中
第13話 駅前にて
色んな意味で思い出に残った文化祭が明けた翌週。放課後の図書の仕事を終えて帰ろうとすると、図書室前の廊下に見覚えのある人物が不満げに立っていた。
「………………」
図書室を出た瞬間に目が合う。確実に睨まれている。その視線に気付かないフリをし、スーッと横を通り抜けようとしたのだが……
「んっ…………」
逃がさない。と言わんばかりに目の前に立ち塞がれた。それでも逃げようと試みると……
「ん!!!!」ドンッ!!!
今度は激しい足音をたてながら僕の前にスライドしてきた。どうやら強制イベントのようだ。
「……なんですか?」
「その…………この後は……どうすんの」
「帰りますけど……」
「そう………じゃ、じゃあさ…」
「一緒に………帰らない……?」
さっきまでの怒りはどこへやら。その女子は急にモジモジしはじめ、上目使いでそんなことを聞いてきた。
「いや………今日はちょっと……」
いくら僕でも流石に分かる。罠だ。瀬名さんのような遊びの罠じゃない。殺しにきてる罠だ。
少し前まで僕のことを認めないとか豪語していた人間が取る行動ではない。そう怪しみ、再び逃げようと試みたのだが
「………お願い!!」
「!!?」
逃げようとしたところをパシッと勢いよく手を握られる。女子から手を握られるなんて初めてで、その手の柔らかさに不覚にもドキドキしてしまう。
「お願い………今日だけでいいから……」
ダメに決まっている。こんなの悲しそうな顔で頼まれても断らなければ。明らかに罠だし、僕にはなんのメリットも……
「………だめ?」
「…………分かり…ました……」
今にも泣きそうなその表情がどうにも嘘には見えず、渋々了承することにしたのだった。
「………………」
「………………」
のだが、互いに無言。
てっきり帰ってる最中に何かあるのではないかと思い、ずっと構えていたのだが、帰り道をひたすら無言で歩き続けた。もしかしたら僕から何か言い出すのを待って、それを脅しの材料にするつもりなのかもしれないと思い、話しかけることはなかった。
「えっと…………駅……着きましたけど」
「…………ぇ!?ウソ…………えと…あ、そうだ!!」
未だに名前も知らない女子は駅に着いたことを知らせるとあたふたと慌てかと思えば、自信ありげに指を立てて提案してきた。
「わたしその……お腹…空いちゃって………あそこの…ほらフードコートあるじゃん?そこでご飯食べたいなって!」
「そうですか。では僕はこれで……」
それなら僕はここまででいいだろうと考え、駅の中に向かおうとすると、逃がすまいと手首を掴まれ、詰め寄られた。
「ご飯!!食べたいなって!!!」
「……はい」
女子と帰り道にご飯なんて初めてで、少し緊張した。周りには同じ制服の生徒だっていたし、やけに視線を感じる気もした。
「おっまたせ~」
席を取って待っていると、女子はハンバーガーのセットを楽しそうに運んできた。
「……よく食べますね」
「ヴッ………ま、まぁ?好きだからね……ハンバーガー……」
とても好きとは思えないリアクションで返される。食べる直前も「大丈夫……今日だけなら……」と呟いていた。
「ぁむ…………ん!おいし…………!」
「………………」
「なにさ。あげないよ?」
「いりませんよ。晩御飯もありますし」
「………………ワタシダッテアルンダヨ」
「???」
そうしてしばらく美味しそうに頬張る様子を対面で眺め、いつ脅されるのかとビクビクしながら過ごしたのだった。
「ぅぷ…………」
「大丈夫ですか?」
「だいじょばないかも………」
最後の方を無理して押し込んでいた女子はフードコートを出ると苦しそうに歩きだした。
「ごめん……ちょっともぅ先帰る……」
「あ、はい……お疲れ様です………」
結局あの女子が何をしたかったのかは不明のままだが、脅されなかっただけマシだとしよう。そう思って僕も駅に向かって歩きだそうとすると……
「あ~や~せ~??」
「はい!!?」
突然後ろから声をかけられた。どこか怒っているような、そんな雰囲気を察して恐る恐る振り返ると、明らかにイライラしている瀬名さんが立っていた。
「ずいぶんと~仲良さそうでしたね~?」
「いやこれはあの人が……」
「………ずっと茉莉の顔見てたくせに」
「それは………えっと……」
一体どこから見られていたのだろうか。まさかこれが目的であの女子は誘ってきたというのか?そうだとしたら恐ろしいなんてもんじゃない。
「茉莉もかわいいし?そりゃ見ちゃうのは分かるけどさ?勘違いしちゃダメだよ?あの子彼氏いるからね?ダメだからね?」
「しませんよそんな……」
「どうだか。てか綾瀬さ、もしかして油断してない?他の女子と距離縮めてる暇ないと思うんだけど?茉莉と帰るくらいなら私と帰るべきなんじゃないの?」
「はい………その通りです………」
駅前でひたすらに説教を受け続ける。というか瀬名さん本人は気付いていないのだろうが、その口ぶりではまるで嫉妬していると言っているようなものなのだが………言うと怒られそうなので黙っておこう。
「…………綾瀬が好きなのは?」
「………はい?」
「好きなのは?誰?」
瀬名さんから問われる。いつの間にか遅い時間になっており、周囲の人が少なくなっているとはいえまさか駅前でやらされるとは……
「…瀬名さんです」
「うん。そうだよね。じゃあ綾瀬が彼女にしたいのは?」
「瀬名さんです」
「…………ん。よろしい」
瀬名さんは僕の言葉に満足したのか、急に僕の手を取ると、フードコートに向けて引っ張り始めた。
「え?ちょ……手…というかどこに……」
「………お腹空いた」
「そろそろ帰らないと流石に怒られ――」
「お腹空いた!」
「…………はい」
僕が瀬名さんからの要望を断りきれるはずもなく、瀬名さんがハンバーガーを食べ終わるまで付き合わされたのだった。
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