


「………なんかあった?」


「なんかってほどじゃないんだけど………最近好きって言ってくれなくて……」


「あー……言わなそうだよね……」


「昨日もさ、つい聞きたくなっちゃってさ、通話で『わたしのこと好き?』って聞いたんだけどさ……『当たり前じゃん?』って返されてさ……言葉にしてほしくて何度もお願いしたんだけどさ………『ハズイから無理』って誤魔化されちゃってさ……………ぅぅ…」


 決壊したダムの如く不満が溢れてくる。恐らく今日私のクラスに遊びにきたのはこれが原因なのだろう。

 そう思っていつになく元気のない茉莉を慰めるように頭を撫で、購買前の自販機でジュースを奢ってあげることにしたのだった。



「はぁぁぁぁ……」


「男子ってそんなもんだよ……ね?」


 茉莉は好きなオレンジジュースを飲みながら一際大きい溜め息をつく。「こりゃ重症だ」と思いながら慰めの言葉をかけ続ける。

 すると、茉莉が私の方をジトーって見てきて、とある事を聞いてきた。


「……あの男子のこと、明日香はどう思ってんの」


「だから…橘くんとはそんなんじゃ……」


「そっちじゃなくて!」


 少し大きめな声で否定される。茉莉自身も驚いていたようで、「ごめん」と呟き、話を続けた。


「ほらあの人………明日香のクラスの地味な男子」


「あー……もしかして綾瀬?」


「……多分そう」


「別に……綾瀬ともなんともないけど?」


「どう思ってるのって聞いてるんだけど」


「どうって…………えぇ?」


 強めの口調で詰められる。綾瀬への気持ちを聞いたところで何か変わるのだろうか?とも考えつつ、仕方ないので答えることにした。



 答える………ことに……



「…………………わっかんない」


「なにさ分かんないって」



 茉莉に更に詰め寄られる。私だって本音を話してあげたいのだが、考えれば考えるほど分からない。


「ただの友達……だと思うんだけど」


「…………分かった。じゃあ聞き方変える」




「好きなの?」


「ほ…………へ…」


 その言葉を聞いた瞬間、全身の血液が沸騰してるんじゃないかってくらい体が熱くなった。


「そそそそそそんなわけないじゃん!!!好きになる要素なんてないよ!!」


「…………じゃあ嫌い?」


「いや……嫌いって言うほどでも……」


 動揺しながら言葉を探している私を見て、茉莉は若干呆れながらも更に尋ねてきた。


「……最近、明日香がそのあやせって男子と一緒に帰ってるって聞いた」


「いやまぁ……それはさぁ……普通じゃん?」


「わたし言ったよね?あーいうのはどうせ…どうせ下心しかないんだって。勘違いしてストーカーになるって……」


 反論しようかとも思ったが、茉莉の言葉から少しずつ自信がなくなっているのに気付いた。恐らくは自分自身の彼氏との関係を重ねてしまっているのだろう。それなのに私のことを心配してくれている。本当に優しい子だ。


「……私は大丈夫だし、綾瀬もそんなんじゃないよ」


「…………やだ」


「え?なにが?」


「あんな奴ぜっったいに認めないもん!!!」


 茉莉はいつの間にか飲み終わっていたペットボトルを私に手渡すと、よく分からないことを叫びながら校舎の方をへと走り去っていったのだった。

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