第16話 勉強会にて―2

 テスト直前の日曜日。

 瀬名さんに教えてもらった駅に着き、外にあったベンチに座る。

 僕と同じ電車に乗ってきた人が色んな方向に歩いていくのを見ながら連絡をする。


             『着きました』


『おっけー』


 そのまましばらく待っていると、制服姿の瀬名さんがこちらに向かって歩いてきていた。

 瀬名さんは僕に気づくと大きく手を振ってくれ、それに応えるように小さく振り返した。


「おっまたせ~……待った?」


「……少し」


「そこは『今来たとこです』って返すんだよ?ダメだよそんなんじゃ……まったくもぉ」


「いやでもさっき連絡したじゃないですか」


「…………正論は禁止でーす。はいじゃあ行くよ~」


 瀬名さんと合流し、後を追うように歩く。

 道中はずっっと瀬名さんが話し続けていて、僕はそれに下手くそな相づちをうつだけだった。





「はい。どうぞ。あ、靴は並べてよ?お母さん帰ってきた時に怒られるの私なんだから」


「はい…お邪魔します………」


 マンションにある瀬名さんの家にたどり着き、玄関へと案内される。まだ部屋にもたどり着いてないのに目茶苦茶緊張する。


「どうぞどうぞ~。あ、私の部屋はこっちね~」


「………………はい」


 スタスタと部屋まで通される。瀬名さんは余裕そうな顔をしており、それがなんだか少し引っ掛かってしまった。僕以外にも男子を招いたことがあるんじゃないのかって。


 そんな嫉妬を覚えつつ部屋を見渡す。部屋の中は僕の部屋みたいな汚い部屋ではなく、不自然なくらいに綺麗にされており、恐らくはメイク用品なのであろう小物系も棚にズラリと並んでいる。


「ちょっと~ジロジロ見ないでよ~」


「あ、すいません……つい……」


「まったく……そこ座ってて。飲み物持ってくるから」


 言われた通り机の前に縮こまって座り、単語帳を取り出す。小テストはすぐ行うとのことなので1分たりとも無駄に出来ない。




 そんなこんなで5分後…………


 コンコンコン「失礼しまーす」


 自分の部屋なのに何故かノックをして確認をとる瀬名さん。


「……どうぞ」


 入ってくる様子もないので入室を促してみる。


 すると……




「ぉ………おまたせしました!ご主人様!」


「!!!!??」


 どこか見覚えのあるメイド服に着替えた瀬名さんが現れたのだった。


「な、……な、なんで…………それ…!?」


「何をそんなに驚いているのですか?ご主人様のメイドの明日香ですよぉ?」



 折角覚えてきた全てが吹き飛びそうなほどの衝撃に見舞われる。まずい。本当にまずい。


「…………っぷwあはwwさいっこうw」


 そんな僕のリアクションに満足したのか瀬名さんはコップに入れて持ってきてくれたジュースを机の上に置きながら楽しそうに笑い出した。


「ドッキリ大成功~wわざわざ家に呼んだ甲斐があったってもんだわww」


 その為に図書館ではなく家なのだとようやく理解する。それにしても文化祭の時も思っていたがよく似合っている。衣装はお淑やかな雰囲気なのに瀬名さんの明るさとのギャップで更にかわいく見える。


「………………」


「…………座らないんですか?」


「………………」


「えっと…………」


 何故か立ちっぱなしの瀬名さん。ドッキリが終わって着替えに戻るわけでもなく、僕の方をじっと見ながら立っている。だがその頬は少しずつぷくっと膨らみ続けており、何か不満があることを表していた。


「………………」


「…………かわいい、です」


「ッ………………」


 とりあえず褒めてみると少し反応があった。だがそれでも動こうとしない。足りないということなのだろうか。


「すごく、かわいくて……その…好きです」


「ぁふッ……………許してあげよう!」


 どうやら満足したらしい瀬名さんは僕の対面にメイド服のまま座ると、用意していたのだろうプリントを取り出した。


「はい!というわけで……始めますか!」


「何がというわけなんですか…」


「細かいことは気にしなーい。ほらほら時間はないぞ~」


 そのまま5枚のプリントを僕に手渡し、説明を始めた。


「好きな教科から解いていいよ。ただし、時間はそれぞれ20分。私が計っててあげるけど、基本的には自分で判断してね」

「あ、計算用紙は欲しい時に言ってね。答案の方には答えだけ書いてくれればいいからさ」

「それぞれ全10問。ちなみに合格ラインは7点だから頑張ってね」


「なるほど…………」


 正直メイド服のまま説明されても頭に入ってこないのだが………


「おけ?なら最初の教科を選んで。あと1分後には強制で始めさせるからね」


 瀬名さんに急かされ、どれから手をつけたものかと見比べてみる。最初にやるなら暗記科目からだろうか。ただでさえメイド服の威力で忘れていっているのだ。後に回せばもう取り返しがつかないかもしれない。


「はいじゃあ始めまーす。よーーーい……スタート」



 真剣になった瀬名さんの合図で最初のテストを解き始める。独特な緊張に襲われつつも、なんとかペンは動いてくれて、順調に解き進めていったのだった。







「はい終わり。ストップ」


 最後の数学に苦戦しながらもなんとかギリギリで答えを記入することに成功した。

 我ながらここまで解けるとは思っておらず、成長を感じることが出来た。これなら全て合格というのも夢ではないはずだ。


「んじゃ採点するから少し待っててね……」


 瀬名さんは僕の答案用紙と、答えが書いてそうな紙を見比べながら採点を始めた。


「ふむ……ふむふむ…………」


 最初はサクサクと進んでいき、小気味のいい赤ペンの音が部屋に響いていた。


「ほうほう…………へぇ……やるじゃん」


 この待っている時間も緊張する。自信はある。後はケアレスミスさえなければ……



「………………ぇ……ちょ……」


 4枚目の英語の用紙に差し掛かったあたりで瀬名さんの様子がおかしくなる。何やらブツブツと呟き、焦っているようにも見えた。


「……………………まだ…まだある……」


 何かの希望に縋るかのように最後の数学の用紙を手に取り、採点を始める。採点が進んでいくにつれて瀬名さんの表情は強ばりだした。


「…………やば…どしよ……えっと……」


「どうか……しましたか?」


 あまりに切羽詰まった表情に心配になり、声をかける。まさかそれほどまでに酷い有り様なのか?


「…………いや、うん。大丈夫。うん。採点終わった」


 いつもよりキリッとした顔の瀬名さん。そうして採点の終わった答案用紙を再び机の上に裏向きで置いた。


「それでは綾瀬の結果ですが……」


「…………ゴクリ…」


「じゃじゃん!!」



 国語7 数学6 社会8 理科8 英語7



「…………ぐぅッ!!」


 結果を見て、悔しさのあまり唸ってしまう。

 後少し……後少しだったのに………!!


「いやぁ……惜しかったね!!うん!」


 瀬名さんは広げた答案をそそくさとまとめ、ファイルに入れて僕に手渡した。


「あの…見直しとかは……」


「え!?今から!?いいよいいよ!!時間ないし!!」


 間違ったところがあれば見直しを。と散々言ってきたのは瀬名さんの方なのだが……


「そそそそんなことより!!聞きたくないのかな!?私の『好き』!!」


 明らかに焦っている瀬名さん。もう少し深掘りしても良かったのだが機嫌を損ねられても困るので素直に従っておくことにした。


「えっとじゃあ………お願いします」


「……よし。上から順に発表しよっか」


 先日の紙を取り出し、内容を確認しながら話し出した。


「………食べ物はオムライスが好き」

「んで……場所は、楽しいとこならなんでもいいけど、強いて言うならショッピングモールが好き…かな。色々あって飽きないし」

「趣味は………最近はアニメ……見るかな。うん。サブスクに色々あって…好き」


 恥ずかしがりながらも色んな『好き』を教えてくれる瀬名さん。いつもと違ったその表情を見ていると、まるでイケないことを聞いてるみたいで凄くドキドキしてしまう。


「……告白のシチュエーションは、そうだね。ふたりの思い出の場所がいいかな。そこでカッコいい告白してくれたら……うん。おっけーすると思う」



 思い出の場所………そう聞いて思い浮かぶ場所はいくつかある。瀬名さんと知り合ってからは色んな場所で色んな思い出が出来た。


「…………ねぇ綾瀬」


「どうしました?」


 4つの発表が終わった瀬名さんは、どこかバツが悪そうな顔をしていた。


「…………数学、惜しかったからさ、特別にさ、特別にね。好きな人のヒント…教える」


「ぇ……いいんですか……?」


 僕の問いにコクリと頷き、先程までよりも更に小さな声で言葉を紡ぎ始めた。


「………ちょっと情けないこともあるし、人の気持ちに鈍いことも多いけど、ちゃんと私が欲しい言葉を伝えてくれる…………こんなめんどくさい私のこと……ずっと見ててくれる………」

「………そんな、人が、好き」



 瀬名さんが若干潤み始めた瞳でこちらを見つめてくる。僕の返答を待っているかのようだ。

 だがなんて返せばいい。「そうなんですね」とか「いい人ですね」とかそんなありふれた返しでいいのだろうか。


 いや、よくない。ならばどうするか。


 ……僕らならひとつしかないだろう。



「……瀬名さん。僕も……瀬名さんが好きです。付き合ってください」


「ぁぅ…………ぇ……いゃ……待って……」


 待っていた言葉とは違ったのか瀬名さんは真っ赤になった顔をプリントで隠した。


「いまは……ダメだってば………」


 弱々しくなっていく瀬名さんを見ていると、理性が吹き飛んでしまいそうになる。

 押せばいけるかも…むしろ押すべきなのか…いやでもそれじゃあ………


「…………ッ……ちょ……」


「……ちょ?」


「調子にのるなぁ!!!!」バチーーーン!!!


「いったぁ!!?」


 唐突な出来事で脳が追い付かない。

 え?ビンタ?ビンタされた?なんで?


「綾瀬のくせに………『僕も』ってなに…まるで私が綾瀬のこと…………っ!!」

「てかてかてか!!思い出の場所って言ったじゃん!カッコいい告白だったけど!!!ここは思い出の場所じゃないよ!!!綾瀬にとってはかわいいメイド服が見れて思い出になってるかもだけど!!私にとっての思い出の場所ってのは…………いや違うからね!?」


「えっと……瀬名…さん?」


「う、うううるさい!!帰って!!もうテストも終わったし!!好きなものも伝えたし!充分でしょ!!!」


「ちょ待っ…………」


「また明日!学校で!!テスト頑張ろうね!」


 完全に暴走し始めた瀬名さんによって家から追い出される。どうやら言葉のチョイスを間違ってしまったようだ。


「女心って…難しいな………」


 とはいえこの一週間で自信がついたのは良いことだ。これを糧に明日からの期末テストを乗りきるとしよう。




 そしてその日の夜、瀬名さんか通話がかかってきて『ごめん!ホントに!!』と全力のビンタをされたことを謝られたのだった。

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