第2話 カラオケにて

「あ、あああああのの!!」


 女子の悲痛な叫びを聞き、勢いよく飛び出してしまう。もっと利口なやり方もあったはすだ。だけど、この緊急事態に合理的な思考をすることなんて不可能だった。



「………なんだよ」



 僕の突然の登場にも関わらず、男子は狼狽える様子はなかった。それどころかこちらを睨み付け、脅しにきているようだった。


「が、学校で……そういうのは…駄目だと……」


 鋭い眼光にビビりながらもなんとか話をする。そんな僕の様子に気づいたのか男子はニヤケ面で問いかけてきた。


「あー…わりぃな我慢出来なくてよ。でも大丈夫だからよ。合意の上だ。口だってコイツ喘ぎ声デカいから押さえてるだけなんだよ。な?分かったか?」

「……そうだなんなら混ざってくか?俺はいいぜ。お前みたいなオタク野郎じゃ一生拝めない明日香の胸。好きなだけ揉ませてやるよ」


「…………んぅ!!んーーん!!!」


 男子の下衆な発言を聞いた女子は一瞬こちらを見たかと思えば、目尻に涙を浮かべて必死に首を横にふっていた。

 その様子から「そんなんじゃない。助けて」と懇願しているのが伝わってくる。

 潤んだ瞳を向けられた僕の心臓の鼓動は更に加速し始めた。男子は勝ち誇ったかのような顔をしており、僕の返事を待つまでもなく、女子の胸へと手を伸ばしていた。



「ほらどうすんだ?混ざらねぇなら帰れよ?」


「…ん……………」


 すっかり弱々しくなってしまった女子の瞳を見てしまった瞬間。僕の体は考えるより先に動いてしまっていた。

 正直に言えばよこしまな気持ちだったとしか言いようがない。

 そもそも止めに入ったのすらそうだ。



 今襲われている女子はクラスの…いや学年中のみんなの中心のような存在。

 誰にでも分け隔てなく明るくて、まさに太陽のような女の子。


 僕なんかとは住む世界が違う。そう思っていた。


 だから…………


「離れろよ……」


「…………あ?」



「…………瀬名さんから離れろって言ってんだよこのクズ野郎!!!」


「テメェ………ぐぅっ!!?」



 精一杯の咆哮と共にタックルをしてやろうとした矢先、男子は予期せぬ衝撃を下半身に浴びせられ、女子から後ずさるように離れ、その場にうずくまった。


「……………アンタさ。私にこんなことしといてタダで済むとか思ってないよね」


「がっ…………ぐ……明日香…てめぇ……」


 僕が助けるまでもなく一瞬の隙をついた女子が男子の股間に膝蹴りをお見舞いし、淡々とスマホを取り出して操作し始めた。


「アンタの言い分と私……とコイツの証言。どっちが信じられるだろうね」


 そう言いながら女子はこちらをチラリと見て頭を下げた。あまりの展開の早さに驚きつつも僕も頭を下げる。

 そして女子はそのまま男子の写真を撮ると、軽蔑の視線を込めて話を続けた。


「二度と私に関わるな。気持ち悪い。次やってみろ。この写真と一緒に今回の話広めてやるよ。特待生様にはさぞ効くだろうね」


 一通り話し終えた後、女子がこちらに歩いてきた。

 そのまま僕の隣を通りすぎようとしたかと思えば、肘で脇腹を小突かれながら言葉をかけられた。


「この後暇?ちょっと付き合ってよ」


「………はい?」


 なんのことやら理解できない僕を見て、女子はため息をつきながら理由を説明してくれた。


「カラオケ、付き合ってよ。奢ったげるから」


「え……あ、……はい!」


「お…おい………待て………ッ…」


 少し恥ずかしそうな女子の表情にドキッとして、うずくまってこちらを睨んできている男子を置き去りにして女子の後ろへとついていくのだった。








「マーーーージありえない!!!」


 道中で話すことはなく、そそくさとカラオケの部屋に入るやいなや女子は大きな声で叫び、ソファにドカッと座りながら不満を垂れ流し始めた。


「最悪!!前々からナルシ気取りなのは分かってたけど!!!なにあれ!!!上手いとか関係あるかよ!!あんたの元カノ全員下手くそだったって言ってたわ!!!」


 怒涛の勢いで先ほどの男子に対しての愚痴が出てくる。僕はそれに相づちをうつわけでもなくただただ立ったまま苦笑いをすることしか出来なかった。

 そんな僕の様子を見て女子は不思議そうな顔をして、自身の隣をパンパンと叩いた。


「なーに立ってんの?ほれ、座りなよ」


「あ、はい………」


 学校で見ている明るい姿と違いすぎてビビっているとは言い出せず、出来るだけ遠くの位置に腰かけた。


「……私は隣に来いって言ったんだけど?」


 ビビっているのが伝わったのか女子は今度は強めに自身の隣をバンバンと叩いていた。

 ここでさらに機嫌を損ねるのはマズいと判断した僕は、しぶしぶ女子の隣へと移動するのだった。


「えっと……………ごめん。名前なんだっけ…いや違うの。覚えてない訳じゃないの。同じクラスなのは分かってるんだけど………」


 僕みたいな影の薄い存在を同じクラスだと認識してるだけスゴいとは思う。なんせ2年生に上がってからまだ1ヶ月も経ってないのにだ。


「……僕の名前は綾瀬康一あやせこういち……です」


「そうだ綾瀬!!!出席番号一番君じゃん!!あーーなんで忘れてたかなぁ……あ、いや忘れてないよ??」


 女子は「違うからね?」と念押ししながら、今度は自分自身の自己紹介を始めた。


「私の名前は瀬名明日香せなあすか。よろしく。って、綾瀬は私のこと知ってそうだね?」


 瀬名明日香。長めの明るい茶髪。意外と勉強も出来るらしく、スポーツだってお手のもの。交友関係も広く、いわゆるギャル。まさに高嶺の花だ。


「……さっきはありがとね。助けてくれて」


「いえそんな………たまたまです……」


 そんな彼女から感謝を述べられ、恥ずかしくて意味の分からない返しをしてしまう。そんな僕の言葉に彼女は笑いながら続けた。


「なにたまたまってw……んで、いつから聞いてたの?」


「……告白される少し前からです」


「あ、そんな前から………まぁじゃないとわざわざ割り込んでこないか……」


 彼女は「んーー……」と足をぶらぶらさせながら考え込み、しばらくすると意を決したような表情になった。


「…………で、お礼は胸でいい?」


「いやそんなお礼なんて………………」




「はぃ??」



 突然の提案にすっとんきょうな返事をすると、彼女は何も気にしていないといった顔で淡々と語りだした。


「だってさ。そんな前から聞いてたってことはさ。他に助け方なんて色々あったわけじゃん?先生を呼ぶフリをするとか………本当に呼んでくるとかさ」

「でも、それをせずに自分で乗り込んできたってことは………よほどの正義感か、多少の下心があるってことだと思うんだよね」


「ぐっ…………それは……」


 行動の原理を見透かされて心臓がギュッと縮まっていくのが分かる。


「で、綾瀬にそんな正義感があるようには見えないし……てことはさっきからチラチラ見てるコレ目当てかなって」


 そう言いながら自身の胸部を強調する。その破壊力に一瞬目が吸い込まれたが、全力で顔を背けた。

 その動きが面白かったのか彼女はからかうような口調で攻めたててきた。


「いやさぁ…さっきは正直終わったなぁって思ったもんな。あのバカからの提案されてるときに綾瀬ってば大きくしてたしさ」


「し、しししてません!!!!」


 あの時は頭の中がぐちゃぐちゃでよく覚えていない。確かに少し想像してしまったが……それでも大きくなんてしてないはず…………


「ま、結局助けて貰ったわけだし、お礼しないわけにはいかないよね」


「でも、そういうのは…恋人同士がやるもので…………えっと……」


「変なとこで真面目だなぁ…………あ、そうだ。ならさ………」


 彼女は何か悪いことを思い付いたといった表情で僕の手を握り、耳元で囁いてきた。


「恋人同士なら……いいんだね………?」


「なに……を…………」


 絶対に弄ばれている声色のまま、彼女はとある提案をしてきた。


「助けてくれて…ありがとね……さっきはすっごいドキドキしたなぁ………もし…もしもさぁ……今、カッコいい告白されたらぁ……おっけー…しちゃうかも?」

「綾瀬はぁ……あーーんなダッサい告白じゃなくてぇ……あっつあつのイケメン告白……出来るのかなぁ?」


 煽っているかのような甘い誘惑。だんだんと思考がまとまらなくなる。今まで高嶺の花としか見てなかった女子から密着され、こんなことを言われている。こんなの耐えられるわけがない。



「……す、…好きです………」


「…………わぉ」


 口から溢れるかのような告白。とてもじゃないがカッコいい告白とは言えない。


「……っぷwwほんとにw告るとかwww」


 そんなダサい告白を聞いた彼女は思わず吹き出してしまい、僕から距離を取って楽しそうに笑い始めた。


「ウケるんだけどwwやばwしかもカッコよくないしww」


 遊ばれていのは分かってはいたがここまで爆笑されると流石にメンタルにくる。まさか録音されていて脅されるなんて流れも……


「えっとw一応返しとかないとだよねww」


 そう言うと彼女は僕にデコピンをし、意地悪な顔で微笑んだ。


「ごめんねww聞いてたなら分かってると思うけど……好きな人いるからさwww」


 それなのに揉ませようとしたのはどうかと思うのだが……という台詞は胸の内にしまい、恥ずかしさと情けなさをなんとか堪えるのに必死だった。


「あーw最高wwなんかもうあのバカとかどうでもいいわw」


 まだ笑いが収まらない彼女はそのままマイクを手に取ると、いつの間にか入れていた曲を歌い始める準備を始めたのだった。


「よーし。お礼は~私のワンマンライブってことで。貴重だぞ~~」


 3曲をぶっ続けで歌い、休憩を挟んでいる彼女に向け、仕返しと言わんばかりに正直な感想を述べた。



「………絶妙に下手ですね」


「な!?人が気にしてることを……!!!だったら綾瀬が歌いなよ!!ほら!!」


 その後、無理矢理マイクを渡され、最初は戸惑いもあったが、なんやかんやと時間いっぱいまでカラオケを楽しんでしまうのだった。

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