第14話 テスト期間にて

 夏休みを目前に控え、一学期最後のイベントが僕に襲いかかってきた。学生の本分にして最大の敵。それは………



「……………むりだぁ」


 そう。期末テストである。

 中学の頃ですらギリギリだったのに、高校の意味不明な問題達には全く歯が立たない。2年生で更に凶悪になった問題達に中間でボッコボコにされ、期末の点数次第では夏休み中に追試もあるとかないとか。偏差値が高い高校ではないのだが、やけにそういうところには厳しい。

 これまでなんとかしがみついてきたが、流石に厳しいものがある。でも折角の夏休みに学校に来なければならないなんて嫌だ。嫌なんだけど…………!!



「分かんないもんは分かんないんだよ……」



 教室にひとりで残り、様々な教科書とにらめっこする。1つでも得意教科があれば変わると聞き、色々と試しているのだが効果はなし。むしろ何も出来ないという現実を突きつけられる。


「はぁ………………」


 机に突っ伏しながら特大の溜め息をつく。そんな絶望の最中にいる僕にいつもより楽しそうな女子が声をかけてきた。


「どーしったのーーー?」


「……分かって聞いてますよね?」


「うん。もうバッチリ分かってる」


 顔を上げ、声のする方へと向く。いつになくニッコニコな瀬名さんは僕の左隣の席で片肘をつきながら僕を眺めていた。


「助けてあげても~いいけど~?」


「…………大丈夫です」


「む……相変わらず頑固だなぁ…」


 実は期末のテスト期間前からも瀬名さんからの救いの手は何回か差しのべてもらっていた。だがその度に僕はそれを断っていた。理由はもちろんあまりにも不甲斐ないからだ。

 テストで赤点を取る方が不甲斐ないと言われればそれまでなのだが…………それはそれ!これはこれなのだ!


「私が先生になるのがそんなに嫌なの?」


「嫌とかじゃないですけど……」


 瀬名さんは勉強が出来る方だ。というか学年全体を見ても上位に入る。そんな瀬名さんが先生になってくれれば心強いなんてもんじゃない。


「…………あ、そっか!」


 僕に頼られず不満そうにしていた瀬名さんは何か閃いたようで、いたずらっぽく囁いてきた。


「先生じゃなくて……彼女になってほしいんだもんね?」


「…………あの……集中出来なくなるので……本当に……」


「なーに考えてんのー?えっちーw」


 文化祭、というか楠根さんとの一件以来、瀬名さんはよりグイグイくるようになった。正直すっっごく嬉しいのだが、そろそろ身が持たない。そしてこういった流れの時は大体告白を求められる。こちらのレパートリーも尽きて…



「なってあげよっか?綾瀬の彼女にさ」


「いやぁそれは………………ん??」



 発せられた言葉を理解できない。



「え………なっ…………へ?……ごめんなさい今なんて言いました?」


「……………彼女になってあげようかって言ったんですけど?」


「なる…ほ、ど…………ええぇ!!??」


 言葉を理解した瞬間、驚きのあまり絶叫しながら椅子から立ち上がった。


「びっくりしたぁ………綾瀬ってそんな大きな声出せるんだね……w」


 とんでもない事を言ったはずなのに何故か余裕そうな瀬名さん。その様子を見て少しずつ僕も冷静になり、ゆっくりと椅子に座った。


「……そういう冗談はやめてください。本当に…心臓が破裂するかと……」


「冗談じゃないよ?」


「………………だからぁ」


「はいはい。今から説明してあげますよ~」


 困惑する僕の様子をひとしきり楽しんだのか、ようやく瀬名さんは言葉の真意について教えてくれるのだった。


「ほら綾瀬ってさ。私のこと好きじゃん?」


「………………」


「……好きじゃん?」


「あ、はい…好きです」


「…ッん………それで、もしね?もし私と付き合ってもさ?初めての彼女とのデートとか困るんじゃないかなぁって……」


「……人のこと彼女いない歴=年齢だと思ってません?」


「え!?いたことあるの!!?」


「…………ないですけど!」


 あまりの驚かれ方に少し傷つきつつ、改めて話の続きを聞くことにした。


「まぁ……んでね?高校生にもなってデートしたことないとか女の子に引かれちゃうからさ?多分……だから一回くらい練習しといた方がいいと思うんだよね?」


「それで……瀬名さんがその練習に付き合ってあげようと?」


「そゆことそゆこと。1日限定の綾瀬の彼女役をしてあげるってわけ」

「……どう?彼女になって欲しい?」


 なんとなく話の理屈は分かってきた。分かってきたのだが………


「あの瀬名さん……流石にそれって……」


「………ただし!条件がございます!」


 僕の質問を遮るかのように瀬名さんが立ち上がり、机の上に乱雑に置かれていた数学の教科書を手に取った。


「五教科で赤点を取らないこと。これが彼女役をしてあげる条件です」


「……まさか1つもですか?」


「いや当たり前でしょ。取らないって言ってるんだから」


 そんなの無理難題だ。あと一週間しかないのに自力でなんとか出来るわけ…………



「………………あの」


「はいなんですか綾瀬くん?」


「勉強を………教えて下さい……!!」


「うんうん。それでよろしい」


 最初から最後まで瀬名さんの掌の上だったことを思い知らされ、到底不可能な目標に向けてペンを握らされたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る