第21話 作戦会議にて

『――てな事があって~……全然信じてもらえなくて大変だったんだよ~』


「なるほど……」


 その日の夜、瀬名さんと今日の出来事について通話をしていた。

 どうやら瀬名さんの方でも噂のことを聞かれたらしく、なんとか親しい友人達は説得することには成功したようだ。


『綾瀬にそんな度胸があるかって話だよね~』


「その通りなんですがなんか含みがありませんか?」


『ないないなーい。考えすーぎー』


 とはいいつつも声色は完全におちょくってるのだが……今は本題に入るとしよう。


「今回の件について…瀬名さんはどうするつもりなんですか?」


『え?私は別に何もするつもりはないけど?どうせこういう噂話はすぐに廃れるものなんだよ?待ってればいいって…悪いことはしてないんだしさー』


 意外とドライな返しをされる。人気者だからこういう話には慣れているのかもしれない。


『……そんなこと聞くってことは綾瀬はどうにかしたいんだ』


「………出来れば」


 対して小心者の僕は瀬名さんに橘くんと話した可能性の話をした。そもそもこの噂自体が意図的に捏造されているものかもしれない。このまま放置すればもっと悪い噂が流れるかもしれない。だから犯人を探すべきだ…といった話だ。



『なるほどねぇ……言いたいことは分かったけどさぁ?そんな簡単に見つかるもんかなぁ?もし犯人を見つけて、謝ってもらったとしても噂なんて1人の力でどうこうできるものじゃないと思うんだけどなぁ』


「それは………」


『まぁ橘って優しいからなぁ……変なとこで正義感出ちゃったのかもなぁ……』

『綾瀬がやりたいっていうなら付き合ってあげるよ。私としてもこれ以上変な噂を流されるのは嫌じゃないわけじゃないしね』


「……ありがとうございます」


『それにさ!なんか探偵みたいで楽しそう!というわけで助手の綾瀬くん!犯人についての手がかりはあるのかね!』


 どうなることかとビクビクしている僕とは違い、瀬名さんはとても楽しそうだった。


「………橘くんの予想だと、『瀬名さんが嫌がっている』という言葉を一番信じてもらいやすい人…らしいんですけど」


『ほうほう……となれば…やっぱり茉莉?』

『ありえそーーー……あの子綾瀬のこと苦手っぽいしなぁ…』


 僕としても恐らくは楠根さんだとは思っていたのだが、敢えて遠回しに人物像を伝えたのに瀬名さんは意外にあっさりとその事を受け入れた。


「冷静…なんですね」


『え、うん。だって茉莉ならやりかねないし、逆に茉莉だったらいいなーって思ってるよ。綾瀬にはそうじゃないかもしれないけど、ホントは優しい子なんだから。ちょっと男を見る目はないけど……』

『……よし!とりあえず明日の放課後に茉莉に聞いてみる!もし違ったら真犯人探しだ!』


「お、おーー……」


 変にノリノリな瀬名さんに押されるがまま、その日の作戦会議は終わったのだった。





 そして翌日……





 ジロジロ……   ザワザワ……



 まだまだ視線は感じる。その大半は昨日と同じく鋭いものだったが、一部の視線はどこか生暖かいような気がした。



「おっはよーー」


 いつも通り教室にやってきた瀬名さん。すると昨日と同じように数名の女子が瀬名さんにかけよった。


「ねぇ明日香…………」


「へ?……え!!?いやいやいや!!」


 なにやらコソコソと耳打ちされたかと思えば、顔を真っ赤にして動揺しだした瀬名さん。あれやこれやと何かを否定している。


「っ!!!!」キッ!!


 その様子を眺めていると瀬名さんの鋭い視線がこちらに向けられた。僕はその視線から目を背け、気付かなかったフリをすることにした。


 恐らく話の内容は橘くんが流した『僕と瀬名さんが付き合っている』という噂だろう。

 瀬名さんは知らない方が良いリアクションをしてくれて信憑性が増すだろうと橘くんから口止めされていたのだ。


「まぁまぁ落ち着いて~後でゆっくり聞くからさ~」


「違うってば!もぉ!」


 にしても女子というのは凄い。昨日はあんなにピリついていたのに噂1つでこうまで変わるとは……




 その日の昼休み。


「綾瀬くん???何か言うべきことがあるよね???」


「…………ごめんなさい」


 人気のない廊下に連れ出され、珍しくちゃんと怒っている瀬名さんからの説教が始まった。


「誰の入れ知恵かな??」


「…………橘くんです」


「やっぱりか………詳しい理由を教えて」


「実は―――」


 瀬名さんに詰め寄られ、橘くんとの作戦を全て話す。聞いてる最中の瀬名さんはなんともいえない複雑な顔をしていた。



「……………綾瀬もさぁ…なんでかなぁって思わなかったの?そんな噂流しても意味ないじゃん」


 聞き終わった瀬名さんは少し呆れ気味だった。


「流石に思いましたけど………」


 僕が橘くんの提案に乗った理由は単にそれが最善かもと思ったからではない。その案に乗らなかった場合、橘くんに瀬名さんを取られるかもって思ってしまったからだ。でもそのことを瀬名さんに伝えれば確実に怒られるだろう。これ以上火に油を注ぐわけにはいかない。


「…………まぁいいや。橘には後で文句言っとく。んで、こういう問題の時はまずは私と話すこと。分かった?」


「……はい」


「うん。よろしい。じゃあ戻ろ」


 話が終わり、教室に戻ろうとしたその時……



「「「おわぁっ!!!?」」」ドッターーーン!!


 廊下の曲がり角付近で何かが倒れる音と、それと同時に女子数名の声が聞こえてきた。


「…………マジでさぁ」


 瀬名さんは足早にその曲がり角へと向かった。僕もそれについていくと、そこには地面に重なって倒れていたクラスメイトの女子がいたのだった。


「ついてこないでって言ったよねぇ??」


「え???なんのことかな????」

「私たちは~たまたま~ここでコケてるだけなんだけど~」

「ふたりのイチャイチャなんて見てないってば。ねぇ???」


「だからぁ!!イチャイチャなんてしてない!!!」


「やべ怒った!!退散!!」

「じゃあね明日香!早めに戻ってきてね!」

「怒ってる顔も~かわいいよ~!」


「ちょ…こら逃げんな!!」


 とんでもない勢いでその場から去っていく3人の女子達。どうやらさっきまでの会話を見られていたらしい。


「もぉ………私のこれまでの苦労がぁ……」


 瀬名さんは追いかけるわけでもなく、その場にしゃがみこんで頭を抱えていた。


 「苦労」……というのが何を指しているのか分からないが、とりあえず今聞くことではないと思い、瀬名さんが立ち直るまで隣で待つことにしたのだった。

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