第15話 勉強会にて―1

「なぁ綾瀬。今日も残んのか?」


 いよいよ週明けにテストを控えた金曜日の放課後、既に帰り支度を済ませている矢野から声をかけられた。


「うん。家だと集中出来ないから」


「どうしたよ急に…まぁいいか。頑張ってな」


 矢野を見送りつつ、ひたすらに問題集と向き合う。数年前の僕が見たら頭でも打ったのかと心配するだろう。現に矢野は心配している。

 だが僕がこんなにも頑張っているのは瀬名さんと遊びに行く為だけではない。瀬名さんから教わっているというのに結果を残せなかったという一番不甲斐ない結果には終わらないためだ。

 そのために朝の電車の中や、細かい休み時間などの暇な時間も勉強に費やしている。


 そうしてひとりで黙々と問題を解く。

 教室に残っているクラスメイトもひとり、またひとりと帰っていき、しばらくすれば僕だけになった。


 そのタイミングを見計らってか、僕だけの教室にひとり増えた。


「ごっめん!遅くなった!」


「いえ。大丈夫です」


 瀬名さんはどうやら他にも勉強を教えている友達がいるようで、その後に僕の勉強を見てもらえることになっている。


「さてさて~……お、すごいじゃんめっちゃ解けてんじゃん!」


「……ありがとうございます」


 僕の机を覗き込むように近づいてくる瀬名さん。顔が近づき、強すぎる横顔が目の前にやってくる。眩しすぎて直視出来ない。


「この調子でいけば………よし!休憩しようか!」


「え?でもまだ何も……」


「ダメダメ!綾瀬ってばずぅぅっと勉強してるじゃん?息抜き大事だよ?」


「なるほど……」


 ペンを置き、ぐっと背を伸ばしてみる。確かにここしばらく落ち着いた時間というのを作っていなかったような気がする。そのせいか勉強をやめた瞬間、疲れが一気に襲ってきた。


「ほらもぉ無理しすぎ。そんなに私に彼女になって欲しいの?」


 そんな僕の疲れを察したのか瀬名さんは心配そうな顔で見つめてきた。


「それもありますけど………瀬名さんから教わっているのにって……思っちゃって…」


「……ふーーーーーん?なるほどね?良い心がけだね。素晴らしい」


 少し恥ずかしそうな瀬名さんは隣の席へと座り、プリントを取り出して何か書き始めた。


「明後日さ、小テストしよっか」


「小テスト?」


「そう。テスト前の確認。私が作ってあげるから、それを解くの」


「いや流石にそこまでしてもらわなくても…」


「綾瀬だけの物じゃないから安心して。もうコピーもしてある。ちなみにちゃんと五教科分あるから」


「ならいいんですけど……」


 何かを書き続けている瀬名さんを見ながら先程の言葉の違和感にようやく気づいた。


「あれ…でも明後日って日曜ですよね?」


「そうだね」


「図書館でするんですか?」


「違うね」


「え?じゃあどこで……」



 僕の質問を「待ってました」と言わんばかりの顔をしながら瀬名さんは答えた。


「私の家」


「…………え?」


「君の大好きな~クラスメイトの~かわいいかわいいお部屋……だよ?」


 どこか色っぽく囁く瀬名さん。その効果も相まって僕の思考は完全に止まってしまった。


「…………おーい。大丈夫ー?」


「大丈夫です…………大丈夫ではあるんですが……」


「もぉ………変なこと考えないでよね?」


 瀬名さんは溜め息をつきながらそう言うと、ようやく完成したのだろうプリントを間髪いれずに僕に見せてきた。


「じゃじゃん。これなんだと思う?」


「ちょっと待ってくださいまだ状況を飲み込めてなくて……」


「だーめ。待ちません。はい答えて」


 必死に頭を整理している僕の追い討ちをかけるかの如くプリントを見せつける。そこには何やら5つの文章が書いてあった。


「『好きな食べ物』……『好きな場所』……なんですか?これ?」


「だからなんだと思う?って聞いてるんだけど……にぶにぶ男め」


「仕方ないなぁ……」と呟きながらそれぞれの文章の説明をしてくれたのだった。


「ほら今までさ、綾瀬の『好き』ばっかりだったじゃん?」


「そう……ですね?」


「だから、綾瀬が小テストを合格した数に合わせて、私の『好き』も教えてあげる」

「上から『私の好きな食べ物』『私の好きな場所』『私の好きな趣味』ここまでが3つね。合格した数1つにつき綾瀬が選んで教えてあげる」


 丁寧に上から説明してくれる瀬名さん。だがそうなってくると残りの2つは……


「ここからは4つ以上と5つ以上じゃないと教えられないゾーンね。『好きなシチュエーション』と『好きな人』。ここまで聞いたら誰のかってくらいは分かるよね?」

「『好きなシチュエーション』ってのは、『もしもこんな場面で告白されたら好きになっちゃうかもなぁ』ってこと」


「ということは『好きな人』っていうのは…」


「………そゆこと。これは『私の好きな人』。私がずぅっと想い続けてて、今すぐ付き合いって考えてる………そんな男子について綾瀬にだけ特別に教えてあげる」



 教える……ということは教えてもいいということ。つまり僕ではない可能性もある。いやでも今更そんな………いやでもこの考察自体が間違っているなんてあり得る。そもそも海藤の告白を断る時にだって言ってたし……全然勘違いだってオチもある。いやでも……もし、もし勘違いじゃないとしたら………全部合格すればそのまま瀬名さんから告白されるなんてことも……



「……ねぇちょっと。それやめて。考えすぎないで」


「…………ハッ!?すいませんつい……」


 ひとりの世界に閉じ籠っていたところを瀬名さんに強引に連れ戻される。瀬名さんは呆れたといった顔でそのプリントを鞄に入れ、そのまま帰り支度を始めた。


「やっぱ疲れてるんだってば。だから今日はお休み。ほら帰るよ」


「いやでも……」


「今日はもう勉強せずに寝ること。無理してもよくないからね。それで明後日に全力を出せなかったら後悔するのは綾瀬だよ?」


「…………はい」


 テキパキと机の上の教科書類を片付けられ、そのままふたりでのんびりと下校するのだった。

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