第2の旅:おもちゃ箱の《星》
第17話:楽しさ詰まった、おもちゃ箱の《星》へ
――あなたが求めるおもちゃが全部ある。そんな素敵なおもちゃ箱と私は出会った。
心地よい星間列車の揺れを体に感じる。
少しの疲れと、どこかに残った名残惜しさ。
終わった旅路を振り返るのはとても楽しくて、でもそれがほんの少しだけ胸を締め付ける。
もう少しだけあの場所にいたかった。
思い返すとやりたいことはまだまだあった。
そんな未練を旅の道連れにぽつりと話してみたら、その熱が引くさみしさもまた旅の醍醐味だよと、そんなことを言ってくれた。
どこまでいっても旅は楽しくて、どんなに頑張っても心残りが残る。旅はそんなもので、だからこそ人は旅をやめられないんだって。彼は言う。
そっか、これも旅の一部なんだなって、私は列車の窓からの景色を眺めて微笑んだ。
さっきまでの旅の地、雲の道の《星》はもう遙か後ろに流れていった。
優しく壮大な雲の世界は、とても美しくて楽しくて、空の上から眺めた景色も、雲を歩いた感触も、雲を触って食べて遊んだ経験も、きっともう一生忘れることは無いんだろうなって確信できた。
出会いも体験も別れも、きっとすべてが私の中に残っていって、この楽しさも未練もいずれ私の一部になる。
そうか、旅は私を変えて、そして私を作ってくれるんだ。そんなことを実感した。
記憶も実感もなにもなかった私にとって、この旅はきっと、私自身を探すことでもあり、私を造る日々になるんだろうな。
私の名前はスフィア。
この《マボロシの海》で突然目覚めて、記憶も無ければ、自分も世界もわからないそんな状況で、いきなり声をかけてきた幻想旅行社のツアーガイドの少年キズナと旅をしている。
今は《マボロシの海》を巡る旅の途中。
ツアー最初の場所、雲の道の《星》での旅を終えて、次のツアー地に向かっている。
次の《星》はおもちゃ箱の《星》なんだって。
《星》の名前を聞くだけで、とても胸が躍る。
おもちゃ箱の《星》ってなんだろう。
どんなおもちゃに会えるのだろう。
そこで私はどんな旅が出来るのだろう。そんな期待が高まってくる。
そうこうしているうちに、前の旅の心残りは昇華されて思い出となって、次の旅に気持ちが向いてきたのに気づいた。
ああ、これがキズナが言っていたことなんだなって、やっと理解する。
次の《星》はまだ見えない。
《マボロシの海》に引かれた星間列車の線路の輝きが優しく目に飛び込んできて、心を落ち着かせてくれた。きっと他の旅行者もこの景色でそんなことを考えていたに違いない。
目的地の《星》は少し遠くだとキズナが言っていたから、しばらくはこのままの景色だろう。
ああ、少し眠くなってきた。
ちょっとだけ、眠ってみよう。
夢に見るのは、雲の《星》の思い出か、それともおもちゃ箱の《星》の想像か。
それは寝てみた時のお楽しみ。
そんなことを考えることすら今は楽しくて、旅の途中であることを心から喜ぶ自分がいた。
記憶はない。それを焦る気持ちもない。
それでいいのかと言う想いもなくはないが、今は楽しさが勝っている。
次の《星》ではなにかわかるだろうか。
そんなことを思いながら、私はまどろみの中に落ちていったのでした。
「スフィア、そろそろ着くよ。起きて」
キズナの声で夢から現実へと引き戻された。見ていたのはどんな夢だったろう。思い出せない。
まだうすぼんやりとした目を開けると、列車の車内放送の音が聞こえていた。
――……はおもちゃ博物館。次はおもちゃ博物館。お降りの方はお忘れ物などないようお願いいたします。
その声で意識が覚醒した。
「いけない。降りる準備しなくちゃ」
「そうそう、あんまり気持ちよく寝てるから、起こし損ねちゃったよ」
キズナの皮肉げな口調もそろそろ慣れてきて、なんとも思わなくなっている。慣れって怖いな。
「仕方ないじゃない。だって、前の《星》ですっごく頑張ったんだからね。これくらい寝てても当然でしょ。あの雲の城、二往復はいくらなんでもしんどいよ……」
「ああ、そう思ったから起こさなかった。さすがに限界だったろうしね。まあ、ただ……」
キズナはなんだか不満げ。
「なに?」
「次の《星》の説明が何にも出来なかった」
ああ、それか。キズナは案外職業意識が強いので、やらなきゃいけないことを出来ないって言うのはストレスたまるのかもしれない。
それでも私を起こさなかったのは、優しさだったのかな。だから私はこう言う。
「前の《星》でも言ってたでしょ。行ってからのお楽しみっていうこともあるって。最初の驚きを大切にするのもいいんじゃない?」
少しのフォローの気持ちも含めての言葉。だって、長い付き合いになりそうだし、多少は気遣いしなくちゃね。前の《星》では迷惑もかけたし。
「……まあ、それもそうなんだけど。ただねえ」
「なに?」
「次の《星》は驚きと言うよりも、少し前知識として説明しておきたかったことがあったんだ。まあ、その辺は館長にお任せするか……」
「館長……?」
「うん、そのこともあとで。さあ、そろそろドアが開くよ。荷物持って」
「う、うん」
キズナにせかされて慌てて、荷物をチェックする。といってもたいしたものは持っていない。
ツアー特典の不思議なトランクケース、準備よし。
旅のお供の帽子をかぶる。準備よし。
前の《星》のお土産なんかは、トランクケースの中だ。
よし確認完了。
星間列車が駅に止まる。
私はトランクケースを手に、ドアが開いた列車から降りた。相変わらず荷物は持ってくれないキズナを諦めながら、ホームに降りたち、レトロな切符を通して改札を抜ける。
キズナが私の少し後ろで浮かぶながら、タブレットを操作している。誰かに連絡しているのだろうか? さっき言っていた館長とか言う人?
なんにしても飛びながら移動できるのはずいぶん楽そうでうらやましい。
この駅は前の《星》とは違って、ずいぶん小さい駅だったようだ。
ホームも簡素な屋根だけの単純な造りで、改札を抜けるとそこはすぐ外だった。
雲の道の《星》のように、広い大地がお迎えしてくれると言うことはなく、そこには駅の出口から伸びる一本の道と、そしてその先にある大きな建物が一つ。
見えるのはたったそれだけだった。
年代を感じさせる古い洋館のような造りで、レンガ積みのしっかりした5階建ての建物だ。奥行きまでは見えないけれど、きっと相当大きいんじゃないだろうか。
入り口は建物に負けずに大きいもので、複雑な文様の掘られた、がっしりとした扉がついている。歴史を感じさせる構えだった。
「ねえ、キズナ。この《星》はこの建物だけってこと?」
キズナはなにかの作業を終えていたようで私の横にいた。
「ああ、そういうこと。前の《星》が《マボロシの海》でも特大級の《星》であったとするなら、ここはかなり小規模な《星》だ。スフィアが気づいたように、この《星》はあの建物だけで構成されているんだ」
「へえ、そういう《星》もあるんだね。なんだか不思議。《星》って言うからにはみんな大きいのかと思っていた」
「《星》はこの空間に辿り着いた夢や願いから造られるものだからね。その願いにあった形をとる。それこそ大小様々にね」
へえ。これで一つの《星》なんだ。
私は感慨深く目の前の建物を見上げる。でもその小ささは期待を小さくしているわけではない。むしろ逆だ。
キズナが選んだ。第二の《星》。それがここであるならば、私はどんな体験が出来るんだろう。
わくわくする気持ちは、ここでももちろん十分に湧いてくる。楽しみだ。
「さあ行こうか」
キズナが先を促す。
「そういえば、聞き忘れてたけど、この建物ってなんなんだっけ?」
「ああ、さっきの列車の案内聞いてなかった? 寝ぼけていたもんね」
「うるさいなあ。仕方ないでしょ」
少し顔が赤くなる。
「この《星》はおもちゃ箱の《星》。そしてこの建物はこの《星》唯一の建物。『おもちゃ博物館さ』
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