第16話:雲の街にさようなら、そして次の《星》へ

 ずっとそこにいたい場所。旅にはつきものというらしいけど、まさにここは私にとってその場所だった。


 『始まりの雲』に別れを告げた私は、街に帰るために城まで戻っていた。

 別れを告げるといっても、この大地すべてがあの雲なわけで、どこからでも話しかけられるだろうし、私の声も届くんだろう。

 それでも、もう話しかけては来ないのだろうとわかっていた。

 素敵な景色は見られた。

 出会いと別れは済んだ。

 お土産も手に入れた。

 なら、ここでの旅は終わりだ。

 あとは名残惜しいが去ることにしよう。


 城に着き、もう『始まりの雲』のいなくなった展示室に入り、そして街に戻ろうと部屋から階段へと足を踏み出して、私はとても重要なことに気がついた。

「ねえ、キズナ」

「どうしたの?」

「これ、どうやって帰ればいいの?」

 そうなのだ。

 登りはまだよかった(大変だったけど……)けど、さっきの出来事でこの城の高さはさっきの数倍にもなっているのだ。

 もう城といっていいのかもわからないくらいだし、階段はあいかわらずついてるみたいだけれど、はっきりいってこの高さを歩いて降りられる気がしない。

 ていうか無理!

「さすがに、こんな高さの階段降りられるわけ無いと思う!」

「あー、確かにこれはちょっと足で降りるのは無理かもね……」

 下をのぞき込んだキズナもちょっと驚いている。それもそうだろう。だって今度は間違い無く雲の上から地上まで戻ることになるんだから! いったいどのくらいの距離があるのか想像もつかないよ。

「さすがに歩くのは無理。さっきの天馬は……」

「もちろん返しちゃったよね」

「昇降機もなかったもんなあ……」

 私はさすがに脱力してへたり込んだ。そもそもここに上がってくるのだって最後の力を振り絞った感じだったんだから、余力なんて残ってない。


 座り込んで一歩も動けないっていうところを全力アピール。嘘偽りないほんとのことだし。

「そうだな。スフィアはすごいことをやってのけたものね。きっとこれからこの雲の《星》はもっと栄えることになるんだろうと思う。街に被害があったわけでもないし、観光名所が一つ増えたって考え方も出来るし」

「まあ、そうね。実際大変なことをしちゃったなとは思ってるわ。ガイドに何も聞かずに行動しちゃってごめんね」

 素直に謝る。思ったよりも結果が派手になってしまって、驚いているのは私だっていっしょなんだ。それにそのちょっと街を騒がせてしまったことへの後ろめたさもあり……。


「今後は注意してほしいけどね。ま、今回は特別サービスだ」

「え? ここからキズナの力で下ろしてもらえるの? 飛んでつれてってくれるとか」

「いや、そんな力は僕には無いよ。変わりにといっちゃなんだけど……」

 といいながら、キズナが預けていたトランクケースを開けて何かを探している。さっきもらった雲の小瓶はすでに格納済みだ。

「えーっと、ここら辺に……。お、あった」

 そう言ってキズナが取り出したのは、一本の傘だった。差し出してきたので受け取る。

 開いてみると、ステンドグラスのように様々な色がちりばめられた、少し小さめの、かわいらしくて素敵な傘だった。

「わ、これ可愛い。すごく気に入った!」

「それはよかった」

「相変わらずこのトランクには何でも入ってるのね……。でもなんで今傘なの?」

 キズナが人差し指を横に振ってチッチッとキザな言い方をする。だから、可愛い姿でそれやってもしまらないってば。

「古来空から降りる時には、傘を開いて空を飛ぶのがお決まりなのさ。物語にも頻出の演出だ。まあスフィアは記憶が無いから知らないかもだけど」

「傘で飛び降りるの!? それほんとに大丈夫なの?」

 私は少しだけ疑いの目でキズナを見る。だって、傘って飛ぶためものじゃないし。

「ここで常識語ってどうするのさ。この《星》で常識をぶち壊してきたのは他ならぬスフィアでしょ。この傘は空も飛べる機能もある傘だよ。パラシュートみたいなもんだと思えばいい」

「うーん、まあそうなんだけど。そもそもパラシュートしたかの記憶もないし……。まいいか、キズナがいうなら大丈夫でしょ。楽しそうだしやってみる」

「よし、その意気だ。旅の予定は変わりまくったけど、最後くらいは僕の提案でしめるとしよう!」


「さあ、傘を開いて肩に担ぐ感じで、そうそう、胸元に引き寄せる感じで」

「こう?」

 言われたとおりにやってみる。

「オッケー。じゃあ、あとは飛び出すだけだ。傘がふわりと浮いて君を地上までご案内だよ」

「う、うん……」

 少しだけ怖いけど、これ以上ためらっていると馬鹿にされそうでむかつくのと、なによりとても魅力的なことに思えた。


 よしやるか。

「行くね」

「僕はあとからついて行くからご心配なく」

「いち、にの、さん!」

 私は傘を構え、大きく階段の縁から飛び出す。

 急速な落下感、思わず帽子を手で押さえて目を強くつぶった。

 だけど、その落下感は一瞬だった。その次にきたのはふわりと浮かぶ感覚。

 恐る恐る目を開けると、ゆっくりと滑るように地面に向けて降りているのがわかった。落ちているんじゃなくて、まるで打ち上げた風船がふわりと落ちてくるような感触。

 風がとても気持ちいい。

「傘の向きを変えると、多少旋回できるよ」

 キズナのアドバイスに従って、少し傘の向きを右側に傾ける。すーっと、右に飛ぶ方向が変わったのがわかった。

 今度は左に傾けると、左に飛んでいく。私は面白くなって、ぐるぐる回りながら、地上への効果を楽しんだ。

 傘で空を飛べる。なんてメルヘンな光景。

 旅のおまけにしては最高の演出だ。

「ありがとう、キズナ。楽しい!」

「これなら楽できそうだろ」

「そうね、全く問題なし!」


 私は全身に風圧を受けながら空の旅を楽しんだ。雲の天馬で飛んだ時とはまた違う経験。

 自由落下のスリルと興奮。

「おとぎ話の主人公みたい!」

「それを体験させるのが僕らのツアーだよ」

「そっか、すごいね!」

 あっという間に、地面が近づいてきた。まだまだ飛んでいたかったけど、しかたない。

 私は近づいてくる地面に合わせて速度を落とす。ちょっと横に流されていたので、着地するなり勢いに流されて少し走ることになった。

「あー気持ちよかった!」

「お楽しみいただけて何より」

「これ、この街でも採用しないのかな? 階段だけじゃあの空にはたどり着けないでしょ」

「さあ、どうなるかなあ。昇降機がつくかもしれないし、飛ぶことが解禁されるかもしれない。それはこれからのこの街しだいた」

「うん、そうだね。次に来る時を楽しみにしておく」


 気がつくと、私が着地したのは最初にこの街に降り立った場所、星間列車の雲の道駅 


「さあ、ツアー最初の《星》。雲の道の旅はここまでだ。ちょっと僕の計画とはぜんぜん別のものになったけど、楽しんでもらえたかな?」

「ええ、とっても楽しかった。これがツアーの最初だなんて考えられない。このあとのハードル上がるけど大丈夫?」

「そこは任せて。次こそは僕の計画プランで満足させてみせるからね」

「楽しみにしてるわ、ガイドさん」 


「じゃあ、最初の企画を楽しんでいただけたってことで、まずは最初の《報酬》をもらおうかな」

「あ、そうか。そう言う契約だったね」

 旅を楽しんだ気持ちを《報酬》とする。それがこのツアーを契約した時の約束事だった。

「どうやって支払えばいいのかしら」


 キズナが今度は自分の鞄から何かを取り出した。それは、真ん中のくびれたガラスのような素材で出来た筒の周りに同じ長さの金属が檻のように囲んでいる道具だった。ガラスの中には何も入っていない。

「これが《報酬ギフト》の支払機ってところ。ギフトボックスといってるものさ。これをつかんで楽しかった思い出を浮かべてもらえれば、その気持ちがエネルギーとなってこの筒の中にたまっていく仕組み」

「ふうん、よくわからないけど。これをつかんで楽しかったこと思い出せばいいのね」

 私はギフトボックスとやらを手につかむ。見た目は砂時計ってところかしら。

 目を閉じてこの《星》の思い出を思い返す。


 初めて踏みしめた雲の感触と感動。

 雲飴の不思議で心浮き立つ甘い味。

 雲で作った天馬で空を飛んだこと。

 少しイメージと違って戸惑ったけど、賑わっていたお祭りと雲の住民との交流。

 そして何より白天の城での『始まりの雲』との出会いと、空の大地に招待されて眺めた果てしない雲の街の景色。

 傘で飛んだ《星》の空。

 すべてが楽しかった。

 

 思い返した瞬間、私の中から何かが湧き出てくるのを感じた。

 温かい気持ちとわくわくする気持ち、それが光となってギフトボックスに吸い込まれていくのがわかった。

 でも、それは何かを失うような感じではなくて、旅の熱に幕を引かせてくれるような、そんなイメージ。

 吸い込まれた何かは、ガラスの筒の中で紫色の液体となってたまっていった。全体の5分の1ってところだろうか。


「よし、こんなものかな。もういいよ」

 キズナはギフトボックスを何度か軽く振った。量を確認している様子。

「これが私の旅を楽しんだ気持ちの結晶?」

「そう、思ったよりもたくさん《報酬》をもらえたね。ちょっとイレギュラーが多かったから、手放しでは喜べないけど」

 キズナは少しだけ難しい顔をしてる。自分のプランで楽しんでもらわないと、正当に評価されたって感じられないんだろうな。

「楽しんだんだから、堅いこと言いっこなし! キズナの案内してくれたところだって十分に楽しかったよ」

「その言葉は素直に受け取っておく。でも、次はもっと楽しんでもらうからね」

「楽しみにしてる」

「あと今回のような無茶はもうやめてほしいね」

「なるべくね」

 旅で自分を抑えても楽しめないじゃない。自由に思うままに楽しんでこそ、きっと旅は素敵になるんだって思うの。


「さ、早速次にいきましょう! 次はどんなところなの?」

「次はおもちゃ箱の《星》にお連れしますよ」

「おもちゃ箱の《星》!? 面白そう」

「詳しくは着いてからのお楽しみ。さ、また星間列車に乗るよ。次の列車に乗りたいから、急いで」

 私は、大事なものが少しだけ増えたトランクケースを持って駅に向かう。

 不思議なトランクだから重さは変わらない。でも私には、このケースに新しく入れた思い出の重さが感じられる。とても心地よい重さだ。

 ああ、次の《星》ではどんなマボロシが見られるのだろう。

 どんな素敵な体験と出会いがあるのだろう。


 旅の出だしは最高のスタートを切った。

 これからの旅で、きっと私は新しい自分と忘れられないたくさんの思い出を見つけられる。

 そんな予感がしていた。


 

 雲の道は、空の道。

 ふわりやわらか、弾む道

 駆け抜ければ心もはずんで、体も弾む

 あの、柔らかさ、

 あの、あたたかさ、

 雲に触れたこの日を私は忘れない。

 

 雲の空から見た景色。

 どこまでも高く、どこまでも遠く。

 それはきっと、誰かがいつか夢見た、

 大事な大事な憧れの景色だった。

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