第27話 青春にて

 スマホに手を掛け、瀬名さんとのトーク画面を開く。

 そこには僕からの謝罪が連なっており、既読だけがついていた。


 一応は見てくれてる…それだけが心の支えだった。だけどここで通話なんてかけたら……しつこいって怒られて…ブロックされたりするんじゃ……



 コンコン!!!


 画面とにらめっこしていると、矢野が部屋の扉を強めに叩いた。早くしろってことなんだろう。

 そんなこと僕にも分かってる。分かってるんだけど………



『…………ごめん…なんか…怖い…』


 どうしても思い出す。昨日の瀬名さんの顔を。

 怖がってて、泣きそうで、なのに頑張ろうとしてくれた。


 自分のことに必死で、瀬名さんの目を見てなかった。見てればもっと早くに気づけたはずだ。


 だったら今はどうなんだ。


 また瀬名さんから目を背けてるんじゃないのか。


 言い訳ばかり並べて、やるべき事を見失っているんじゃないのか。


 そうだ。

 今の僕がやるべきことは悩むことじゃない。



「………………っ!!」


 意を決して通話をかける。出てくれないならそれでもいい。その時は潔く身を引くだけだ。


 でも……出てくれるなら………僕は…



『……も、もしもし』


「っ……瀬名さん!!」


『は、はい!!』


 通話に出てくれた事が嬉しくて、つい大きな声で名前を呼んでしまった。瀬名さんもビックリしてるのが伝わってくる。


「ごめんなさい……急に…」


『大丈夫…………うん。……ねえ綾瀬』


「待ってください!その……先に僕から伝えさせて…もらえませんか?」


『……分かった』


 この後にどんな事を言われてもかまわない。それでも、僕は伝えなきゃいけないことがあるんだ。


「………昨日は、本当にすみませんでした。瀬名さんの事を考えもせずに…自分の世界に入り込んで、あんな告白をして……本当に…」


『…………手。痛かった』


「……すいません」


『強く握りすぎ。あんなんじゃ女の子に嫌われるよ』


「…………はい」


『………あと、えっちな目で見すぎ。女の子はそういうの気づくんだよ』


「………………っ…すいません…」


 情けない。あの日の海藤の事をクズ野郎だと呼んでおいて、いざ自分の番になったらこの有り様だ。嫌われて当然だ。


『…………ね、私からもいい?』


「…………はい」



『………今までごめんね』


「……っ!!」


「今まで」……ということはそういうことなんだろう。分かっていた。分かっていたが…ハッキリ言われると………………


『綾瀬の気持ちを考えてなかったのは私も…ってあれ?綾瀬??もしかして泣いてる!?』


「……っ…ないて…ないです……っ…」


『いやいやいや泣いてるじゃん!』


「だって………自分が…情けなくてっ…」


『ガチ泣きじゃん……えっと………どうしよ………』


 泣くつもりなんて無かったのに涙が止まらない。困惑する瀬名さんの声を聞いていると更に情けなくなって……………もう……


『…………ねえ綾瀬。今から暇?』


「………………ぇ?」







 ガタンッ!!


「…………ごめん矢野!僕行かないと!」


「お、おう………頑張って……」


 綾瀬が泣き始め、どこかで止めに入った方が良いのかと悩んでいると、勢いよく部屋から綾瀬が飛び出し、そのまま家から出ていった。


「………青春だねぇ」







「たっだいまー……」


 コンビニでアイスを買い、のんびりと帰ってくると、既に明日香は家から居なくなってた。


「お母さーん!明日香はー??」


「ちょっと前に帰ったよー」


「あっそーー」


 恐らくは何か進展があったのだろう。それがどっちに転ぶにしても、ここまで来たらわたしのやることは見守るだけだ。


「…………うわアイス溶けちゃった」







 ピンポーン


「…………よし」


 インターホンが鳴り、画面を確認する。

 そこにはマンションの扉の前で息を切らしている男子がいて、私は無言で扉を開けた。


 ここまで急いで来てくれたんだなって分かる。普段から運動なんてしないだろうに、頑張ってあんな炎天下の中を走ってきてくれたんだ。



 ピンポーン


 再度インターホンが鳴り、今度は画面を確認せずに家のドアへと向かう。鍵を開け、汗だくの男子を迎え入れてあげた。


「…………どうぞ」


「お…おじゃ…ま……します……」


「……っぷwごめんw笑っちゃったww」


「いえ…………きに……しません…から…」


「私の部屋入ってていいよwちょっと飲み物とってくるww」


「いえ…………大丈夫……です…」


「はいはい無理しないの。とりあえず待っててね」


 ちょっと前まで落ち込んでたのが嘘のように心が軽くなる。こんなに必死になって会いに来てくれるんだって分かって、嬉しくなる。


 まだ私のこと気にしてくれてるんだって。


「はいどうぞ」


「………受け取れません」


「……………口移しがいいとか?」


「………………もらいます」


 麦茶を受け取るのを渋る綾瀬に無理矢理飲ませる。


「…………っ…ありがとうございます」


「うん。もっと飲め。ほら」


「いや…これ以上は……」


「うちで倒れられても困るんだよー」


「…………分かりました」


 しっかりと水分を取らせ、息を整わせる。4、5杯飲ませる頃には綾瀬がホントに無理そうだったので一旦やめ、部屋に招いた。


「………………」


「こら。ジロジロ見ないで」


「あ、すいません………」


「………片付けてなくて恥ずかしいんだよ」


 以前綾瀬を部屋に招いた時はそれはもう頑張って部屋を片付けた。でも今日はそんな余裕があるわけもなく、色んな化粧品とか本とかが机の上に散らばったままだった。


「…………あの、瀬名さん…」


 緊張してる綾瀬はおずおずと私の方を向き、私の言葉を待った。


「…………なんで呼んだのかって?」


「…………はい」


 私としてもなんで呼んじゃったんだろうって思ってる。でも、泣いている綾瀬の事をほっとけなくて、すぐに会いたくなって……そしたらいつの間にか誘っちゃってた。


「……泣き虫の顔が見たくなった…とか?」


「………………そう…ですか」


 本音が恥ずかしくて誤魔化すと、綾瀬はまた泣きそうな顔になった。

 最近は私との会話にも慣れてきたと思ってたのに………前みたいに考えすぎ…………


 …………いや、私も情けないな。


 綾瀬に甘えて、自分の気持ちを誤魔化して、ずっっと本音を伝えてこなかった。


 だから……昨日あんな事になっちゃった。


 人には正直に~とか、真っ正面から~とか言いながら自分は茶化してばっかりで、ちゃんと気持ちを受け取ってこなかった。



 私も………素直にならなくちゃ…



「…………私さ…好きな人……いるんだ」


「………………っ…」


「泣き虫で…情けなくて…自分でデートに誘ったのに花火大会のことなんにも知らなくて…最近ちょっとオシャレに気を使いだして…」


「………あの…瀬名さん僕は――」


 何か言いたそうにしている綾瀬の口に指を当てて静止する。


「……他のクラスの女子と仲良くなって、生意気にも私に反撃するようになって、10年も待てるって言ってくれて、何回も…好きって伝えてくれて………」


 最初はただ単純に嬉しかった。


 私の事をこんなにも真っ直ぐ見てくれてる人がいるんだって。好かれてるって事が正直気持ちよかった。


 じゃあもし、あの日に会って、助けてくれたのが綾瀬じゃなかったら私はどうしてたんだろうか。


 もしかしたらお礼にと付き合っていたかもしれない。でも、そしたらここまで相手の事を好きになれただろうか。



 ……やっぱり分かんない。

 何度も考えてきた事だけど、その度に同じ結論に至る。



 私は綾瀬が好き。


 綾瀬以外とデートなんてしたくないし、綾瀬じゃないとキスしたくない。


 もちろんその先だって。



 だから………



「………綾瀬くん。あなたの事が好きです」



「………………僕も…ってちょ…!?」


 綾瀬からの返事をもらう前に強引にベッドに押し倒し、その上にまたがった。


「…昨日のこと、私も謝んなきゃいけないの」

「ホントは……私もえっちなこと考えた。あの告白を受け取っちゃったら、するんだって、思っちゃって………そしたら怖くなって…」


「いえ………僕が悪いんです…僕が余計なことばっかり考えてたから……」


「…………しょうがないよ。男の子だもん」

「好きな人と付き合えるってなったらさ、そりゃ考えちゃうよ」


「……でも…………」


「………だからさ。またさ、告白の時にさ、えっちなこと考えたらさ、ダメだからさ」

「……今日さ、しとかない?」


「………………え??」


 私の言葉の意味が分からないという顔をしている綾瀬。目茶苦茶恥ずかしいんだから聞き返さないでよ……


「………いいの?またあんな情けない告白なんてしたらさ、私…今度こそ嫌いになっちゃうかもよ?」


「それは…………」


「だ、だからさ………今までさ、…我慢してきた分……一回スッキリしといた方が…いいんじゃないかなって………」


「いやでも…………」


「……お母さん仕事で明日まで帰ってこないからさ、今日一日中ずっっっと綾瀬がしたかったこと、全部出来るよ。メイド服でもいいし、水着でもいいよ。制服でもいいし、浴衣でもいい」


「……待ってください処理が追い付かな―」


「…………うるさい!女の子にここまで言わせといて!おっきくしてるのバレバレなんだよ!!」


「だって…いきなりこんな………っ!?」






「…………ッ…はぁ……うるさいってば」


「……瀬名さ…………んっ……」






「…………っ…明日香って…呼んで」


「……………明日香…」


「うん。なに康一」


「………大好きです」


「……私も」











「…………いってぇ……」


 目が覚め、体を起こそうとすると全身に痛みが走る。ありとあらゆる箇所が悲鳴をあげており、動けそうにない。


 ベッドに横たわったまま、思考する。今は何時なのか。ていうかなんでこんなに体が痛いのか。足から腰から腕から背中からバッキバキになっている。筋肉痛だろうか。


 枕もなんだかいつもと違って柔らかいような気がするし、なんだかいい匂いもする。


 とりあえず時間を……………



「すーーーっ………すーーーーーっ……」


「……………………」


「ふにゃ…………あやせぇ…………へへ…」


「………………」


「…………すーーっ…」


「…………」




「どわあああああああ!!!!!??!」

 ドンガラガッシャーン!!!!


 あまりの衝撃に悲鳴を上げながらベッドから転がり落ち、近くにあった机に激突。そのやかましさに隣で寝ていた裸の美少女も目を覚ました。


「うるさ…………なに…おかあさん?……どうした………………の……」


 目が合う。そうしてお互いに目線は下へと下がっていき………………


「あ、あ、あ…………」


「………えと…これは……その……」


「……ッ~~!!!!!!」



「へんたい!!!!!」ブンッ!!!


「ガフッ!!?」


 投げられた枕が顔面にクリーンヒットする。


「見ないでよ!!!てかなんで裸!?なにしてんの!??おっきくしないでよ!!!」


「…………そんなこと…言われても……」


 瀬名さんは近くにあったブランケットで体を隠し、見たことないくらい顔を真っ赤にしながら怒っていた。


「なんで綾瀬が……………ここに……」


 部屋をキョロキョロと見渡す瀬名さん。するとかわいい部屋に似つかわしくないモノがそこら中に散らばっており、それらから一体何があったのかは用意に想像できた。


「………………綾瀬…えと……その…」


「…………とりあえず、服…着ませんか?」


「…………うん」



 散らばってる自分の服を回収し、着替えようとする。しかし……



「…………出てって」


「……え?」


「恥ずかしいから出てって!!」


「は、はい!!」


 勢いのまま部屋から閉め出され、人の家の廊下で着替える羽目になってしまった。





「…………ごめん」


 しばらくすると部屋から瀬名さんが出てきて、赤面したまま謝罪してきた。


「いえ……こちらこそ……」



「「……………………」」




 ぐぅぅぅぅ~~………



 お互いに何を話せばいいのかと悩んでいると、ふたり同時にお腹がなった。そのことがなんだかおかしくて、自然と笑みがこぼれた。


「……まずはご飯食べよっかw」


「……そうですねw」

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