第28話 頭脳戦にて
前回までのあらすじ
「………綾瀬くん。あなたの事が好きです」
ついに自分の気持ちを正直に伝えた瀬名。
だが彼女が外してしまった枷は純粋な恋心だけではなく、好きな男子とくんずほぐれつしたいという思春期特有の有り余る性欲も解き放ってしまった。
目が覚めると冷静になってしまったふたりはとりあえず空腹を満たすことにしたのだが…互いの脳裏にひとつの疑問が生じていたのだった。
時刻は22時。瀬名家リビングにて。
「……おいしい」
「でっしょー?私ってば料理も出来るんだよねー」
瀬名が作ったオムライスを食べる綾瀬。
よほど疲れているのかパクパクと食べ進める姿を嬉しそうに見つめている瀬名。
「………ほんとにおいしいです」
「…………よかったー」
そんな中身のない会話を起きてからずっっと続けている。互いに直前の行為について触れないようにしているのだ。
それは単に恥ずかしいからという理由だけではない。触れてしまえば必然的に確認しなくてはいけなくなる。
そう。
「「今の僕ら(私達)ってどういう関係?」」
と。
そんなの互いに好き同士でヤることヤったんだから恋人だろうと言われればそれまでなのだが、そんな上手く話が進めばここまで拗れてないのがこのふたり。というか主に瀬名。
そんなめんどくさい女「瀬名明日香」
彼女の頭の中はこうだ。
(好きとは言ったけど、付き合ってとは言ってないもんね。うん。だからまだ恋人じゃない。てかやだ。こんなんで恋人になりたくない。流れに身を任せて好きな人襲っちゃってなし崩し的に付き合ってますとか絶対にイヤ。ちゃんと告白されたい。てか綾瀬が確認するべきじゃん。私の事好きなんだから。そしたら「え?一回えっちしたくらいで彼氏面すんの?これだから童貞はww」ってからかって誤魔化して……うん!いける!)
要約:いつも通りの瀬名明日香
一方、無事に童貞を卒業した男「綾瀬康一」
(どうしよう。聞くべきなんだろうか。でも今さらそんなこと聞いたら怒らせるかも……「あんなに伝えたのに…私の気持ち分かってくれないんだ………」とかなんとかめんどくさ……すねられ…………とにかく、機嫌を損ねるかもしれない。そうなったらまた告白からやり直しとかって面倒な…………大変なことになる可能性もある。というか普通に考えたら付き合ってるよな?そういう合図なんだよな?いやでもあり得るのか……?陽キャの文化にはとりあえずセックスがあるのか…?いやでも瀬名さんもあんなに求めてきてたし……いやでも流石に…………いやでも……)
要約:いつも通りの綾瀬康一
かくしてふたりの思考は同じ結論を導きだす。
「綾瀬に『付き合ってる』って言わせてみせる……!!」
「瀬名さんの口から『付き合ってる』と聞きたい……!!」
これは、ヤることヤってしまって謎のテンションになってしまったバカップルによる、無駄なプライドをかけた恋愛頭脳戦である。
「…ねえ綾瀬。今度さ、プール行かない?」
「……プールですか?」
「そうプール!楽しいよ!」
先に仕掛けたのは瀬名。この作戦の本質はプールではなく、水着を着ることにあった。
以前のデートの際の綾瀬の言葉。そこに活路を見いだしたのだ。
『水着も全部似合ってた……他の男には見せてほしくないくらいには』
そう。他の男には見せたくないという明確な嫉妬。綾瀬のオスとしての独占欲に訴えかけることにした。
「ほらさ、初デートの時に買った水着あるじゃん?あれで一緒に泳ぎたいな~って!」
(ほら言え!「僕としては彼女の水着姿をあんまり見られたくないんですけど……」って!)
「………いいかもですね。プール」
「…………ぇ???」
「え??」
自分で提案しておいて何故か困惑する瀬名。本人は忘れているが既に水着よりも恥ずかしい姿を綾瀬に見せている。それによって綾瀬の男としての自信は大幅に強化。「僕は瀬名さんの裸を見ましたけど何か?」という鋼の精神を手に入れていた。
「えっと…行きたくないんですか?プール」
「え!?いや行きたいよ!?行きたいけどね!?綾瀬がこういうのに肯定的なの珍しいなって!」
「なるほど…………というか、その…ひとついいですか?」
「うんうん!なになに??」
「…………呼び方って、どうしますか?」
次に踏み込んだのは綾瀬。呼び方とはそう。名前である。
ついさっきまでお互いのことを名前で呼びあい、イチャイチャしていたわけだが……冷静になった今では普段通りの名字で呼びあっている。
そして綾瀬はここに勝機を見いだした。
彼女役とかいう今にして考えれば無理がある設定でイチャついている時のこと。瀬名から「彼女なんだから下の名前で呼ぶべきだ」という話をされた。
ならば今ならどうだ。上手くいけば
「確かに。付き合ってるんだから名前で呼ばなきゃね」
なんて言ってくれるかもしれない。
「…………康一」
「は、はい!?」
急に名前を呼ばれ、ビクッと体が跳ねた綾瀬。それを見た瀬名はニヤニヤしながら言葉を続けた。
「………康一ってば、名前で呼んで欲しいなら言ってくれればいいのに。それとも茉莉にしか呼ばれたくないとか?」
「いや…そんなことは……」
「………康一もいい加減敬語やめてよ?傷つくよ?」
「…………それは…」
「瀬名さんじゃなくて、明日香って呼んで。そろそろさ。ね?」
「ぐっ…………!」
瀬名のどちらにもとれる言葉で惑わされる綾瀬。そもそもだ。純粋な計り合いでは綾瀬に勝ち目はない。相手はこれまでの人生のほとんどを人とのコミュニケーションで暮らしてきた人間だ。最近やっと女子とどもらずに話せるようになった男とは次元が違う。
「ほらほら~明日香って呼んじゃえ~さっきまで呼んでたくせに~」
「……………………っ……!」
だがしかし、綾瀬にも綾瀬なりの強みがある。
それは……
「明日香。僕と結婚してください」
「………………は!!!??」
この思いきりの良さである。
何も適当に言っているわけではない。ちゃんと作戦がある。
今のふたりの関係がもし恋人ではないとすれば、瀬名の反応はこうなるはずだ。
「なにいってんの!?まだ付き合ってもないのに!?流石に気が早いよ!?」
これが聞ければいい。
そうすれば今の関係が分かる。
仮に付き合っているとしたらこうだ。
「………まだ早いよ?もっと恋人らしいことしてからプロポーズして欲しいな」
完璧な作戦だ。そう確信し、常人なら少しは躊躇うバカみたいに恥ずかしい台詞をなんの迷いもなく踏み切った。
だが綾瀬は失念していた。その思いきりの良さがぶっ刺さる、そんな綾瀬が大好きな女が相手だということを。
「…………けっこん……かぁ……そっかぁ………ぇ……ちょ……ぇぇ……w」
瀬名、まさかのガチ照れ。
ただでさえ名前を呼ばれたのに結婚の申し込みをされた日にはもう耐えられない。
「…康一は……私と結婚…したいんだ?」
「それは……そのぉ………そうなんですけど……」
「ふぅん?……まさか冗談で言ったの?」
「いや!!それだけは!!!」
「………じゃあもっかい言って」
「…………スーーーーーッ」
「ほら。プロポーズの前にまずは言うことあるでしょ?ほれほれ」
ここまでの綾瀬の反応から唐突なプロポーズの意図を完璧に察知した瀬名。本気じゃなかったのがちょっと残念だがそれでもこのチャンスを逃すわけにはいかない。
(言え……「結婚を前提にお付き合いしてください!」って!もうこの際それでいいから!)
当初の目的はどこへやら。そろそろ瀬名も我慢の限界だった。
あれだけ散々理由を考えていたが、とどのつまりは綾瀬と付き合いたい。それだけの話だ。だけど自分からは言いたくなかった。綾瀬に言ってほしかった。そんなめんどくさい想いの表れなのだ。
そして肝心の綾瀬だが……
「……愛してます。僕と、結婚を前提にお付き合いしてください」
色々悩んではいたが、こういう時に腹を括れる男だ。だって綾瀬も瀬名と付き合いたい。その想いだけでこの数ヵ月告白し続けてきたのだから。
「……………ッ…ふぇ…うぐっ……おぅ…な、なんだよもぉ………ちょっと………もぉ…………ぇ……そんな…………真剣な顔されても…………」
「本気ですから」
「………ちょっと……いっかいえっちしたくらいで……これだから童貞は……すぐ勘違いするんだから………」
用意していた煽り台詞を言おうとするも照れすぎてもう自分でもなに言ってるのか分かっていない。
「…………というか童貞じゃないです」
「……あ、そぉ…………だったね…………っ…………私で捨てたのか……そっかぁ…あれ………そっかぁ………」
「えと…………えっとぉ……えっ……とぉ…………えぇと…………」
「………………」
照れまくる瀬名の目をじっと見つめ、何も言わない綾瀬。実際のところは綾瀬も緊張しまくって何も言えなくなっているだけなのだが、その無言の圧が瀬名に重くのしかかった。
(もう……逃げられないよね……)
「…………あのさ、綾瀬さ、えと……好きって……ずっと言い続けてくれる?」
「……当たり前です」
「……付き合っても?」
「はい」
「…………結婚しても?」
「っ…………はい!」
「………………そっか。なら………うん」
「………よろしくおねがいします」
「…………こちらこそ…頑張ります…」
本日の勝敗 正直者の勝ち
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